他の球技に出ているクラスメイトの応援には行かず、俺は先輩を運んでいった先生に、搬送先を教えてくれと懇願した。
しかし親御さんへの連絡も行き届いていない今、部活等の関係性もなく、まして身内でもない俺に、先生は簡単には教えてくれなかった。
それでも食って掛かって職員室で騒がしくする俺のことを引き剥がしたのは、見かねて呆れた様子の姉だった。
誰かから何かを聞いたか、或いは見ていたか――厳しい目で諭す姉に、俺は飲み込むしかなかった。
放課後、クラスで獲った表彰の数や打ち上げ云々の話を、俺は全部聞き流して、悟志の呼び掛けにも応えないまま校門へと向かった。
あれから毎日、そこではあの姿が待っていてくれてたのに。
そこにいたのは、ジャージに身を包む姉。
今日は、本当に久しぶりのことだ。
「ん」
出会い頭、姉は俺に五千円札を渡して来た。
先輩とのことについて怒られるか叱られるか、何かしらの言葉が投げかけられるのだろうと身構えていた俺は、呆気に取られて、口を開けたまま固まった。
「えっと……姉ちゃ――」
「ん」
俺の胸元へと、グッとお札を押し付ける。
途端にパッと離すものだから、慌ててそれを拾い上げた。
「県立総合病院で検査に回ったわ。さっき、親御さんと連絡ついた」
「っ……! お、教えていいのかよ……」
「あんまり良かないわよ。だから、もし何かあった時は、私から聞いたってことは言わないで。って言っても、私とあんたが姉弟って時点で足がつくでしょうけどね」
姉は、困ったように笑った。
「で、でもこれ――」
「タクシー代。あんた、夏休みにバカスカお金使って薄っぺらい財布になってんでしょ?」
「うっ……まぁ、そうだけど……」
「頑なに使わずにあれだけ貯めてた貯金を、あの子の為に殆ど使い切るなんてね」
呆れたように笑って、俺の頭をくしゃくしゃと無造作に撫でまわす。
「言いたいことと聞きたいことは山ほどあるけど――夏休み、あんたは楽しかった?」
「……死ぬほど楽しかった」
答えると、姉は撫でまわしていた手を止めた。
「ん、それで良し。――なら、いつまで突っ立ってんの?」
そうしてパッと離した手で、今度は背中を強く叩く。
「走って足ぶっ壊れたら、治療費くらい出してあげるから。さっさと行って来なさい」
そのわざとらしく軽い口調は、行きたいけどどうしようかと逡巡していた気持ちを、後押ししてくれているようでもあって。
「……ありがと、姉ちゃん」
「ん。悟志くんたちには――」
言いかけて、止まった。
姉が視線を向ける、俺の後ろの方――釣られて振り返ったそこに、悟志たちバスケ部連中の姿を見つけた。
ガヤガヤと楽し気なのは、打ち上げ場所の話し合いでもしているからだろうか。
「おーマコ。さや姉さんと病院か? 俺らこれから――」
「悟志…!」
「おっ、おう…!?」
思ったより強く出た声に、悟志が驚いた様子で立ち止まる。
先ほどまでの俺の足の状態、普段のこと、これまでのことも知っている悟志。その悟志がこの口調の時は、決まってこちらに無駄な気を遣わせないようにしている時だ。
五月の、中間試験明けの時もそうだった。
「悪い悟志。皆も。ちょっと用事があって――」
「相良先輩の病院、さや姉さんに教えて貰ったんだな」
「えっ――あ、あぁ……」
頷くと、悟志だけでなく、別府やその他の皆も、にやりと笑って駆け寄って来た。
「一人で青春しやがってこの野郎。さっさと行って来い、この裏切りもん!」
「先輩さんによろしくな! 練習とか試合の後、あの人の笑顔が無ぇと終わった気にならなくなっちまったんよ!」
「そうそう。ずるいぞマコ!」
口々に好き勝手言いながら、姉のように――いや、姉より幾らも乱雑に、俺の頭だ肩だ背中だを、撫でてつついて叩きまくる皆。
ケラケラと、盛大に笑いながら。
そうして一通り弄り倒して満足すると、手を離し、顔を上げた俺に優しく笑いかけてくれた。
「俺たちも行きたいところだけど、大人数ってのは違うしな。それに、先輩さんはお前を待ってんだろ。だから、代わりに適当なこと伝えといてくれ」
「――分かった。ありがとな、皆。打ち上げ、俺が出すから、どっか行こう」
最後に深く頭を下げて、俺は校門から飛び出した。
