「――じゃあ、また放課後に。校門で待ってるね」
「ええ。また放課後」
すっかり砕けた話し方になった先輩とは下駄箱で別れて、それぞれの教室へと向かう。
二学期、最初の登校日だ。
「おーマコ、おはようさん」
ガシッと肩を組みそう言うのは、随分と黒焦げた姿の悟志だった。
真琴、という名前のあだ名で、マコだ。
「ハーフにでもなったのか?」
「休み中ずっと、外課題ばっか。鬼教官と太陽のハーフってな」
悟志は、溜め息交じりに言う。
相当にきついひと月だったらしい。
「まぁおかげで、十ぐらいレベルアップした気はするけどよ。ウインターカップは俺らのもんだ」
「それ、多分全国の高校生が同じこと言ってるからな」
「わーってるって」
軽い口調で言うと、肩に組んだ腕をグッと引き寄せ、顔を近付ける悟志。
「んで、あの可愛い先輩は誰よ? 俺らが死ぬ気で体力つけてた裏で、優等生くんは素敵なバカンスでも楽しんでたんか? ん?」
「アホ言うな。部活の先輩だって」
「部活? え、入ってたっけ?」
「……そういや入部届は出してなかったな」
「はぁ? 何だそれ?」
「いやほら、一学期に話したろ、開かずの教室のこと。そこで顔見知りになったんだよ。何ヶ月越しかの種明かしすると、姉ちゃんが顧問してる文芸部の部室だったんだ」
「へぇ、さや姉さんが顧問」
皆がさやちゃんさやちゃんと言う姉のことを、悟志は昔からさや姉さんと呼ぶ。
十個も上だと、幼少期の感性からしても、随分と大人に見えたからだ。
「どんな関係かは聞いてもいいのか?」
「……話したくない」
その言葉と表情と、悟志がどう汲み取ったのかは分からないけれど。
目を伏せ何も言わないまま、肩に回していた腕を解き、横に並んだ。
悟志は、いつも軽い口調だが、人の気持ちや表情の変化には聡い。
その内容こそ分からなくとも、複雑な何かが絡んでいるようだ、くらいのことは思っていそうだ。
「それよりほら、二学期だぜ二学期。祭りの日も近いってな。何せ今年は球技大会だ」
「球技大会――そっか、もうそんな時期なんだ」
うちの高校では、九月の中程に、体育祭と球技大会が、同日同時に催される。
一年は体育祭、二年は球技大会、三年はそれぞれからやりたい方どちらかに、ある程度半々になるよう調整して参加すればよい、という変わったイベントだ。三年生らは例年、思い出作りの為に、大人数で参加出来る種目の多い体育祭側に参加する人が大半らしい。
まがりなりにも進学校だから、月を分けてイベント事をするのを避けている、なんて事情があるらしいと聞いたことがあるけれど、詳細は知らない。
それでもかなり盛り上がるのだから、やはり学校行事というものは凄いな。
夏休みのどこかで、確か先輩は参加しないって言ってたっけ。
「まぁもっとも、俺らバスケ部は、なんとなーくバスケには参加出来ないんだけどな。他の土俵じゃてんで素人になっちまうってのに、体力自慢は一体どこで輝けば良いんだろうな」
全てのクラスが、それぞれの運動部に所属する部員たちを、その競技に参加させるようなことはない。
経験者の有り無しで差が大きく開いたりすることは無いよう、厳密には定められていないが、暗黙のルールとして避けられているらしいことだった。
「運動部としての尊厳なくなるよな、ほんと」
「まったくだ。うちのクラス、競技の経験は無いって言っても運動神経いいやつばっかだし、欠員だの棄権だのでしゃーなし参加させられることも無さそうだしな」
「球技は、だろ。体育祭で頑張ればいい」
「俺が足遅いの知ってるだろ、マコ。嫌味にも程がある」
悟志はやれやれといった風に首を振る。
「お前、今年はどうすんの? 何か出るん?」
そう聞くのも、去年も同じクラスだった悟志は、俺が選ぶこともせずに余りものに参加させられるだけだったことを知っているからだ。
