20代も後半にさしかかると、結婚しましたとか子どもが生まれましたという報告が殺到するのは何故?
やっぱ、女には“出産のタイムリミット”があるから?
まるで駆け込み乗車ね。早く子どもがほしいからって、20代のうちに結婚や出産をしたがる女は、大して稼ぎのない平凡な男を選んでさっさと実行に移す。
あたしは結婚願望がないわけではない。ただ、どうせ結婚するなら誰もが羨む完璧な男がいいに決まっている。
そして、あたしは今「報告したいことがある」と中学時代からの友人・美南に呼ばれ、行きつけのカフェで落ち合った。
「珍しいね、あんたからあたしを呼び出すなんて
」
「ごめんね、急に誘ったりして」
「別に。どうせ暇だったし。で、何? 報告したいことって」
美南は童顔だけど、美意識が低すぎて化粧も下手。服のセンスもないし、安物ばっかり着ていて見ているこっちが恥ずかしい。そのうえチビだし、パット見、まるで蛙とか捕まえて喜んでそうな田舎臭い小学生みたいだ。今日もクタクタのダボッとしたパンツに薄汚れたスニーカー。トップスはキャラクターもののTシャツ。26にもなって何やってんだか。
「あ、そうそう。実は私、今度結婚することになったの」
「は!?」
今、結婚って言った? 嘘でしょ。
「私もまさかと思ったよ。こんなに早く決まっちゃうなんて」
美南が浮かれ気味にあたしに言う。
「そ、そうなんだ。あの例のマチアプで出会ったっていう?」
「うん」
マッチングアプリ。そんなものに頼らないと結婚どころか恋愛もできないなんて。どんだけどんくさいのよ。あたしも興味本位でやっていた時期があるけど、ド底辺しかいなくてある意味いっぱい笑わせてもらったわ。
「へぇ。で、美南は本当にそれでいいの?」
「え、何で? 私たちは初めから結婚前提で付き合ってたから、ごく自然な流れだと思うけど。麗子は違うの?」
ハッ、馬鹿な女。年収400万の冴えない、普通のどこにでもいる地味な会社員をわざわざ結婚相手に選ぶなんて。あたしより先に結婚することで、マウント取りたいのかもしれないけど。全ッ然羨ましくも何ともないわ。
「自然な流れって、どこがw。マチアプ使ってる時点で、出会い方自体が不自然じゃんw。全然ときめかないし、その程度の相手ならわざわざマチアプ使わなくても良かったんじゃないw? あ、美南は奥手だからそうでもしないと出会うこともできないかw。それなら納得w」
あたしは思わず語尾に草を生やしながら皮肉ってやった。だって、あまりにも滑稽だから。
それに、相手の男がどんなやつであろうと、あたしより先に結婚が決まるのがシンプルに許せない。
「麗子」
「何?」
「私のことは何とでも言えばいいよ。でも、彼のことまで悪く言われるのはさすがに許せない」
ふん、たかが美南のくせに。
イキってんじゃないわよ。何様なのよ、こいつは。マジでウザいんだけど。
「は? 何ムキになってんの? あたしは寧ろ心配してるんだよ。たった年収400万ぽっちの男が本当に家族を満足に養っていけるのか。それに、見た目だってどっちかといえばダサいっていうか。地味だし? こういうの妥協婚っていうんだっけ? ハイスペは望み低いからこのへんで手を打とうってやつ」
「もういい!」
いきなり大声出すとか、公衆の面前で恥ずかしくないのかな。
「麗子にこんな話をした私が馬鹿だったわ。そういえば、麗子は中学生の頃から……いつも男子に人気のある女子の悪口を言ったり、弱い立場の子に対してマウントとりまくっていたよね」
しかも泣いてるし。だっさ。
「私は……彼のことを心から尊敬してる。だから、妥協なんてとんでもないわ。寧ろ、私を生涯のパートナーに選んでくれたことに感謝しているくらい。それに、妥協って言葉は……人に対して使う言葉じゃないと思う。そんな失礼なことを……平気でいう麗子とは、もう一緒にいたくない」
「は? ウザ。何それ。本当のこと言っただけじゃん」
美南は席を立つと千円札をテーブルに叩きつけた。
「あんたとは、もう絶交するから。二度と連絡してこないで」
美南はあたしに吐き捨てるように言い、バッグをもって足早に店を出ていった。
「はあ、うっざ。もう結婚でも何でも勝手にしろっての」
あたしは美南の置いていった千円札をバインダーに挟む。
「あ、追加注文お願いしまーす」
ムシャクシャしたあたしは、期間限定のメニューからスフレパンケーキを追加で注文した。
*
美南に絶交宣言をされた翌日。
「それにしても……」
あの美南が、あたしより先に結婚が決まるなんて。
どう考えてもおかしい。あんな格下女にあたしが負けるなんて。
「むかつく! こうなったら、美南よりも絶対いい男見つけて電撃婚してやる!」
あたしは放置しっぱなしだったマッチングアプリを開いた。
「女は無料ってのが良くて始めたんだよね」
タダでハイスペ男をゲットできるチャンスがあると思うだけで、テンションが上がった。実際はポンコツ野郎の巣窟だったワケだけど。
あの美南が結婚できてあたしができないなんて、絶対にあり得ない。
