店の入り口側の背後から聞こえたその声に、一気に全身に力が入った。
怖いぐらい、一瞬で。
立っているのは、別の高校のブレザーの制服を着ている男子三人。
「ひさびさじゃん」
その中の一人が近づいて話しかけてくる。
心臓が嫌な音を鳴らして、指先はレンゲをギュッと握りしめた。
「知り合い?」
空気を察したらしい真山の質問に、なんとか小さく頷く。
「ああ、もしかして彼氏とデート?」
からかうような口調で言われる。
「うわ、ラーメンにチャーハン付いてんじゃん。相変わらず色気がねえな」
声が笑っているのがわかる。
「別に女子が注文しちゃいけないなんて書いてないけど」
真山が冷たい声で言った。
「彼氏やっさし〜い」
真山が言い返したのが気に入らないのか、さらにからかってくる。
「こいつ見た目は美人なのに全然色気がなくてガッカリしませんか?」
「あの——」
「いいよ真山。行こ」
そう言って「ごちそうさま」のポーズをして、ブレザーの彼の方を見ないまま席を立つ。
「ごちそうさまでしたー」
真山がそう言って店の外に出たくらいのタイミングだった。
「ぷるるん!」
さっきの彼が、出ていく私の背中に向かって言うのと、連れの二人がクスクス笑う声が聞こえた。
真山には聞こえただろうか?
気にはなったけど、何もかも無視して店を後にした。
「なんかごめんね。空気悪くなっちゃって」
店を出て少し行ったところで、うつむき気味に謝る。
「いや、全然いいんだけど。誰あれ」
言葉に詰まる。
「……まあ、無理に聞く気はないけど」
彼の言葉に首を横に振る。
「中学の同級生で……一瞬付き合ってた人」
付き合ってたなんていっても本当に子どもで、一緒に遊んだり……親のいる家に招いたりしただけだ。
「言ったでしょ? 姫なんかじゃないって」
当時のことを思い出して、また心臓と喉の奥が潰れたみたいにギュッて苦しくなる。
「八百さん」
真山に呼ばれて顔を上げる。
「びみょみょ〜ん!」
「え……?」
「ギョベックリ・テペ遺跡!」
「…………」
「あ! あんなところに任意の点Pが落ちてる!」
今まで披露されたギャグが目の前で次々展開されていく。
一瞬呆気に取られて、それから気づく。
彼なりに励まそうとしてくれているんだって。
「……ありがとう」
わかった瞬間クスって笑って、それから涙がボロボロ溢れてきた。
「え」
それを見て、真山は焦り始めてしまったけれど涙は止められそうにない。もちろんギャグはおもしろくないけれど。
それから十分以上は泣いていたと思う。
その間も真山は何も言わずに付き合ってくれたし、彼らしいきれいにアイロンのかかったハンカチを差し出してくれた。
彼の優しさに触れてじんわりと温かくなったり、先ほどのことを思い出して息苦しくなったり、どうにも心が忙しい。
だけど決めた。
真山には全部言ってしまおう。
「ねえ、真山。時間大丈夫だったら、うちに寄っていってくれないかな」

不思議そうな顔をしながらも、真山は付いてきてくれた。
「え? ここが八百さんの家?」
表札を見た彼がさらに不思議そうな顔をする。
「入って」
彼とともに自宅のドアをくぐる。
「ただいまー」
そう言った私を父が「おかえり」と迎える。
「え」という真山の声が聞こえたと思ったら、ほぼ同時に「ドシッ」という真山が尻もちをつく音も聞こえた。
「こ、こ、こ」
彼は腰を抜かしているけれど、私は〝当然だ〟と落ち着いて見守る。
「小比類沢マイクっっっ⁉︎」
「え? 何? 彼どうしたの? 大丈夫?」
真山にしてはめずらしく呼び捨てで、指なんかもさしている。動揺が伝わってくるなんてもんじゃない。
「クラスメイトの真山くん。パパの大ファンなんだって」
そう言った声は自分でも冷たいってわかる。
「え、そうなんだ。若いのにめずらしいね。はは。嬉しいなあ」
父は真山を引っ張り起こしてあげていた。
「真山くんに話があるから、パパは入ってこないで」
自分の部屋で、真山と二人きり。
「え? あの、どういう、え?」
「動揺しすぎ」
本当にあのアイスマンと同一人物なのかと疑いたくなるくらい、目が泳いでいる。
「わかったでしょ? 私の父親が小比類沢マイクなの」
「でも名字が……マイク師匠ってたしか本名だって。それに表札も小比類沢って」
〝師匠〟呼びに若干イラッとしつつ、これから話すことにはついため息をついてしまう。
「私、本名は小比類沢朱音なの」
「八百は?」
「母方の名前。……私、中学生の頃、いじめられてたの」
息が苦しくなる。
「暴力とかそういうものではなかったんだけど……」
「ゆっくりでいいよ」
思った通り、真山は真剣に聞いてくれる。
「その原因っていうのが……さっきの彼をこの家に連れてきたことで——」