特別教室の化学室で行われる化学の時間は、心和にとって憂鬱な授業のひとつだった

それだけでも気が重いのに、今日は席替えがあるという

小さくため息をつきながら、彼女はぼんやりと思う

──また、知らない人の隣になったらどうしよう

もともと人と話すのが苦手な心和にとって、席替えはただの苦行でしかない

特に化学の授業では二人一組で実験をすることが多く、

隣の人とはどうしても関わらなければならなかった

「えーっと、それじゃあ順番にくじを引いて、席を決めていってねー!」

教師の軽い口調が教室に響く

次々にくじを引いていくクラスメイトたち

心和の番が回ってきて、彼女はためらいながらも箱の中から一枚の紙を引いた

【B-4】

──どこだろう

教室の前方に貼られた座席表を探す

窓際の、後ろから二番目の席

その隣の席に座っていた人を見た瞬間、心和の肩がわずかにこわばった

「海藤帆向」

クラスの中心にいるような存在の男子だった

明るくて、誰とでもすぐに打ち解けるタイプ

休み時間になれば、教室のどこかで誰かと話し、ふざけ合っている姿をよく見かける

──正直、苦手なタイプ

そう思った次の瞬間、不意に弾んだ声が耳に飛び込んできた

「おっ、俺と一緒じゃん!」

振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた帆向が立っていた

「よろしくな!」

あまりにも自然で、無邪気な言葉だった

それに、こんなふうに真正面から話しかけられるのは久しぶりで、心和は一瞬言葉を失った

「あ……よろしく……」

ぎこちなく返すと、帆向は「おっ、返事してくれた!」と、

まるで珍しい生き物を見つけたかのように目を輝かせた

「いやー、廣瀬ってあんまり話さないからさ、俺、声聞いたの初めてかも!」

「……そんなことないと思うけど……」

「いやいや、マジで! なんか、ミステリアスって感じ?」

勝手に決めつけないでほしい

心和はそう思いながらも、言い返すことはしなかった

「でもさ、せっかく隣になったんだから、仲良くしようぜ!」

「……え?」

「だって実験とかペアでやるしさ、無言でやるのも寂しいじゃん?」

彼にとっては、それが当たり前のことなのだろう

そのあまりにも自然な態度に、心和はどう反応すればいいのか分からなかった

──彼みたいな人は、きっとどんな相手にも平等に接するのだろう

たとえ、それが自分のような人間でも

「……うん」

とりあえず短く返事をすると、彼は満足そうに笑った

「よーし、じゃあ早速、実験でやらかさないように頑張ろうな!」

「……やらかす前提なの?」

「だって俺、理科系苦手なんだよなー!廣瀬、得意?」

「普通……かな」

「お、じゃあ俺の分まで頼んだ!」

「え……?」

「冗談冗談! ちゃんとやるよ!」

あまりにも軽いノリに、思わず目を瞬かせる

──なんだろう、この人

自分とは全く違う世界の人なのに、こうも軽やかに話しかけてくる

普通ならここで会話が途切れるはずなのに、彼はまるで気にすることなく言葉を紡ぎ続ける

まるで、閉ざしていた扉を、ためらいもなく叩いてくるような──そんな存在だった

彼と席が隣になったことで、心和の静かな日常が、少しずつ崩れ始めようとしていた