「これはまいったな……」

 ケーランが眉をしかめる。
 今クリャウたちはチアキアードという都市にいた。

 これまでは大きな都市を避けていたのだがチアキアードはかなり規模の大きな都市である。
 そんなところで何をしているのか。

 クリャウたちは人混みに紛れて川を見ていた。
 決して遊んでいるわけではない。

 本来避けるべき大都市にいるのも人混みの中にいるのも訳がある。
 目の前に流れている川はチアキアード大河と呼ばれていて、大河とつく通り非常に大きな川である。

 流れが速く魔物も出るために危険な川となっていて反対側に渡るためには有料の渡し船に乗らねばならない。
 迂回しようにも川は長く続いていてかなり遠回りになってしまう。

 そして魔族の集落に行くためにはチアキアード大河を渡らねばならないのである。
 さっさと渡し船に乗って向こう側に行ってしまおうと考えていたのだが、ここで足止めを食らうことになった。

「何もこんな時に水賊が出なくていいのにな」

 原因は大きな川の真ん中に見える一隻の大型船舶であった。

「どうしますか?」

「どうするも何も……解決を待つしかない」

 船は渡し船ではない。
 正体は水賊であった。

 山を縄張りとする山賊や海を縄張りとする海賊のように川を縄張りとするならず者の集まりである水賊が川を封鎖しているのだ。
 渡し船に通行料を要求していて今現在は対応が協議されている。

 大人しく通行料を支払うのか、要求を呑まずに水賊を討伐することを選ぶのか協議は簡単には終わらないだろうとケーランはため息をつく。
 どの道個人で解決できる話ではない。

「通行料を払ってもいいから早く渡ってしまいたいな」

「通行料なんて払えば水賊を増長させてしまうからきっと討伐されるだろう」

 スタットはめんどくさそうに水賊の船を眺めてため息をつく。
 イヴェールとしても多少の金は払ってもいいと思うけれど一度でも要求を受けると調子に乗ってしまう可能性があると考えていた。

 通行料の値上げやより面倒な要求をしてくることもありうる。
 そうなると差し迫った状況でもない限り水賊の要求を呑むことはなく討伐に傾くだろうと予想している。

 ただそうなると厄介なのは時間がかかるということである。
 どう討伐するか、誰が討伐するのか、費用はどこから出すのか、多くの問題があって協議の進みは遅くならざるを得ない。

「なんにしても早くしてくださると助かりますね」

 カティナもゆっくりと首を振る。
 どんな結論に行き着くのか知らないけれど魔族だとバレる可能性のある場所に長く留まりたくはない。

「な、なあ……」

「どうした、スタット?」

「お嬢と……坊主……どこ行った?」

「なに?」

 すぐそばにいたはずなのにクリャウもミューナもいないことにスタットが気がついた。
 ケーランとカティナも慌てて周りを見回すけれど二人の姿はない。

 クリャウもミューナも一人でどこかに行ってしまうような性格ではない。
 はぐれるにしても二人同時に、少し目を離しただけでいなくなるなんておかしい。

「スケルトンは?」

「スケルトンは……あっちのようです」

 クリャウにはスケルトンがついている。

「なんだお前!」
 
 ミューナがスケルトンを探すと少し先で古ぼけたローブを着たスケルトンが人にぶつかっていた。

「チッ、気をつけろ!」

 人にぶつかったスケルトンは地面に倒れて相手から怪訝そうな視線を向けられる。
 スケルトンは身バレ対策として道中で買った変なお土産ものの仮面を身につけているのでスケルトンということはバレていないようだった。

 スケルトンはクリャウのそばに居続ける。
 スケルトンの行先を見ればクリャウのいる場所が分かると思ったのだが、クリャウの魔力の補助がないスケルトンはかなり貧弱である。

 人混みの中では人にぶつかってしまってまともに動けないようだ。

「ただどこか離れているようだな」

 イヴェールがスケルトンを起こす横でケーランは顔をしかめた。
 スケルトンも勝手にどこかいくことはしない。

 どこかに行こうとしていたということはクリャウがこの場を離れているということになるのだ。

「まさか……誘拐か?」

 子供を狙った誘拐というのはどこでも発生しうる。
 ミューナはフードをかぶっていたので魔族だからと狙われたわけではない。

 背格好から子供なので狙われたのだろうとケーランは思った。

「スケルトンの道を開けさせろ! クリャウ様を追いかけさせるんだ!」

 スケルトンは立ち上がって移動しようとしている。
 クリャウのところに行こうとしているのなら道を開けてやれば案内してくれる。

「すいません、道を開けてください」

 スケルトンの進行方向を見てカティナとイヴェールで進路を確保する。

「水賊騒ぎに乗じて人さらいか……」

 今川沿いには水族の船を見に多くの人が集まっていた。
 水族騒ぎの混乱と人混みの隙を狙って人をさらっている連中がいる。

 卑劣な行いにケーランは苛立ちを覚える。
 スケルトンは川と並行に、下流の方へと進んでいっている。

「足が遅いな……」

 クリャウの方に向かっているとは思うのだけどスケルトンの歩みは遅い。
 クリャウは普段から少しだけスケルトンに黒い魔力を送って強化していた。

 だから歩みもクリャウたちと変わらなかったのである。
 黒い魔力が与えられていないスケルトンの歩みはノロノロとしていてスタットはイライラとしていた。