それからさらに二週間後の放課後。
十月も終わりが近づいてきて、屋上の空気も少しずつ涼しさを増している。
「犬だけにワンチャンあるかと!」
そしてなぜか、アイスマンのギャグも涼しさを増していた。
「なんか……だんだんつまらなくなってる気がする」
「……そうかなぁ」
真山は不服そうだけど、午後五時の風が寒さをより強調する。
文化祭まではあと二週間くらいだ。
真山は文化祭のステージで、一発ギャグをとにかくたくさん披露するんだと言っている。
このままでは会場を凍りつかせるのが想像に難くない。
「毎日のように私に見せるんじゃなくってもっとじっくりネタ考えたほうがいいんじゃない?」
「…………」
彼は急に黙ってしまった。
「え? 私何かマズいこと言った?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
それなら今の沈黙は何?
「あのさ、俺——」
真山が何か言いかけたところで「キーンコーン」とチャイムが鳴った。
「お腹空いた……」
今日はお弁当がなかったから、お昼ごはんは購買で買ったパンだった。
そんな日は周りの視線が気になって小さなパンだけで済ませてしまうから、どうしても夕方にはお腹が空いてしまう。
やっと夕飯にありつける、とホッとした。
「なんか食って帰る?」
真山からのお誘いは予想外だった。
—— 『もしかして付き合ってるの?』
クラスメイトのニヤついた顔が過ぎる。
「言ったじゃない。姫の私が帰りに男子と店に立ち寄るなんてイメージ壊れる」
「俺だって腹減ってるのに」
私だって帰りにどこかに立ち寄ったりしてみたい願望はある。
「あ、じゃあ」
三十分後。
私と真山はラーメン屋さんのカウンター席に座っている。
真山が『学校の近くじゃなければいいってこと?』と提案してくれて、私の家の近くのラーメン屋さんに来ることになった。
「こういう店に来るのはいいんだ」
真山が不思議そうに尋ねる。彼の疑問はいつも的確だと思う。
「……いいの。この辺りでは姫なんかじゃないから」
この辺りでの私は——言ってしまおうかと思ったけれど、言葉を飲み込む。
「まあ滅多に来ないけど」
「ふーん」
興味があるんだかないんだか、相変わらず真山は読めない。
「ねえ、文化祭大丈夫なの?」
髪を結んで、目の前に置かれた醤油ラーメンをすすりながら聞く。
お腹がぺこぺこだから半チャーハンも付けてしまった。
「え?」
右隣を見れば、湯気越しに真山が聞き返す。
「一発ギャグ、五十個くらいやりたいって言ってたでしょ。なのに今日のあれ……」
「ヤバいかも」
ワンタンメンのワンタンを食べながら淡々と言われて、私の方が眉をひそめた。
「でももう出演の申込書も出したし」
彼は【出演申込書】と書かれたコピーらしき紙をカウンターに出した。
「え、これ」
【グループ名/出演者名】の欄に記入された名前に驚く。
そこには【アイスマン】と書かれていた。
「知ってたの? アイスマンって呼ばれてること」
彼は今度は麺をすすりながら無言で頷いた。
「怖がられてるんだろうなって、転校初日から思ってた」
「え……なんかごめん」
箸を持つ手を止めた。
「別に」
真山は「いいから」と私に続きを食べるように手のひらで合図した。
「怖がられる性格してるのは事実だし。だから、そう思われてる自分と状況を変えたいんだ」

あの日。
『なんでそんなに文化祭に出たいわけ?』
師匠になってくれって言ってきた日、真山は私の質問に真っ直ぐな目で答えた。
『友だちが欲しい』
悲しい人だなって、一瞬バカにしたようなことを思わなかったわけじゃない。
だけど彼の目があまりにも澄んでいたから、脅されても断ろうと思った師匠をつい引き受けてしまった。

「真山は真っ直ぐだね」
「何、急に」
「真っ直ぐだって思ったから言っただけ。すごいなって思ったから」
私とは違うって思ったから。
「八百さんの方がすごいよ」
いつもの淡々とした口調で彼が褒めてくれた時、私はチャーハンを頬張っていた。
「いつもみんなの人気者で」
〝人気者〟
その一言で、口の中のチャーハンが飲み込めなくなってしまった。
水をゴクっと飲んで無理矢理流し込む。
「私は人気者なんかじゃない」
彼の顔を見る。
「でもいつもみんなに囲まれて、話題の中心で」
「私がみんなに囲まれて、中心だって言うなら……その円はすごく大きくて、みんなのいるところは中心からすごく離れているだろうね」
嫌われないために猫をかぶっていたはずなのに……。
「なんだかどんどん、周りの人との距離が遠くなっていっているような気がする」
「…………」
「だって、こんな風に学校帰りにご飯食べるのも初めてなんだよ」
湯気のせいか、なんとなく視界がぼんやりしている。
「友だちがいないのは私の方かも」
「八百さ——」
「あはは。しんみりしちゃった。食べよ。伸びちゃう」
わざとズズっと音を立てて麺をすする。
しばらくして二人とも食べ終わりかけた頃だった。

「あれ? 朱音?」