「あたしだって本気出せば、秒で結婚くらいできるんだから」
検索条件を設定する画面を開いた。
年齢:25~33歳
年収:1000万以上
煙草:どちらでもいい
酒:どちらでもいい
体型:標準~少し筋肉質
職業:士業、経営者、大手企業、芸能関係、国家公務員等
結婚の時期:すぐにでもしたい
子どもの有無:できればほしいが夫婦二人でも良い
結婚後の仕事について:家庭に入るかパートタイムで続けたい
これだけは譲れないポイント:浮気しない、暴力を振るわない、美意識が高い、記念日を大切にする
「こんなもんかな」
ハイスペに越したことはないが、あたしはそこらのハイスペ狙いな下品な女とは違う。
「理想ばかり並べても、痛々しい身の程知らずな高望み女だって自分でいってるようなもんだしね。あたしは多くを求めない謙虚な女だって思ってもらうために、とりあえず下げられる条件は下げておくの」
婚活には戦略が必要なのよ。多少嘘をついたとしても、それくらいで文句を言うような小さい男なら切ればいいだけ。
「あ、いいじゃん。この男」
あたしは【陵介】のプロフィールを開く。
アイコンに表示された顔写真は、モデルのような華やかさとオーラがある、わりとイケメンな背の高い男。年齢は29歳で慎重は180センチ。年収は800万。1000万ではないけど、この年齢で既にこれだけ稼いでいるなら、美南の年収400万の婚約者なんて大したことない。この時点で勝負あったわね。
「いいね!っと」
あたしは陵介にいいね!をしたが、陵介からいいね!が返って来ることはなかった。
「何よ、失礼なやつね」
次の男は……32歳の弁護士。年収700万、か。あまりパッとしないけど、もう少し磨けばあたし好みの人になってくれそう。
とりあえず、いいね! しとくか。
いいね! を押した瞬間、秒でマッチングした。
「お、来た来た!」
そして、その男からメッセージが来た。
〈麗子さん、いいね! ありがとうございます。僕は拓也といいます。弁護士としてはまだキャリアは浅いですが、いつかは母の後を継げるよう日々仕事に励んでいます。なかなか多忙なのですぐにメッセージが返せない日もあるかと思いますが、こんな僕でもよろしければお願いします〉
は? 母の後を継ぐって、何? 母親が弁護士ってこと? とりあえず、聞いてみるか。
〈メッセージありがとうございます。お母様の後というのは、お母様は弁護士なんですか?〉
〈はい、そうです。元は母方の祖父の代から続いていて、母は二代目なんです。僕には父もきょうだいもいないので、僕が継ぐのは当然といいますか……。だから、将来は僕の仕事面も支えてくれる方とご縁があればいいなと思って登録しました。麗子さんは、将来は弁護士事務所で働くという選択肢についてありですか?〉
は? あたしにそこで働けってこと? しかも、法律とかあたしわかんないし。そもそもあたし高卒だし。
〈うーん、あたしが仕事で力になれることはないかもしれないです。学歴もないし、家庭に専念してもいいっていうことであれば、拓也さんが仕事に専念できるように家事や育児を頑張ることならできます〉
〈そうですか。僕は奥さんになる人にはビジネスパートナーとしても支えてもらいたいと考えていたもので。家事や育児は二人でするものだと思うので、どちらかに任せるというのはフェアではないと考えているのですが、麗子さんは違うのですか? 僕は仕事も家族も大切にしたいと思っています。母は女手一つで僕を育てるために、家事や育児が疎かにならないよう日中家政婦さんを雇って僕に不憫な思いをさせないようにできる限りのことをしてくれました。母にこれ以上苦労はかけたくないという思いで、僕は自らの意思で弁護士になることを決めました。決して親のいいなりとかそういうのではないので、そこは理解していただけるとありがたいです〉
長っ。めんどくさ。
家族経営のとこに嫁ぐって、嫁超アウェイじゃない? それに、こいつの母親がいろいろ言ってきそうだな。
拓也は、なしだな。
〈ごめんなさい、あたしには荷が重すぎるみたいです〉
そう返信し拓也とのやりとりは終了した。
「なかなか、思うようにはいかないわね」
やっぱり、ある程度“妥協”しないと無理なのかな。
でも、美南にだけは絶対に負けたくない!
絶対に、誰もが羨む男をつかまえてやるんだから。
次に出会った男は、同い年の【健太】。大手IT企業に勤めるSEで、年収は1300万らしい。しかも、かなり運命的だったのは、彼と出身中学が同じだったこと。
クラスは同じになったことはないが、健太はあたしのことを覚えているらしい。あたしは健太なんていうやつ全然記憶にないんだけど。
写真を見る限り、爽やかで筋肉質な男前だ。身長は173センチでまあまあ。悪くない。一気にせめてみるか。
〈健太くんのことは全然覚えてないなあ、ごめんね。でも、健太くんはあたしのこと覚えててくれたんだ。嬉しいな。もしかして、これが運命の出会いになるかも? だったらいいなあ〉
〈www〉
は? 何でそこで草生やすわけ?