振り返りざま、優しく微笑む姉の頷きと、焼き肉だカラオケだと楽し気に叫ぶ皆の声を、背中に受けながら。
しかし親御さんへの連絡も行き届いていない今、部活等の関係性もなく、まして身内でもない俺に、先生は簡単には教えてくれなかった。
それでも食って掛かって職員室で騒がしくする俺のことを引き剥がしたのは、見かねて呆れた様子の姉だった。
誰かから何かを聞いたか、或いは見ていたか――厳しい目で諭す姉に、俺は飲み込むしかなかった。
放課後、クラスで獲った表彰の数や打ち上げ云々の話を、俺は全部聞き流して、悟志の呼び掛けにも応えないまま校門へと向かった。
あれから毎日、そこではあの姿が待っていてくれてたのに。
そこにいたのは、ジャージに身を包む姉。
今日は、本当に久しぶりのことだ。
「ん」
出会い頭、姉は俺に五千円札を渡して来た。
先輩とのことについて怒られるか叱られるか、何かしらの言葉が投げかけられるのだろうと身構えていた俺は、呆気に取られて、口を開けたまま固まった。
「えっと……姉ちゃ――」
「ん」
俺の胸元へと、グッとお札を押し付ける。
途端にパッと離すものだから、慌ててそれを拾い上げた。
「県立総合病院で検査に回ったわ。さっき、親御さんと連絡ついた」
「っ……! お、教えていいのかよ……」
「あんまり良かないわよ。だから、もし何かあった時は、私から聞いたってことは言わないで。って言っても、私とあんたが姉弟って時点で足がつくでしょうけどね」
姉は、困ったように笑った。
「で、でもこれ――」
「タクシー代。あんた、夏休みにバカスカお金使って薄っぺらい財布になってんでしょ?」
「うっ……まぁ、そうだけど……」
「頑なに使わずにあれだけ貯めてた貯金を、あの子の為に殆ど使い切るなんてね」
呆れたように笑って、俺の頭をくしゃくしゃと無造作に撫でまわす。
「言いたいことと聞きたいことは山ほどあるけど――夏休み、あんたは楽しかった?」
「……死ぬほど楽しかった」
答えると、姉は撫でまわしていた手を止めた。
「ん、それで良し。――なら、いつまで突っ立ってんの?」
そうしてパッと離した手で、今度は背中を強く叩く。
「走って足ぶっ壊れたら、治療費くらい出してあげるから。さっさと行って来なさい」
そのわざとらしく軽い口調は、行きたいけどどうしようかと逡巡していた気持ちを、後押ししてくれているようでもあって。
「……ありがと、姉ちゃん」
「ん。悟志くんたちには――」
言いかけて、止まった。
姉が視線を向ける、俺の後ろの方――釣られて振り返ったそこに、悟志たちバスケ部連中の姿を見つけた。
ガヤガヤと楽し気なのは、打ち上げ場所の話し合いでもしているからだろうか。
「おーマコ。さや姉さんと病院か? 俺らこれから――」
「悟志…!」
「おっ、おう…!?」
思ったより強く出た声に、悟志が驚いた様子で立ち止まる。
先ほどまでの俺の足の状態、普段のこと、これまでのことも知っている悟志。その悟志がこの口調の時は、決まってこちらに無駄な気を遣わせないようにしている時だ。
五月の、中間試験明けの時もそうだった。
「悪い悟志。皆も。ちょっと用事があって――」
「相良先輩の病院、さや姉さんに教えて貰ったんだな」
「えっ――あ、あぁ……」
頷くと、悟志だけでなく、別府やその他の皆も、にやりと笑って駆け寄って来た。
「一人で青春しやがってこの野郎。さっさと行って来い、この裏切りもん!」
「先輩さんによろしくな! 練習とか試合の後、あの人の笑顔が無ぇと終わった気にならなくなっちまったんよ!」
「そうそう。ずるいぞマコ!」
口々に好き勝手言いながら、姉のように――いや、姉より幾らも乱雑に、俺の頭だ肩だ背中だを、撫でてつついて叩きまくる皆。
ケラケラと、盛大に笑いながら。
そうして一通り弄り倒して満足すると、手を離し、顔を上げた俺に優しく笑いかけてくれた。
「俺たちも行きたいところだけど、大人数ってのは違うしな。それに、先輩さんはお前を待ってんだろ。だから、代わりに適当なこと伝えといてくれ」
「――分かった。ありがとな、皆。打ち上げ、俺が出すから、どっか行こう」
最後に深く頭を下げて、俺は校門から飛び出した。
振り返りざま、優しく微笑む姉の頷きと、焼き肉だカラオケだと楽し気に叫ぶ皆の声を、背中に受けながら。



