——浮かれすぎ、なのかな。

 待ち合わせは十一時だけれど、現在時刻はそろそろ十時半になろうかというところ。
 早く着き過ぎてしまった。

 男友達相手なら、素直に『早く着いた』とでも連絡を入れていることだろうが、相手は女の子……超楽しみなやつみたいに思われたり、はたまた無駄な気を遣わせてしまうかもしれない。
 先輩なら――きっと後者だろう。下手な連絡は入れられない。
 自販機で買ったお茶を手に、駅前広場の端の方に見つけたベンチに腰掛ける。

 と、ポケットに入れていたスマホが震えた。
 取り出して確認すると、姉からのメッセージが一件入っていた。

『いくら人生初デートだからって、浮かれすぎじゃなーい?』

 短い文章の後、ケラケラと笑いながら転がる猫の、変なスタンプが貼られている。
 今日は姉も休みで家にいる為、出掛けるからには自然と、相手の名前も出していた。
 ニヤニヤといやらしく笑って「どこ行くの?」「何すんの?」と質問攻め、もとい詰問されたのを思い出す。
 先輩の事情なんかに関しては、何なら俺より姉の方が色々と知っているだろうに。
 本当に良い性格をしている。

『うっさい。晩飯はカップ麺な』

『あら久しぶりのインスタント。楽しみにしてるわねー』

 今度は、ルンルンスキップをしている犬のスタンプ。

『どんな顔して打ってんのそれ。米のとぎ汁だけにしてやろうか』

『うそうそ冗談。気を付けて行ってらっしゃいね。麻衣にもよろしく』

『初めからそれだけ言えって』

『どうせ空白の時間になってるであろう弟の暇つぶしに付き合ってあげてる、優しい優しいお姉ちゃんの親切心が分からないなんて』

『雲でも眺めてる方が有益だよ』

『うわー失礼なやつ。どうせ麻衣もまだ来てないんでしょ? ひとりで何して時間潰すのよ』

『別に何もし』

 まで中途半端に打ったところで、隣から「あの」と小さな声が聞こえた。
 その声に反応して顔を上げたすぐ先には、シンプルながら、制服とは全く異なる印象を受ける服装の先輩が立っていた。
 思わず送信ボタンを押してしまったすぐ後でまた、姉からのメッセージが入る。

『もし? もしもしかめよ?』

『先輩来たごめん切る』

 手短に要点だけを綴ってさっさと送信して、俺はスマホをポケットに突っ込み、立ち上がった。

「おはようございます、先輩。お早いですね」

「そ、それ、榎さんにもそのままお返しします」

「あー……ですよね」

 こんなことなら、もっと目立たない場所で待っていれば良かったか。
 いや、そうなったら先輩をどこかで待たせてしまうことになっていたかも。
 ……時間を決めての待ち合わせって、こんなに難しかったっけ。

「携帯、良いんですか……? 熱心に、どなたかとお話しなさっていたような……」

「姉です姉。くだらない日常会話です」

「そ、そうですか……?」

 間違っても『初デートだなんだと弄って来やがった』とは、笑いながらでも言えない。
 先輩は、それを冗談だとちゃんと受け取ってくれるか分からない。

「あー……っと、その……」

 立ち上がったは良いけれど、どうしたものか。
 キョトンとした顔で俺のことを見上げる先輩の方を、何だかまともに見られない。
 真っ白なカットソーの上に灰色の薄いニットベスト、デニムのパンツ――なんてことはない、どこにでも見られるようなファッションの筈なのに、どうも眺めていられない。
 ゆったりとした制服からは分からなかったことだけれど、パンツがピチっとしたサイズのものだからか、たっぱがあって凹凸もしっかりしているスタイルの良さが、際立ってしまっている。
 髪も髪で、下の方で緩く結わって肩から前に流されていて――色っぽいとすら思えるような装いだ。
 肩に掛けているのが小さなショルダーポーチなのも、尚大人っぽい。

「榎さん……?」

 小首を傾げる先輩に俺は、

「……いえ。ちょっと早いですけど、行きましょうか」

 気の利いた言葉の一つも言えなかった。
 口にすると、更に強く意識してしまいそうだったから。

「はい。今日は、よろしくお願い致します」

 そう言いながら、先輩は小さく頭を下げる。
 ふと浮かべられた笑顔は、緊張を隠しているようにぎこちなかったけれど、それさえとても綺麗に見えて、もう顔を覗き込むなんてことは出来なくなっていた。

「――はい。俺も、よろしくお願いします」

 全身にむず痒さを覚えながらもそう答えると、一歩、俺の方から踏み出した。