当初は、身体の故障を理由に棄権することも考えたけれど、多少経過は良好だったことから、そういう選定で参加だけはした。
勿論、今年もそれは変わらない。
……の、つもりだったけれど。
「――お前がやんないなら、代わりにバスケ出よっかな」
「……えマジ? え、マジで!? 出んの…!?」
「部活に入ってる訳じゃないし、経験者ってもブランクだらけだしな。出ること自体は問題ないだろ」
「いやいやいや、そういうことじゃなくてよお…!」
と言いかけた悟志は、目敏く何かに気付いた様子。
「さっきの先輩さんに良いとこ見せよう、とか?」
「……良いとこの一つでも見せられたら、それが一番良いけどな」
「ふぅん。でも、怪我の具合はどうなんよ?」
「無茶し過ぎなきゃ大丈夫だろ、ってぐらい」
「――それを押してでも出たい理由か?」
「多少込み入った理由がな。来年になりゃ先輩も卒業してるだろうし、ついでにずっと色んな誘い断り続けてたお前たちにこれまでの申し訳なさを返すって意味を併せても、今年しか無いんだわ」
「俺たちは別にそんなこと気にしてないけど――そっか、なるほど」
うんうんと頷くと、悟志はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なら俺もバスケに出る。今年は暗黙とか無しだ。二組の別府たちにも言っとくから、決勝であいつらボコして優勝してやろうぜ」
中学時代キャプテンだった別府を始め、二組には、当時一緒にバスケをやっていたやつらが固まっている。
そこにも発破をかけて、参加させようと画策しているらしい。
「ってのはまぁ建て前でよ――思い出作りってんなら、せいぜい楽しんでこうぜ。感覚取り戻したり走り込んだりすんのも喜んで付き合ってやるから、また声掛けてくれな」
「ははっ。まぁお手柔らかに頼むな」
「ええ。また放課後」
すっかり砕けた話し方になった先輩とは下駄箱で別れて、それぞれの教室へと向かう。
二学期、最初の登校日だ。
「おーマコ、おはようさん」
ガシッと肩を組みそう言うのは、随分と黒焦げた姿の悟志だった。
真琴、という名前のあだ名で、マコだ。
「ハーフにでもなったのか?」
「休み中ずっと、外課題ばっか。鬼教官と太陽のハーフってな」
悟志は、溜め息交じりに言う。
相当にきついひと月だったらしい。
「まぁおかげで、十ぐらいレベルアップした気はするけどよ。ウインターカップは俺らのもんだ」
「それ、多分全国の高校生が同じこと言ってるからな」
「わーってるって」
軽い口調で言うと、肩に組んだ腕をグッと引き寄せ、顔を近付ける悟志。
「んで、あの可愛い先輩は誰よ? 俺らが死ぬ気で体力つけてた裏で、優等生くんは素敵なバカンスでも楽しんでたんか? ん?」
「アホ言うな。部活の先輩だって」
「部活? え、入ってたっけ?」
「……そういや入部届は出してなかったな」
「はぁ? 何だそれ?」
「いやほら、一学期に話したろ、開かずの教室のこと。そこで顔見知りになったんだよ。何ヶ月越しかの種明かしすると、姉ちゃんが顧問してる文芸部の部室だったんだ」
「へぇ、さや姉さんが顧問」
皆がさやちゃんさやちゃんと言う姉のことを、悟志は昔からさや姉さんと呼ぶ。
十個も上だと、幼少期の感性からしても、随分と大人に見えたからだ。
「どんな関係かは聞いてもいいのか?」
「……話したくない」
その言葉と表情と、悟志がどう汲み取ったのかは分からないけれど。
目を伏せ何も言わないまま、肩に回していた腕を解き、横に並んだ。
悟志は、いつも軽い口調だが、人の気持ちや表情の変化には聡い。
その内容こそ分からなくとも、複雑な何かが絡んでいるようだ、くらいのことは思っていそうだ。
