「クリャウ様、何か一言でも挨拶を」

 再びクリャウに視線が集まる。
 こんな状況で何を言えばいいのかと表情がこわばる。

「大丈夫、クリャウの言葉でいいんだよ」

 ミューナはクリャウの背中に優しく手を添えて微笑む。

「分かった……え、えっと、クリャウと申します」

 ミューナの手は温かくて、なんとなくだけど勇気をもらえた。

「まだ死の王とか分かんないけど俺にできることなら……できることがあるなら頑張ります! よ、よろしくお願いします!」

 いい挨拶とかどんなものなのか分からない。
 とりあえず誠心誠意の言葉を口にして深々と頭を下げた。

 ただ魔族の反応は冷たかった。
 肯定も批判もなかった。

 ひたすら冷たい視線で見続けられただけ。
 それほどまでに魔族の人間に対する偏見は根強い。

 人間が魔族に対して持っている偏見を考えれば仕方のないことである。

「全く……」
 
 ヴェールは小さくため息をついた。
 みんなの態度は問題である。

 魔族にとって魂視者の神託は大きな意味を持つ。
 クリャウが本当に神託が示す死の王として魔族を導く存在だったらどうするつもりなのか。

 ただ気持ちも分からないでもない。
 正直ヴェールもクリャウが人間なことに複雑な感情がある。

 神託が指し示した場所がタビロホ村という人間の領域だった時点である程度は覚悟していたが、やはりどこかで受け入れがたさというものはある。
 ケーランたちは若い世代で人間に対する偏見が少ないのでメンバーに選んだという側面もある。

 クリャウに対しては旅を共にする中で偏見的なものがほとんどなくなったようだ。

「済まないな……」

「いえ、大丈夫です」

 まだ冷たい目で見られるだけいいかもしれない。
 石を投げられたり必死な思いで買ったパンを取られたりするようなこともない。

 冷たく見られるだけならマシな方だとクリャウは困り顔のヴェールに微笑み返す。

「少しみんなにも時間をくれ」
 
「俺も早くみんなに受け入れてもらえるように努力します」

「……ありがとう」

 トゥーラの料理を食べて泣いたのにこうした場面では強くある。
 普通の背景の子でもなさそうなことヴェールは強く感じざるを得なかった。

「細かなことはまた後にしてここは一度解散に……」

「族長!」

 このままクリャウをみんなの前に晒しても状況が好転することはない。
 少しずつみんなに受け入れてもらうことにして改めてやり方を考えようと考えていたヴェールのところに一人の魔族の男性が駆け寄ってきた。

「どうした?」

「ブリネイレル族です! あいつらミューナ様を……」

「やあやあやあ……みんなお揃いでどうした?」

 緊迫したように空気が張り詰め、報告を全て聞き終わる前に集まった人の後ろからどこかで聞き覚えのある声が響いてきた。

「スルディト! 貴様何しに来た!」

 人が二つに割れて声の主が姿を現した。
 ニタニタと嫌な笑顔を浮かべたスルディトが数人の部下を連れてゆっくりと広場を歩く。

「我々を襲撃したこと忘れてはいないぞ!」

 スルディトに対してテルシアン族の人たちが武器を抜き始める。

「用件はなんだ? 話の内容によっては生きて帰ることができないと思え」

 謝罪ではなさそうだが問答無用で切り捨ててはブリネイレル族と戦争になってしまう。
 襲撃されたことを水には流すつもりはないがヴェールは一度怒りを抑えてスルディトのことを睨みつける。

「おー、怖い。もう直ぐ家族になるのだからそのような怖い顔をすることはないだろう?」

「なに?」

「忘れたのか? 二年前、約束を交わしただろう?」

「あの時も答えたはずだ! ミューナを貴様らの部族にやるつもりはないとな!」

 ヴェールは完全に怒りの表情を浮かべ、スルディトはそれを余裕の顔で受け流している。

「……ミューナ?」

 ミューナがそっとクリャウの後ろに隠れた。
 ギュッとクリャウの服を掴んだミューナはこれまで見たこともないような不安げな顔をしていた。

「何が不満だ? 魔族の中でも最強の呼び声がある我が息子が幼き時より魂視の力を開花させたお前の娘と結ばれることに何の不都合がある?」

「貴様は息子と我が娘を利用して我が部族を吸収しようとしているではないか!」

「そんなことは……結婚を認めてくれるなら我が部族は大人しく合併されるつもりだ」

「その先にどうなるのか目に見えているわ!」

「そう言われても……こちらは正式な婚姻の申し込みをした。まだ当人が幼いからと二年も待ってやった。これ以上は待てない」

 話はよく分からないけれどミューナが婚姻を迫られているということはクリャウにも理解できた。

「これ以上待たせるつもりなら決闘で勝負をつけよう。こちらは我が息子が出る。同年代の子に限って相手になるようにすれば不公平もないだろう」

「何だと……そんなもの受け入れられるか!」

「ならば部族間で争うか?」

「くっ……」

 スルディトが鋭い目つきでヴェールを見る。

「我々剣のブリネイレルと戦うつもりか?」

「…………そんなことをして他の部族が黙っているとでも?」

「さあ、やってみれば分かるかもな? ミューナ、お前が大人しくフェリデオの相手になれば全て丸く収まるんだ」

 スルディトに声をかけられてミューナはびくりと震えた。