病室の中は静かだった

窓から差し込む午後の光が、白いカーテンをやわらかく揺らしている

「……ん……」

微かな声が聞こえた

私は顔を上げる

「……帆向くん……?」

ベッドの上で、ゆっくりと瞼が開かれる

「……心和……?」

かすれた声だった。

でも、その声が聞こえただけで、私は涙が出そうになった

「よかった……本当によかった……!」

彼の手をぎゅっと握る。

まだ力は戻っていないのか、指先は少しだけ冷たかった

「俺……助かったのか……?」

「……うん。お医者さんが、手術は成功したって。でも、まだ安静にしてなきゃダメなんだよ」

そう言うと、彼は少しだけ微笑んだ

「そっか……」

「ねえ……本当に、大丈夫なの? ちゃんと話せる?」

私がそう尋ねると、彼の目がゆっくりと私を見つめる

そして——

「心和……俺、話さなきゃいけないことがあるんだ」

「……うん」

私は息を飲んだ

彼が、あの海で言おうとしていたこと

「俺の……病気のこと」

彼の声は、静かだったけれど、確かに震えていた

「俺の心臓の病気……ずっと前から、分かってたんだ。先天性のもので、進行するタイプのやつだって」

「……そ、そんな……」

「今までは普通の生活ができてた。でも、今年に入って急に悪化し始めた。
 手術すれば、もしかしたら少しは延ばせるかもしれない。でも……」

彼の言葉が、止まる

私の手を握る力が、少しだけ強くなった

「でも……?」

「……医者から、余命を宣告されてる」

「——っ!」

頭が真っ白になった

「余命……って……そんな……」

「あと、1ヶ月……長くても、3か月くらいだって」

彼は、淡々とした口調でそう言った

だけど、その言葉がどれほどの重みを持っているのか、痛いほど伝わってきた

「嘘……だよね……?」

信じたくなかった

「嘘じゃない」

彼は、苦しそうに微笑んだ

「だから……本当は、お前にこんなこと伝えたくなかった」

「……なんで……なんでそんなこと……」

「好きだから」

「……え?」

「好きだから……心和には、悲しい思いをさせたくなかった。俺と一緒にいることで、お前が苦しむなら、それだけは嫌だった」

彼の言葉が、私の心に突き刺さる

「だから……距離を置こうとも思った。でも……もう無理だった」

「海藤くん……」

涙が溢れそうになる

「お前といる時間が、幸せすぎたから」

彼はゆっくりと目を閉じた

「本当は……もっと一緒にいたかった」

その言葉を聞いた瞬間、私は涙を抑えられなくなった

「バカ……そんなこと言わないでよ……!」

「心和……」

「だって……こんなの、嫌だよ……! もっと一緒にいたい……!」

私は彼の手をぎゅっと握りしめた

「まだ半年あるんでしょ? だったら、その時間を無駄になんかしない! 私は……私は絶対に諦めない……!」

彼は驚いたように目を開ける

「……心和……」

「だって、私は……帆向くんが好きだから!」

そう叫ぶと、彼は少し驚いた顔をして——

そして、泣きそうなほど優しく微笑んだ

「……ありがとう」

彼の手のぬくもりを感じながら、私はただ涙を流すことしかできなかった——