日が沈みかけた放課後の廊下を歩いていた心和は、ふとした瞬間に足元がぐらりと揺れる感覚に襲われた

 「……あ……」

 次の瞬間、視界がぐるりと回転し、全身から力が抜けていく

 耳鳴りがして、遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえた気がした

 意識が沈んでいく――

 気がつくと、あたりは薄暗い教室だった

 小学校のころの教室

 黒板のチョークの粉の匂い

 色あせた掲示物、机の落書き

 懐かしいはずなのに、胸が締め付けられるように苦しくなる

 「ねえ、廣瀬さんってさ、なんか暗くない?」

 「いつも一人で本読んでるよね」

 「話しかけてもつまんなそうだし、なんか怖い……」

 周囲の声がざわざわと耳に入り込んでくる

 ああ、まただ

 笑い声が聞こえる

 ひそひそとした声が耳を突く

 みんなが離れていく

 『やめて……もうやめて……』

 そう叫びたくても、声にならない

 喉が詰まる
 
 手を伸ばしても、誰も触れられない

 ――怖い

 暗闇が広がる。飲み込まれそうになる

 「心和!」

 その瞬間、強い声が闇を切り裂いた

 「おい、起きろ!心和!」

 意識がぐんと引き戻される

 はっと息を吸い込むと、目の前には心配そうに覗き込む帆向の顔があった

 「……帆向……くん……?」

 汗が額に滲み、肩で息をしている自分に気づく

 全身がだるくて、心臓がまだドクドクと騒がしい

 「お前、急に倒れたから、びっくりしたんだぞ」

 帆向は心和の肩を軽く支えながら、真剣な顔で言った
 
 その瞳には、いつものからかいの色はなく、ただまっすぐな心配が滲んでいた

 「……ごめん……」

 「謝るなよ。大丈夫か?具合悪い?」

 心和は小さく頷いた

 帆向の手の温もりがじんわりと伝わってくる

 心和は、自分が今、現実に戻ってきたことを実感した

 「夢……を見てた……」

 かすれた声でそう言うと、帆向は「どんな夢?」と、やわらかく尋ねた

 言うべきじゃない

 話してもどうしようもない

 そう思った

 でも、帆向の表情があまりにも真剣で、心和はふと唇を噛んだ

 「……昔のこと……」

 それだけ絞り出すと、帆向は少しだけ考えるような顔をした
 
 そして、不意にふっと笑った

 「そっか。でも、もう大丈夫。俺がここにいるから」

 その言葉が、どうしようもなく胸に響いた

 心和は、小さく頷いた