「それよりほら、二学期だぜ二学期。祭りの日も近いってな。何せ今年は球技大会だ」
「球技大会――そっか、もうそんな時期なんだ」
うちの高校では、九月の中程に、体育祭と球技大会が、同日同時に催される。
一年は体育祭、二年は球技大会、三年はそれぞれからやりたい方どちらかに、ある程度半々になるよう調整して参加すればよい、という変わったイベントだ。三年生らは例年、思い出作りの為に、大人数で参加出来る種目の多い体育祭側に参加する人が大半らしい。
まがりなりにも進学校だから、月を分けてイベント事をするのを避けている、なんて事情があるらしいと聞いたことがあるけれど、詳細は知らない。
それでもかなり盛り上がるのだから、やはり学校行事というものは凄いな。
夏休みのどこかで、確か先輩は参加しないって言ってたっけ。
「まぁもっとも、俺らバスケ部は、なんとなーくバスケには参加出来ないんだけどな。他の土俵じゃてんで素人になっちまうってのに、体力自慢は一体どこで輝けば良いんだろうな」
全てのクラスが、それぞれの運動部に所属する部員たちを、その競技に参加させるようなことはない。
経験者の有り無しで差が大きく開いたりすることは無いよう、厳密には定められていないが、暗黙のルールとして避けられているらしいことだった。
「運動部としての尊厳なくなるよな、ほんと」
「まったくだ。うちのクラス、競技の経験は無いって言っても運動神経いいやつばっかだし、欠員だの棄権だのでしゃーなし参加させられることも無さそうだしな」
「球技は、だろ。体育祭で頑張ればいい」
「俺が足遅いの知ってるだろ、マコ。嫌味にも程がある」
悟志はやれやれといった風に首を振る。
「お前、今年はどうすんの? 何か出るん?」
そう聞くのも、去年も同じクラスだった悟志は、俺が選ぶこともせずに余りものに参加させられるだけだったことを知っているからだ。
当初は、身体の故障を理由に棄権することも考えたけれど、多少経過は良好だったことから、そういう選定で参加だけはした。
勿論、今年もそれは変わらない。
……の、つもりだったけれど。
「――お前がやんないなら、代わりにバスケ出よっかな」
「……えマジ? え、マジで!? 出んの…!?」
「部活に入ってる訳じゃないし、経験者ってもブランクだらけだしな。出ること自体は問題ないだろ」
「いやいやいや、そういうことじゃなくてよお…!」
と言いかけた悟志は、目敏く何かに気付いた様子。
「さっきの先輩さんに良いとこ見せよう、とか?」
「……良いとこの一つでも見せられたら、それが一番良いけどな」
「ふぅん。でも、怪我の具合はどうなんよ?」
「無茶し過ぎなきゃ大丈夫だろ、ってぐらい」
「――それを押してでも出たい理由か?」
「多少込み入った理由がな。来年になりゃ先輩も卒業してるだろうし、ついでにずっと色んな誘い断り続けてたお前たちにこれまでの申し訳なさを返すって意味を併せても、今年しか無いんだわ」
「俺たちは別にそんなこと気にしてないけど――そっか、なるほど」
うんうんと頷くと、悟志はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なら俺もバスケに出る。今年は暗黙とか無しだ。二組の別府たちにも言っとくから、決勝であいつらボコして優勝してやろうぜ」
中学時代キャプテンだった別府を始め、二組には、当時一緒にバスケをやっていたやつらが固まっている。
そこにも発破をかけて、参加させようと画策しているらしい。
「ってのはまぁ建て前でよ――思い出作りってんなら、せいぜい楽しんでこうぜ。感覚取り戻したり走り込んだりすんのも喜んで付き合ってやるから、また声掛けてくれな」
「ははっ。まぁお手柔らかに頼むな」



