待ち合わせ場所から反対側の入り口から直結しているビルの中に、目的地である本屋はある。
昔、何度か来たことはあったけれど、他に入っている店はあちこち変わっていて、とても新鮮な気持ちにもなった。
「ひ、人、多いですね……」
緊張というより、何なら怯えながら、先輩が呟く。
「休日ですからね。他の、もっと静かなところに行けば良かったですか?」
「い、いえ、そんな…! ここに行こうって言い出したの、私ですし…!」
昨日、今日の予定を決める中で、ここなら周りに飲食もあるから、と言い出したのは確かに先輩だった。
何を疑うこともしなかったけれど、これだけ人が多いと、俺でも少ししんどくなってしまいそうだ。
「ふわぁ……」
隣を歩く先輩が、口元を隠しながら小さく欠伸をした。
思わず目を向けると、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「す、すみません、失礼なことを…!」
「別に構いませんよ。寝不足ですか?」
「は、はい、少しだけ……今日が楽しみで、ちょっと夜更かしをしてしまいまして……」
「あぁ、そういう――俺も昨日の夜、何となく探偵喫茶を読み返してて、姉ちゃんに『はよ寝ろ』って取り上げられて」
「あっ、お、同じです…! 私も、お話しに出て来た三、四巻を読み返してたんです…!」
「え、偶然。俺も、三巻を読んで四巻に差し掛かったところで没収されたんですよ」
「そ、そうなんですね…! 何度読んでも良いですよね、やっぱり」
「ほんと、何でか飽きないんですよね。それだけ、物語にも文章にも、読者を楽しませる工夫がされてるんでしょうね」
「そう思います。単に上手いとか語彙力があるとかだけじゃなくて、こう、亜久里先生の人柄が滲んでいるような」
「作者の人柄ですか。確かに、そんな感じはしますね。他の書き下ろしとか読んでても、なんか漠然と『良い人そう』って思いますもんね」
「そうなんですよ。良い意味で子どもっぽいというか、無邪気な感じがします」
「あー分かる。それだ、無邪気なんだ。だから、あんなにキャラクターたちが活き活きとしてるんでしょうね」
「ええ。私はそう思います」
——なんて話を、当たり前のようにしているけれど。
ふと会話が途切れた一瞬間、あれ、と思う。
好きなものの話をしている時は、口籠ることも、言葉が途切れ途切れになることも、あまりないように感じる。
好きこそものの、というやつだろうか。いや、それは少し違うか。
とにかくも本が、亜久里先生の書く物語が、純粋に好きなんだ。
その『好き』を共有出来る人がいなかったであろうことも、昨日のように我を忘れる程の興奮に繋がってしまうのだろう。
好きなものの話をしている時の顔は、とても素敵だ。
それくらい素直な顔の方が、先輩にはよく似合っている。
誰とでも、他のことでも、そんな顔で話せるようになるといいな。
(……いい、のかな)
前向きな気持ちの裏に、ふと足を止める自分がいた。
先輩にとって俺は、初めて出来た友達だ。
初めてがあるからには、次も、その次の人も出て来ることだろう。いや、いずれそれは出て来るものだ。遅いか早いかだけの話。
本当はそれが望ましい。いやそうなっていくことが、先輩としても目標のはずなんだ。
それはとても良いことだ。良いことなんだ。
良いことのはずだ。
良いことの、はずなのに……。
(友達が増えて、もし、もっと自分と近い人に出会えたら……)
その時、先輩は――
いや、そんなことは考えないようにしよう。考えなくていいことだ。
まるで先輩の特別にでもなりたいみたいな、そんなこと。
まさかそんな。
(…………でも)
以前、姉の言っていた言葉がふと浮かぶ。
『もしあの子のことを、そういう意味で好きになったらさ。好きって気持ち、ちゃんと伝えてあげてね』
なんで今、そんな言葉を思い出すんだろう。
なんで、その言葉しか浮かばないんだろう。
違う。そういうんじゃない。
俺はただ、先輩にとって初めて出来た友達として――
友達……。
(……はぁ。何でこんなこと考えてんだろ。ぐるぐるして、訳分からなくなってきた)
あれこれ浮かんでは、そんなことない、そんなはずないの繰り返し。
このモヤモヤの先にある答えが『恋』だっていうなら――なんだろう。
相当に厄介な奴だな、恋って。
「…………はぁ」
浮かんだモヤモヤを、いつからか止まっていた息と共に吐き出す。
