「クリャウは何ともないの?」

「何ともって……何ともないよ?」

 魂は人に何かの影響を及ぼせるものではないと言われている。
 しかし実際魂が人に影響を与えることもあるのだ。

 強い意思を持った魂が人や物に何かの影響を与えたり、影響を与えるほどの力がなくとも複数の魂が集まれば体調が悪くなるぐらいのことは起こりうる。
 クリャウの周りには魂が集まりやすい。

 なのにクリャウに対しては何の悪影響も与えていないようでクリャウは平然としている。

「不思議」

「俺には分からないな」

 水賊の船の時は言われていたこともあって魂の存在を感じたような気がするけれど今は何も感じない。
 魂が集まっていると言われて自分の周りを見ても何の変化も感じられないのだから何も分からないと肩をすくめる。

「まあ何ともないなら別にいいんじゃない?」

「スケルトンさんみたいに味方になってくれるかもしれないしね」

 ミューナに出会う前だったら魂が集まってるなんて言われて怯えていたかもしれない。
 でも今は彷徨う魂のことを怖いとは思わない。

 むしろ何かの目的や願いがあったり強い意思を持って魂だけでも世界に留まろうとしているすごい人だと感じるようにもなっていた。

「おっと」

「えっ!」

 スタットが急にクリャウの首根っこを捕まえて引っ張った。
 直後クリャウの目の前に矢が突き刺さった。

「手荒い歓迎だな」

 スタットがやや上を見ているのでクリャウも同じく視線を上げる。
 木の上に褐色肌をした魔族の男性がいた。

 手には弓矢を持ちジッとクリャウたちのことを見下ろしている。

「何者だ?」

 仲間じゃないのか、とクリャウは少し驚いた。
 そういえば魔族達はいくつかの部族に分かれているなんて話を聞いたことを思い出す。

 別の部族の襲撃ならば危ないかもしれない。

「何者だ……だと?」

 木の上の男は返事を待たずして次の矢を引き絞る。
 矢が向けられているのはスタットである。

「俺の顔忘れたのか? それとも俺に負けすぎて負けを認められなくなったか?」

 木の上の男が矢から手を離した。
 打ち出された矢はまっすぐに飛んでいき、スタットの顔の横を通り過ぎて地面に突き刺さった。

「狙うならここだぜ」

 スタットはニヤリと笑って額をトントンと指差す。

「ふん。ここで殺してもいいがそうするとお前に勝ち逃げを許すことになってしまうからな」

「ははっ、大人しく勝てないことを認めて殺しといた方がいいかもしれないぞ?」

「死にてえなら別でやれ。おかえり」

 木の上から男が降りてくる。

「ただいま、ビュイオン」

 ビュイオンと呼ばれた男とスタットは抱擁を交わす。

「……えっと?」

「あの人、敵じゃないよ。うちの部族のビュイオンさん。スタットさんとは友達なんだ」

 てっきり危ない敵かと思ったけれど違った。
 ビュイオンなりの歓迎の挨拶で、みんなもそれを分かっていて黙って成り行きを見ていたのだ。

「ビュイオン、お客様が驚いています。こうしたものはちゃんと状況を見てからにしてください」

「こんなもんで驚いてるようじゃここじゃやってけねえだろ?」

「はぁ……ごめんなさいね、クリャウ様」

「いえ、大丈夫です」

 少し驚いたけど敵じゃないのなら何も構わない。
 みんな仲がいいんだなぐらいにクリャウは思っていた。

「俺たちがいない間に変わったことは?」

「ブリネイレル族との小競り合いが何度か起きた。少しばかり怪我人は出たけど死人はいない」

 ビュイオンも合流して集落に向かいながらケーランが自身のいない間に集落に何が起きていないか話を聞く。

「だけど空気感は悪い。デーミュント族もオドルディ族も仲介する気はなく様子見してる。いつ本格的な戦いになってもおかしくない状況だ。あんたら帰ってきてくれて助かるよ」

 クリャウも軽くミューナたちの話は聞いている。
 ミューナたちの部族はテルシアン族といって魔族の中でも王族の血を少し引いている一族が中心にいた。

 部族としての規模もそこそこ大きく他の部族との関係でもリーダー的な役割を果たすことも多い。
 今は近くに住んでいるブリネイレル族との関係が悪化していて一触即発の状況にあるらしく、ケーランたちはそこも懸念していて早め早めにと移動していた。

「魔物の動きはやや活発。むしろ狩りが捗るぐらいだ畑の調子はいい。あとは……族長が娘に会いたくて寂しがってるぐらいだ」

「お父様ったら……」

「どこの父親でも娘は可愛いもんだからな」

 ビュイオンはカラカラと笑う。
 スタットと似たようなさっぱりとした性格のようである。

「それにしてもこの子がな。あとこのローブの連中はなんなんだ……むっ! 何もんだ!」

 突然矢が飛んできた。
 ビュイオンは振り返りながら剣を抜いて矢を叩き落とし、ケーランたちもクリャウとミューナを囲むように移動しながら武器を構える。

「久しぶりだな、ビュイオン」

 今度は左目に黒いタトゥーの入った魔族の男が木の上に立っていた。
 また荒い歓迎とやらかと思ったけれど、ケーランたちの雰囲気を見るにそうではなさそうだとクリャウにもすぐに理解できた。

 他にも数人魔族がいてクリャウたちはいつの間にか囲まれてしまっている。