「へぇ、夏祭りねぇ」

 姉が呟く。
 俺が取っておいた棒アイスの最後の一本を、遠慮なく頬張りながら。
 けれども俺は、それを咎めることも、何なら姉の言葉に返すことも出来ないでいる。
 未だ五月蠅い胸を落ち着けようと、深呼吸を繰り返しても、好きなバラエティー番組の録画を流しても、麦茶を何杯飲み干しても――何をしても、心は落ち着かない。
 先輩の言葉と声と、あの笑顔を思い出して、息も出来ない程に落ち着かない。

「――ね、真琴?」

 返事をする代わりに、頷く仕草だけで応える。

「それ、麻衣の方から誘って来たんでしょ」

 少し考えた後で、俺は頷いた。

「……そっか」

 隣でだらしなく座りながらアイスを頬張る姉は、短く呟くと、暫くの間黙り込んだ。
 何を知っているか、と今までなら聞いていたことだろうけれど、今はそれどころではない。
 回そうにも回らない頭で考えるのは――駄目だ。別れ際の、あの場面ばかりが浮かぶ。

「姉ちゃん、先に寝るわね。夜更かししないように寝なさいよ」

「うん……」

 何か言われたから、何となくそう答えておいた。
 何を言っていたかまでは分からない。思い出そうにも思い出せない。
 それでも、姉が「何言ってんの?」とか言わずに出て行ったものだから、多分正解だったんだと思う。

「夏祭り……」

 先輩の方から言い出した、次にしたいこと。
 それも、二人で……。
 随分と思い切ったな、なんて少し楽観的に考えていたけれど、落ち着いて冷静に考えると、とんでもないことだ。
 ……そう、とんでもないことなんだ。
 だから帰ってからずっと、いや、先輩と別れたすぐ後から今まで、何をやっていたのかさえ思い出せないくらいに、上の空になってしまっているんだ。
 夏祭り。先輩と二人。夏祭り……先輩と……。
 そればかり考えて、ぐるぐる同じことばかりが頭の中を巡って、何をしても落ち着かない。

「夏祭り……先輩……先輩は…………」

 先輩は――本当に、俺でいいのかな。