なんでやねんっ



師匠になってひと月ほどが経った。
「びみょみょ〜ん!」
「…………」
「どう?」
「どうって言われても……うーん。昨日のよりは、はははー……」
乾いた笑いしか出てこないくらい、彼のギャグはまだまだ寒い。
「あ、今月の漫画も最高だった! コーヒーかと思ったらコーラだったと見せかけて、激辛カレーだったところがとくに」
「真山って、本当に小学生みたいな感性してるね」
「作者の八百さんに言われたくない」
なんだかんだで結構打ち解けてきた。
なんとなーく、ほんの少しだけど、彼の表情の変化を感じるようになった気がする。
それに、自分の秘密を知っている人間に本性を晒せるというのは、私としてもかなり居心地がいい。
真山は表情と口調は冷たいけれど、ギャグ漫画家で下品なワードを口にする私を全然否定してこないから。
「でもさ、やっぱ謎なんだよな。八百さんがギャグ漫画描いてるって。しかもみんなに内緒で」
「…………」
だけど彼にだって、深い部分の自分は晒せない。
「内緒だよ、そこは」
「でもこんなに有名なマンガなんてすごいことだと思うけどな」
真山は本音で言ってくれているってわかる。
——『ひくわ〜』
だけど昔を思い出して、私の心臓はギュッと握りつぶされる。
「全然誇らしくなんてない」
もうあんな思いはしたくない。

翌日の昼休みの教室。
昨日はマンガの締め切りが近くて、また夜更かしをしてしまった。
「ふぁ……」
大きなあくびをしそうになって、慌てて口元を隠した。
危ない。最近真山に本性を晒しているせいで、教室でも大口を開けるところだった。
「八百さん」
クラスメイトの女子たちが声をかけてきた。
「八百さんて、最近よく真山くんと一緒にいる?」
クラスではあまり真山と話さないようにしていたけれど、バレていたようだ。
「うん……まあ、たまに話してるかな」
いつもみたいに、ニッコリと笑って答える。
「もしかして付き合ってるの?」
一人が質問すると、周りの子がキャッキャと嬉しそうな声を出す。
「まさか。そんなんじゃないよ、ときどき図書室で勉強教えてもらってるの。真山くん、数学が得意だから」
咄嗟に嘘をつく。
真山が勉強が得意で助かった。
「でもさでもさ! 好きになっちゃったりしないの?」
「え? 私が? 真山……くん、を?」
「だって、真山くんって見た目はかっこいいし、性格だってクールだと思えばいい感じだし、まあちょっと冷たくて怖いけど頭もいいし」
かっこよくてクールで冷たい……。
——『びみょみょ〜ん!』
「ふふ」
「え?」
いけない。昨日の真山のギャグを思い出して思わず笑ってしまった。
小さく咳払いして思い出し笑いを追い払う。
「真山くんのことを男性として好きになることはないと思う」
「そっかぁ。八百さんの好きになる人ってレベル高そうだもんね」
真山がかっこいいという評価なのは今となっては意外に感じるけれど、〝かっこいい〟でも〝かわいい〟でも、私が彼を好きになることはあり得ない。
私の理想と真逆の人間だから。

私の理想は……ギャグなんて言わない人。お笑い芸人を目指してる人なんてもってのほか。
だから真山はあり得ない。