病院の廊下は、いつもより冷たく感じた

私は震える指先をぎゅっと握りしめながら、診察室のドアの前に立っていた

——呼び出された理由は、分かってる

でも、それを認めたくなくて、扉を開けるのをためらった

「……心和」

ふいに、背後から母の声がした

「お母さん……」

「大丈夫、一緒に聞きましょう」

優しく手を握られて、私は小さく頷いた

意を決して、扉をノックし、中へ入る

診察室の中には、主治医の先生と帆向くんの両親が座っていた

「お待ちしていました。お掛けください」

促されるままに椅子に座ると、先生は静かに口を開いた

「……正直に申し上げます」

その言葉に、私は思わず息を詰まらせた

「帆向くんの病状ですが……」

先生の視線が、私を貫くように真剣だった

「ここ数日の検査結果から判断すると、病状は急速に進行しており……」

——お願い、言わないで

「このままいけば……彼の余命は、あと1ヶ月ほどでしょう」

その瞬間、心臓が大きく跳ねたような気がした

「……え?」

——1ヶ月?

「そんな……だって、この前まで少しずつ良くなってるって……!」

私は言葉にならない声を絞り出した

帆向くんは、元気そうだった

笑っていたし、私と一緒に未来のことを話していたのに——

「確かに、一時は安定していたのですが……この病気は波があるんです。ここ数日で、症状が急激に悪化してしまいました」

先生は淡々と説明を続ける

「今できるのは、痛みを抑えながら、なるべく穏やかに過ごせるようにすることです」

「そんな……嘘、ですよね?」

震える声で問いかけるけれど、先生は静かに首を振った

「残念ながら……」

——嫌だ

そんなの、嫌だよ

「何か、他に方法はないんですか?」

「新しい治療法は試しましたが、残念ながら……」

「そんな……」

視界が滲む

「心和……」

横にいた母がそっと肩を抱いてくれた

でも、そんな優しさすら今は痛かった

「このことは……帆向くんも、知ってるんですか?」

先生は、一瞬だけ言葉を詰まらせた後、小さく頷いた

「ええ。つい先ほど、ご本人にもお伝えしました」

——もう、知ってるんだ

じゃあ、帆向くんは……今、何を考えているんだろう?

「……会いに行っても、いいですか?」

「もちろんです」

私はゆっくりと立ち上がり、扉へと向かった

帆向くんが待つ病室へ向かう足取りは、今までで一番重かった

——でも、泣いちゃダメ。

今、泣いたら……帆向くんが悲しむから

私は、震える手で病室のドアを開けた——