ほんの少しブラウの心が黒くなり始めた頃にクシャアンが力を見せるという事件が起きていた。
 黒い魔力は不吉の象徴であり、クシャアンがやったことは魔物を操るという不吉な行いだった。

 シャテラを振り向かせ、不吉な秘密を知る不安を解消する方法というものを考えた時にブラウの心は完全に黒く染まった。
 クシャアンに助けられた他の村人にも声をかけた。

 助けられたという恩は感じつつもクシャアンが黒い魔力の持ち主で魔物を使っていたということに不安や恐怖を抱いていたり、疑問や秘密にすることに対する呵責なども感じていた。
 ブラウは言葉巧みにみんなを説得してクシャアンを始末するという方向に話を持っていかせた。

「全部上手くいった……クシャアンは死んでシャテラは俺のものになるはずだった! なのにあの女は俺になびかなかった……」

 クシャアンを森の中で始末してブラウたちはこのことを秘密にしようと誓い合った。
 夫がいなくなればまだ幼かったクリャウを抱えたシャテラがブラウを頼ると思った。

 しかしシャテラは周りの助けを得つつも誰かに依存するようなことはなく強く生きようとした。
 周りから見ればシャテラは不慮の事故で夫を失った不幸な人であり周りが助けも多かったのだ。

「だからシャテラを孤立させようとした……」

「なんで……」

 黒く染まったブラウの心は戻らなかった。
 クリャウが黒い魔力の持ち主なことが分かって裏で徹底的に排斥しようと煽った。

 表ではシャテラのことを思い遣っているふりをしてどうにかシャテラを手に入れようと画策した。
 結局ブラウは婚姻適齢期という理由から幼馴染と結婚し、シャテラとクリャウに対する偏見が残り、シャテラは病気で命を落とした。

「俺のものになっていれば今頃シャテラも生きていたし、お前のことだって俺が可愛がって育ててやった! 全部お前らが悪いんだ!」

「……くだらない」

「なんだと!」

 想像していたよりもはるかにブラウがクズだったとミューナは顔をしかめる。
 要するに女に狂って助けてくれた相手を殺したに過ぎない。

 黒い魔力とかなんだとか言っているけれど、黒い魔力を持っていなくともクシャアンに手をかけていたのではないかと思う。

「ただの人殺しでしょ……」

「ガキに何が分かる!」

「……わからないよ!」

「クリャウ……」

 クリャウは涙を流していた。

「何もわからない! なんで! どうして! ……どうしてお父さんを! どうしてお母さんを苦しめたんだ!」

 ブラウから知らされた話は子供のクリャウにはあまりにも重たく、そして理解のし難い話であった。
 クリャウの体から黒い魔力が溢れ出す。

「その魔力……不吉の象徴!」

「俺が何をしたっていうんだ……」

「お前も魔物を操っているだろ!」

 森の中からスケルトンが戻ってきた。
 スケルトンの手には男性の首が持たれている。

「そうだね……魔物を操ってるよ……」

「ド、ドンケ……」

 スケルトンは見せつけるようにドンケの頭をブラウの目の前に落とした。

「こ、この……うっ!」

 スケルトンがクリャウを睨みつけようとしたブラウの髪を掴んで顔を上げさせる。
 クリャウから漏れ出した黒い魔力が吸い込まれるようにスケルトンにまとわりついていく。

 クリャウは何の命令も下していない。
 なのにスケルトンは勝手に動いていた。

 だけどクリャウは止めるつもりもなかった。

「何を……うわああああっ!」

 スケルトンがブラウの手に剣を突き立てる。
 これまでクリャウの命令がなければ動かなかったスケルトンがまるで自分の意思を持っているかのようだ。

「おい! こいつを止めさせろ!」

「どうして?」

「な……」

「俺がどうしてスケルトンさんを止める必要があるの?」

 クリャウの目からは未だに涙が流れている。
 しかしクリャウの目には闇が広がっていてブラウはゾクリとしたものを感じた。

「……強い感情を感じる」

 イヴェールとカティナは相手を処理してスタットの治療をしている。
 そしてミューナはクリャウたちの様子を眺めていた。

 ミューナの目にはスケルトンの魂の状態が見えている。
 これまで動きの見られなかったスケルトンの魂が今は激しく燃え上がるような状態になっていた。

「怒り……恨み……悲しみ……」

 ミューナはまだ魂を見ることに関してちゃんとした教育を受けていない。
 しかし今のスケルトンの感情は見ているだけでなんとなく伝わってくる。

 なぜなのかブラウに対してスケルトンは強い感情を抱いている。

「ほっといてもいいの?」

「……動けないだろうし逃げたところで捕まえるのも難しくない」

 剣を引き抜いたケーランが隣に来てミューナは少し驚いた顔をする。

「それにこれはクリャウ様とあのスケルトンの問題だ」

 ブラウはミューナたち魔族を追いかけてきたのではない。
 村を滅ぼしたクリャウを追いかけてきたのであり、クリャウの父親ともブラウは関係していた。

 スケルトンもなぜか異常な行動を取っているのでここは少し離れて見守るほうがいいだろうとケーランは判断した。

「ぎゃああああっ!」

 手が切り落とされてブラウは大きな悲鳴を上げた。
 けれども人気のない森の中では悲鳴を聞きつけて助けに来てくれる人もいない。

「お前のせいで父さんが……母さんもそのせいで苦労して……」

「ぐふっ……」

 クリャウからとめどなく漏れ出す魔力を吸収して強化されたスケルトンがブラウの首を掴んで持ち上げる。
 角張ったような骨の手が首に食い込んでブラウは苦しそうな顔をした。