「このままじゃ売られちゃう……」

 さらわれた後にどうなるかなど子供のクリャウでも分かっている。
 どこかに売られるのだ。

 水賊が直接誰かに売るのか、人身売買を専門とする危険な商人に売られるのかはわからないけれど、どっちにしても凄惨な未来しか待ち受けていない。
 頭に衝撃が走らないようにゆっくりと立ち上がったクリャウは部屋に唯一ある出入り口のドアに手を伸ばす。

 案の定鍵がかかっているようで開かない。
 他の子供たちはすでに諦めたような暗い顔をしているがクリャウは何か方法はないか部屋を歩き回ってみる。

「…………何もないな」

 出られそうな場所はおろか武器になりそうなものすらない。

「きっと……みんなが助けに来てくれるよ」

 そう言いながらもミューナは不安そうにしている。
 一度さらわれたことがあるのだ、その恐怖は簡単には克服できない。

「でもなんかここ……妙な感じがするね」

 クリャウとミューナは壁に寄りかかって座る。
 何もないのにウロウロしても体力を消耗するだけであるので大人しくして機会をうかがうことも大切だ。

 クリャウは不思議なものを感じていた。
 何と聞かれても答えに困るのだけど何かが近くにいるような感覚がクリャウにはあったのだ。

「魂がクリャウの周りに集まってるからだよ」

「た、魂が?」

 ミューナはクリャウの近くの虚空を見つめる。

「ここにはたくさんの魂がある。どの魂も苦痛に満ちていて……何かの強い感情を抱えている」

 ミューナの目には魂が見えていた。
 ぼんやりとして形の定まらない弱いエネルギーの塊たちがクリャウの周りに寄っていているのだ。

 魂から感じる感情はあまり良いものではない。
 苦痛、恨み、何かのマイナスの感情が渦巻いている。

「でもクリャウには何か別の感情……期待を向けてる……」

「期待? なんで……」

「わかんないけど……」

 ただクリャウにそうしたマイナスの感情を向けているわけではない。
 むしろクリャウに対しては何か期待しているようだとミューナは感じていた。

 それがなぜなのかはクリャウにもミューナにもわからない。

「でもきっとこの魂は水賊にやられた人たちだと思う。だから恨んでいたり、苦痛を感じているんだと思うんだ」

 荒くれ者の水賊ならば多くの人を手にかけていてもおかしくない。
 多くの魂が船の中で彷徨っているのも理解ができる。

「……スケルトンさん、どうしてるかな」

 今頃自分のことを探しているのだろうかとクリャウはスケルトンのことを考えた。
 スケルトンとはなんとなく繋がっている。

 だいぶ離れたところでとどまっているように感じている。

「結局助けを待つしかないのかな……」

 クリャウにはなんの力もない。
 スケルトンがいなければ戦うこともできないのである。

「……なんだか悔しいな」

 せっかく自分にも力になれることができた気がするのにまたしても何もできない。
 ただ助けを待つことしかできないなんてとてももどかしくて、悔しさを覚えた。

 ーーーーー

「どうだ? 数は揃ったか?」

「頭数は揃いました」

「もう少し集めたら出発だ」

 水族の船の一室、水賊のリーダーである隻眼の男が部下から報告を受けていた。
 渡し船の通行料を要求した水賊であったが本気で通行料をぶんどるつもりなどなかった。

 通行する船の管理など面倒で、長く留まれば討伐の対象になることは分かりきっていた。
 水賊の真の目的は子供の誘拐である。

 子供は高く売れる。
 長期に渡る収入も欲しいところではあるが目の前の大金も欲しいものなのだ。

「そろそろチューちゃんのご飯の時間だな?」

「そ、そうですね。今回はどうなさいますか?」

「バカをした奴もいないんだろ? ならガキの中から適当に何人か食わせてやれ。男な。女のガキは高く売れるからダメだ。ただきっとチューちゃんも女のガキの方が食べたいんだろうけどなぁ」

 水賊の男はリーダーの男のことをイカれていると思った。
 自分たちのリーダーであるのだけれど尋常じゃない雰囲気がある。

 実力があってリーダーとしての素質もあるのだけれど、一方で何を考えているのか分からず突発的な行動をとることもあって部下たちはリーダーの男を前にすると常に緊張感があった。
 敵に対しても仲間に対しても容赦がなくて無能な醜態を晒せば簡単に命を奪われる。

「何してんだ? 早く行け。チューちゃんがお腹すかして待ってんだろうがヨゥ!」

「は、はい!」

 ほんの少し前まで機嫌が良さそうだったのにほんの少しの時間であっという間に不機嫌さをあらわにする。
 水賊の男は慌てて部屋を出ていく。

「ほんとリーダーはイカれてやがる……」

 ただ金払いはいいし、危機を察知する能力が高くてこれまでもうまくやってきた。
 大人しく従ってミスさえしなければ自由にさせてくれるし悪くはない。

「さぁて……どのガキを連れてくかな……」

 水賊の男は船の下に降りる。

「よう、ガキどもはどうだ?」

 通路の奥にある部屋の前には椅子が置いてあって見張りが一人暇そうに座っていた。

「すすり泣いてたガキがいたけどドアを叩いて怒鳴りつけてやったら静かになった。あとは大人しいもんだ。見張り交代か? こんなとこで座ってるだけなんて暇で仕方ねぇよ……」

 見張りは大きなあくびをする。

「すまないな。交代じゃないんだよ。ガキを連れていくぞ」

「なに?」

「リーダーのペットのエサだよ」

「あぁ……それなら売られた方がはるかにマシなのに可哀想に」

 可哀想とも思ってなさそうに見張りの男は鼻で笑う。