朝のホームルームが始まる少し前、廣瀬心和はいつものように静かに教室へ入った

 クラスメイトの楽しげな会話が飛び交う中、できるだけ人目を避けながら、自分の席へと向かう

 誰とも目を合わせず、無駄な会話を生まないように

 ただ机に教科書を並べ、始業のチャイムが鳴るのを待つ──

 そんな日々を、ずっと繰り返してきた

 「おはよう!」

 「昨日のドラマ見た?」

 「やば、宿題やってねえ!」

 教室には、他愛のないやりとりが響いていた

 友達同士の何気ない会話

 特別なことではないはずなのに、心和には遠い世界の話のように思えた

 彼女のことを知らないわけではない

 小学校や中学校で同じクラスだった顔ぶれもいる

 それなのに、誰も話しかけてはこないし、彼女もまた、自ら声をかけようとはしなかった

 ただ、ひとりでいる方が楽だった

 ──どうせ、私がいなくても何も変わらない

 そんな思いが、心の奥に静かに根を張っていた

 授業が始まると、ノートをとるふりをしながら、そっと窓の外を眺める

 晴れた空。校庭で体育の授業を受ける生徒たちの姿

 そこには、心和の知らない、温かい世界が広がっている気がした

 昼休みになれば、クラスメイトたちは自然にグループを作り、弁当を広げる

 「ねえ、次の土曜日、カラオケ行かない?」

 「いいね!放課後にプリも撮ろう!」

 そんな声を背中で聞きながら、心和はひとり、静かに教室を出る

 放課後も、寄り道せずに家へ帰る

 特にやることがあるわけではない

 スマホを開いても、通知はほとんどない

 SNSを眺めれば、そこにあるのは誰かの楽しそうな日常で、

 それはただの他人事のようにスクロールするだけのものだった

 そんな高校生活

 誰かに必要とされることもなく、誰かを必要とすることもない

 ──「居場所」という言葉は、心和にとってあまりにも遠いものだった