「……嫌がってるじゃないか」

「なんだと?」

「ミューナが……嫌がってるじゃないか」

 隠れるようにするミューナを隠すように顔を上げてクリャウはまっすぐにスルディトの目を見つめる。

「……なぜ人間がこんなところにいる? ヴェール、とうとう人間を引き入れるつもりか?」

 襲撃した時から人間が一緒にいることは気になっていた。
 スルディトは揺さぶりをかけてみようとわざとらしく声を大きくする。

「忘れたのか? 人間のせいで我々魔族がこのような森の中で暮らさねばならなくなったことを! 今更人間と手を取り合って生きるつもりなのか!」

「黙れ」

「な……」

「我々はされたことを忘れない。だがこうして生き延びているのにも人間の協力はあったのだ。正しく歴史を知らずに恨み言ばかり口にして上に立つ者として恥ずかしくはないのか」

「ふん、正しい歴史だと? 今我々魔族がここにいる、これが知るべき事実であり、これから打破していかねばならない状況だ! 歴史がなんだというのだ!」

「……貴様とは平行線だな」

「もはや待てん! 選べ! 魂視者の娘を引き渡すか、決闘か、戦争かだ!」

 重たい選択をスルディトは迫る。
 今ここでスルディトさえ消してしまえばという考えがヴェールの頭の中でよぎる。

「……少し考える時間をくれ」

「二年も与えたというのにこれ以上何を考える? だがまあいいあと三日。三日だけ待ってやる。そこで結果が出なければ問答無用で戦争だ」

 ヴェールの答えを待たずスルディトは踵を返して去っていく。

「……なんで…………」

 ーーーーー

「くそっ!」

 ヴェールはテーブルを叩きつけた。
 食事の時は明るい雰囲気だったのに一転してかなり険悪な雰囲気に変わってしまった。

「いったいあの人は何がしたいの?」

 ざっくりとしたことは分かっても細かなことはわからない。
 クリャウは隣にいるカティナに事情をたずねる。

「アイツ……スルディトの息子はミューナ様に結婚を申し込んでいるのです」

「け、結婚を?」

「理由としては一目惚れ……まあ、ミューナ様は美人なのでそれもしょうがないとは思うのですがスルディトはそれを利用しようとしているのです」

 カティナは不愉快そうに顔をしかめた。

「どういうこと?」

「フェリデオがミューナ様に好意を寄せた最初の時はスルディトもあまり乗り気ではありませんでした。ですがミューナ様に魂視者としての才能があると分かってから態度を一変させたのです」

 元々スルディトの息子であるフェリデオという男はミューナの見た目に惚れて言い寄っていた。
 スルディトとしてはあまり仲が良くないテルシアン族の族長の娘と自分の息子が結ばれることをよく思っていなかった。

 しかしミューナに魂が見える力が開花してスルディトは考えを変えたのである。

「魂視者が魔族にとって大事なことは説明しただろう?」

「あっ、はい」

 カティナの説明をヴェールが引き継ぐ。

「俺が族長をやっているのは母であるイレヲラの指名があったからだ。そして前の族長は俺の父である」
 
 魂視者その人は族長になれない。
 しかし魂視者の配偶者、あるいは認めた人が魔族を守る守護者として族長になるのである。

 ヴェールは魂視者の才はなかったけれど剣の実力や人をまとめる才能があったのでイレヲラに指名されて族長をやっている。

「つまりだ、ミューナの相手は次期族長となるのだ。大人しく合併されるなどというが魂視者が代替わりして自分の息子が族長になったら父親として好き勝手するに決まっている」

 一時的にブリネイレル族がテルシアン族に合併されても最終的にスルディトの息子が族長になれば結局ブリネイレル族かテルシアン族を飲み込むことになる。
 そのために二年前にスルディトは正式にミューナへの婚姻を申し入れた。

 当人の意思が、などと理由をつけて断ったのだがスルディトはかなり強硬な手段に出てきた。
 ミューナが少しでも男の子と近づこうものなら乗り込んできて決闘を申し入れたのだ。

 とんでもない行為だがスルディトは大きな財貨をかけ決闘を承諾させて、決闘に負けたらミューナに近づかないように迫った。
 スルディトの息子であるフェリデオは同年代の中でも強くてこれまで何人もの子がフェリデオに敗北してきた。

「無理に決闘を承諾させたわけでもないから何も言えなくてな……結局そのせいでミューナは孤立してしまった」

 ヴェールは当然スルディトに対して抗議した。
 しかし決闘を最終的に承諾したのは本人たちである。

 男を近づかせないという無理なやり方をしたためにミューナは子供たちの中で孤立してしまった。
 婚姻を受けざるを得ないような状況を作り出されたわけだが、ヴェールはスルディトと話し合ってまだミューナも幼いのだし婚姻は早いと説得を試みた。

「もう二年も経つのか……」

 結果としてスルディトは二年待つことを承諾してくれた。
 忘れていたわけではないがスルディトの方が待ちきれなかったのだろう。

 少し早めに乗り込んできたのだ。

「……ミューナ、大丈夫?」

「大丈夫……じゃ、ない!」

 ミューナの目から涙がこぼれた。