そんなのは、今は考えなくても良いことだ。
昔、何度か来たことはあったけれど、他に入っている店はあちこち変わっていて、とても新鮮な気持ちにもなった。
「ひ、人、多いですね……」
緊張というより、何なら怯えながら、先輩が呟く。
「休日ですからね。他の、もっと静かなところに行けば良かったですか?」
「い、いえ、そんな…! ここに行こうって言い出したの、私ですし…!」
昨日、今日の予定を決める中で、ここなら周りに飲食もあるから、と言い出したのは確かに先輩だった。
何を疑うこともしなかったけれど、これだけ人が多いと、俺でも少ししんどくなってしまいそうだ。
「ふわぁ……」
隣を歩く先輩が、口元を隠しながら小さく欠伸をした。
思わず目を向けると、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「す、すみません、失礼なことを…!」
「別に構いませんよ。寝不足ですか?」
「は、はい、少しだけ……今日が楽しみで、ちょっと夜更かしをしてしまいまして……」
「あぁ、そういう――俺も昨日の夜、何となく探偵喫茶を読み返してて、姉ちゃんに『はよ寝ろ』って取り上げられて」
「あっ、お、同じです…! 私も、お話しに出て来た三、四巻を読み返してたんです…!」
「え、偶然。俺も、三巻を読んで四巻に差し掛かったところで没収されたんですよ」
「そ、そうなんですね…! 何度読んでも良いですよね、やっぱり」
「ほんと、何でか飽きないんですよね。それだけ、物語にも文章にも、読者を楽しませる工夫がされてるんでしょうね」
「そう思います。単に上手いとか語彙力があるとかだけじゃなくて、こう、亜久里先生の人柄が滲んでいるような」
「作者の人柄ですか。確かに、そんな感じはしますね。他の書き下ろしとか読んでても、なんか漠然と『良い人そう』って思いますもんね」
「そうなんですよ。良い意味で子どもっぽいというか、無邪気な感じがします」
「あー分かる。それだ、無邪気なんだ。だから、あんなにキャラクターたちが活き活きとしてるんでしょうね」
「ええ。私はそう思います」
——なんて話を、当たり前のようにしているけれど。
ふと会話が途切れた一瞬間、あれ、と思う。
好きなものの話をしている時は、口籠ることも、言葉が途切れ途切れになることも、あまりないように感じる。
好きこそものの、というやつだろうか。いや、それは少し違うか。
とにかくも本が、亜久里先生の書く物語が、純粋に好きなんだ。
その『好き』を共有出来る人がいなかったであろうことも、昨日のように我を忘れる程の興奮に繋がってしまうのだろう。
好きなものの話をしている時の顔は、とても素敵だ。
それくらい素直な顔の方が、先輩にはよく似合っている。
誰とでも、他のことでも、そんな顔で話せるようになるといいな。
(……いい、のかな)
前向きな気持ちの裏に、ふと足を止める自分がいた。
先輩にとって俺は、初めて出来た友達だ。
初めてがあるからには、次も、その次の人も出て来ることだろう。いや、いずれそれは出て来るものだ。遅いか早いかだけの話。
本当はそれが望ましい。いやそうなっていくことが、先輩としても目標のはずなんだ。
それはとても良いことだ。良いことなんだ。
良いことのはずだ。
良いことの、はずなのに……。
(友達が増えて、もし、もっと自分と近い人に出会えたら……)
その時、先輩は――
いや、そんなことは考えないようにしよう。考えなくていいことだ。
まるで先輩の特別にでもなりたいみたいな、そんなこと。
まさかそんな。
(…………でも)
以前、姉の言っていた言葉がふと浮かぶ。
『もしあの子のことを、そういう意味で好きになったらさ。好きって気持ち、ちゃんと伝えてあげてね』
なんで今、そんな言葉を思い出すんだろう。
なんで、その言葉しか浮かばないんだろう。
違う。そういうんじゃない。
俺はただ、先輩にとって初めて出来た友達として――
友達……。
(……はぁ。何でこんなこと考えてんだろ。ぐるぐるして、訳分からなくなってきた)
あれこれ浮かんでは、そんなことない、そんなはずないの繰り返し。
このモヤモヤの先にある答えが『恋』だっていうなら――なんだろう。
相当に厄介な奴だな、恋って。
「…………はぁ」
浮かんだモヤモヤを、いつからか止まっていた息と共に吐き出す。
そんなのは、今は考えなくても良いことだ。



