「どうしようかな……」

 やったことに後悔はない。
 けれどやったことが大きな問題な事はクリャウにも分かっている。

 だけど後悔もないのだから大人しく捕まるつもりもなかった。
 それに自分の命令で動いてくれたスケルトンを差し出すつもりない。

 とりあえず村を離れなければいけないとは思った。
 村どころか国を離れなければいけないとすら考えていた。

 村一つ滅びたのだ、きっと大騒ぎになる。
 ただクリャウはまだ子供であり、親もいないのであまり物事を知らない。

 どうにかしなければならないという事は分かってもどうしたらいいのか分からないでいた。
 ひとまず完全に道を歩かず、道に沿いながらも道が見えるぐらいのところを歩いていた。

 道を歩くと人に見つかるかもしれないという浅い考えからだった。

「まあでもしばらくは生きていけるかな……」

 クリャウはお金の入った袋を揺らす。
 ジャラジャラと音を立てる袋にはパンパンにお金が詰まっている。

 それは村から持ってきた物だった。
 クリャウのものではない。

 死んだ村人たちのものを無断で持ってきたのだ。
 さっさと村を離れようと思っていたのだけど、お腹が空いたクリャウはパンでももらっていこうと思ってパン屋に入った。

 そこで机の上に残されていたお金を見つけた。
 どうせもう持ち主が死んでいるならと特にクリャウに冷たく当たっていた家を回ってお金を持ってきたのである。

 悪い事だとは頭の隅で思う。
 けれども持ち主のいないお金を盗ったからと誰が怒るのだろう。

 クリャウの中にあった善悪がひどくぼやけて、境界線が分からなくなってきた。
 魔物でもスケルトンはクリャウのことを助けてくれた。

 それに比べて村の人はクリャウを助けてくれることもせず家を燃やしてクリャウが悪いと責め立てた。

「もう何だか分かんないや……」

 これまでクリャウは真面目に頑張ってきた。
 なのに迎えた結末は誰も望まないものになってしまった。

「バレて捕まったら……殺されるのかな?」

 テクテクと歩きながらクリャウは考える。

「ん? スケルトンさん、隠れて!」

 道の向こうから馬車が走ってくるのが見えた。
 クリャウは体を低くして草むらに隠れる。

 スケルトンもクリャウの指示に従って草むらの中に膝をつく。

「……女の子?」

 馬が引いているのは鉄の檻だった。
 周りを武装した男たちが囲むように守っていて、まるで罪人を連行しているようにも見えた。

 鉄の檻の中にいるのは一人の女の子だった。
 クリャウと同じくらいの年齢に見えて褐色の肌をしていて髪は真っ黒、そして耳の先が尖っている。

「……魔族?」

 魔族と呼ばれる人たちが世の中にはいる。
 普通の人と大きな違いはないのだが魔族は肌の色や耳の形などがわずかに異なっている。

 そして魔族は大きな魔力を持っている者が多い。
 かつて大きな勢力を誇っていた魔族は世界を支配しようと目論んで戦争を仕掛けた。

 結果として魔族は人間と獣人の連合軍の前に敗北した。
 魔族の多くは殺されて、残った魔族は散り散りに逃げていき今では魔族は忌避される存在となっている。

 見つかれば殺害されたり奴隷にされたりと良い扱いを受けていないことはクリャウも知っていた。

「……あの子も捕まったのかな?」

 殴られたのか顔を青く腫らしているけれど綺麗な顔立ちをした子だった。
 殺されずに捕まったということはきっと奴隷にされるのだろうとクリャウは思った。

「…………諦めてない」

 クリャウの前を馬車が通っていった。
 囚われた魔族の少女の目はまだ逃げる機会をうかがっているかのような強い光を宿しているのをクリャウは見た。

「俺に何ができるってんだ……」

 強い意思を宿したその瞳はなぜかクリャウの脳裏に焼き付いた。
 しばらく馬車が遠ざっていくのを眺めていたクリャウは小さく首を振る。

「でも……」

 顔を上げたクリャウの目にはまだ遠くに馬車が見えていた。

 ーーーーー

「ふわ……」

 頭を剃り上げた坊主の男が大きなあくびをした。

「別に見張りなんていらねえんじゃないか? こんなガキ取り戻しにくるやついないだろう」

 坊主の男はチラリと近くに止めてある馬車を見る。
 荷台には鉄の檻が設置してあり、中には魔族の少女が小さく丸まって寝ている。

 見るたびに睨みつけてくるものだからいい気分のガキではないと坊主の男は思う。

「手足拘束して檻の中に入れてんだ逃げもしないだろうさ」

「逃げもしないだろうし助けも来ないだろうよ。だが魔物はそんなこと関係ないからな。見張っとかなきゃ俺たちは魔物の餌になっちまう」

 もう一人の短髪の男は枝を折って焚き火に放り込む。

「ああ……魔物がいたか」

「檻に入ってるからガキは無事に済むかもな」

「んな皮肉面白くねぇよ。それに俺たちが死んだらガキは檻から出られず死んじまうだろうよ」

「確かにな」

「にしても魔族のガキが欲しいとは……変態もいたもんだ」

 坊主の男は肩をすくめる。
 男たちは奴隷商人の下で働く人さらいであった。
 
 わざわざ魔族の少女をさらうために普段の拠点から遠く離れたところに来ていた。
 理由は魔族の少女が欲しいという依頼が奴隷商人のところに来たからだった。