心和は静かな部屋の中、机に向かっていた

夏休みに入ったとはいえ、宿題を溜め込むのは後で苦しむとわかっていたから、少しずつでも進めることにしたのだ

「数学のワーク……、問題数が多すぎる……」

溜息をつきながら鉛筆を走らせる

ふと窓の外を見ると、茜色だった空はすっかり夜の色に変わり、遠くの方で虫の声が聞こえ始めていた

「……キリのいいところまでやったら、終わりにしよう」

そう自分に言い聞かせながら、最後の問題を解き終える

時計を見ると、もうすぐ7時

心和は席を立ち、食卓へ向かった

食卓では母が用意してくれた夕飯が並んでいる

「今日から夏休みね」

「うん」

食事をしながら、いつも通りの静かな時間が流れる

けれど、心和の心の中はどこか少しだけ、いつもと違う温かさがあった

――遊園地

これまでの自分なら、誘われることも、誰かと計画を立てることもなかったはず

それなのに、今は確かに「誰かと過ごす予定」がある

夕飯を終え、自分の部屋へ戻ると、枕元に置いていたスマホが小さく震えた

ピコン♪

画面を見ると、グループLINEの通知が入っている

差出人は――優鞠、花緋、純鈴の三人

『遊園地の計画立てよう!』

心和は思わず少しだけ微笑んだ

画面を開くと、すでに三人のメッセージが飛び交っていた

優鞠:「まずは日程決めなきゃね!いつ行く??」
花緋:「私はいつでもOKだよ~!」
純鈴:「私は来週の土曜日がいいな!次の日休みだし!」
優鞠:「じゃあ、7月◯日で決定?心和ちゃんはどう?」

心和は少し迷いながら、スマホのキーボードをゆっくりと打った

心和:「私もその日なら大丈夫」

すぐに既読がつき、次々と返信が返ってくる

優鞠:「やったー!!」
花緋:「楽しみ~!何乗る!?やっぱり絶叫系??」
純鈴:「夏だからウォーター系のアトラクションもいいよね!」
優鞠:「お化け屋敷もあるよっ!」
花緋:「心和ちゃん、お化け屋敷いけるタイプ?」

突然話題を振られ、心和は少し戸惑った

考えてみれば、お化け屋敷に入ったことなんて一度もない

心和:「……たぶん、いける……と思う」

そう送ると、すぐに優鞠が返信した

優鞠:「じゃあ決まりだね!!!」
花緋:「心和ちゃんの反応が楽しみ~」
純鈴:「私、叫んじゃうかもw」

画面の向こうで、みんなが楽しそうに盛り上がっているのが伝わってくる

その輪の中に、自分も入っている

少し前までは考えられなかったことだった

心和:(……なんだろう、この感じ)

胸の奥がじんわりと温かくなる

"遊園地に行く"というただそれだけのことが、こんなにも楽しみに思えるなんて

ふと、思い出す

「心和が夏休みに一人でいるのは許さねぇ」

帆向の言葉

あの時は「また勝手なことを……」と思ったけれど、今ならわかる

彼が言っていたことは、"こういうこと"だったのかもしれない

心和はスマホをそっと置き、窓の外を見上げた

澄んだ夜空には、いくつもの星が瞬いていた

「……楽しみ、かも」

小さく呟いたその言葉は、ひとりで過ごしていた頃には決して出てこなかったものだった

――こうして、心和の"新しい夏"が始まるのだった