〈運命かあ。ある意味運命かもなあ〉
〈え、どういう意味?〉
〈上野麗子って、結構有名だったからさ。まさかそんな有名人にこんなとこで会うとは思わなくてw〉
〈え、あたしってそんな有名人だったの? 何かテレる///〉
〈いや、テレる必要ないから。てかテレるとかマジうけるw〉
〈は? どゆこと?〉
〈お前は男子に人気のある女子に嫌がらせして、不登校に追い込んで転校までさせた性悪女だってことで有名だって言ってるの。それでもテレる?〉
はあ!?
〈何それ、まさか……あたしをバカにしてる? 初めからそのつもりであたしに近づいたってこと?〉
〈それ以外に理由ある? あ、俺に運命感じたんだっけ?〉
むかつく! むかつく! 冷やかしにもほどがある!
〈ちなみに美南との一件は全部話聞いてるから。ごまかそうとしても無駄だからな。美南の結婚相手は俺の高校時代のダチたからさ、その伝手で知ったんだよ。今回はどうしてもお前に一泡ふかせてやろうと思って、俺が独断で囮捜査?に踏み切ったんだわ。美南の結婚を祝福どころか“妥協婚”って鼻で笑ったうえに相手を侮辱するようなことも言ったらしいじゃん。仮に美南が妥協だったとしても、お前の場合は“妥協すらする価値もない”クズ女だから。一生運命に翻弄されてろ、ばーかwww〉
何よ、何よ!
こんなやつに騙されかけていたなんて。しかも、美南の婚約者の友達だからって、普通ここまでする?
〈あんたなんか、即退会させるように運営に言ってやるんだから!〉
こうでもしないと気がすまない。
〈ああ、お好きにどうぞ。俺ももう肝心の目的は果たしたから、ここはもう用済みだし〉
〈は? だったらさっさとやめてよ。紛らわしいから〉
〈紛らわしいってwwwここ、本当に独身だけが登録してると思わない方がいいよ〉
〈は、何いってんの? ここは既婚者は登録できないから。知らないの?〉
〈wwwお前こそ知らんの? 俺、既婚者なんだけど〉
はあ!?
〈そして、俺の職業ナメるなよw〉
「あ……!」
最悪!
そして、あたしが通報する前に健太は既に“退会済み”になっていた。こんな身近に健太のようなヤバい男がいるなんて。しかも、もう少しで不倫するところだったじゃないの。
*
そうこうしているうちに、いつの間にか半年が経ってしまった。
「嘘でしょ……?」
ハイスペどころか、彼氏候補すら現れないなんて。
そして、この半年の間にあたしはまた一つ年齢が上がった。
「大丈夫。だってまだあたし、27だし。若いから焦らなくても……」
とはいえ、美南に先を越されたのが悔しくて仕方がない。
そういえば、美南のやつ。あれからどうなったのかな。
あたしはSNSを開いた。美南のアカウント、やはり更新されている。
〈この度、無事に彼と入籍しました〉
「え?」
そこには、結婚式と思われる写真が何枚かアップされている。
〈夢だった海外のリゾート婚を叶えてくれた夫には感謝です。友達まで招待できるなんて最高すぎました〉
そこには、美南とその友人数名、旦那側と思われる友人も一緒に写っていた。
「うそ、だって……美南の旦那って確か年収400万のだっさい冴えない男ーー」
その冴えない男は、タキシード効果だからなのか?
いや、どこからどう見てもかなりのイケメンだった。以前写真を見たときとはまるで印象が違う。整形でもしたのかと思うくらいの別人級だ。
コメント欄が祝福の嵐だった。
〈美南おめでとう! すごく綺麗だった! 感動して泣いちゃったよ。招待してくれてありがとう。楓さんと末永くお幸せにね!〉
〈旦那さん超イケメンでビックリ! しかも次期社長夫人って、玉の輿婚じゃん。さすが美南!〉
「は、はあ?」
美南が、玉の輿? 妥協婚じゃなかったの?
しかも、あたしは結婚式に呼ばれていない。
無理もないか。絶交宣言されてたし。でも、今思えばあの時に素直に祝福していたら、あたしもこの中にいて……それで旦那の友達の誰かと付き合うことになって、それでーー。
あたし、人生最大のチャンスを逃したってこと?
「美南のくせに……!」
コメント欄を読み進めると、見覚えのある名前を見つけた。
「拓也って……え?」
〈美南ちゃん、おめでとう! まさか僕の従弟とマッチングするなんてね。これからは家族ぐるみでよろしくね〉
どうして拓也が?
美南の旦那のいとこが、拓也?
彼のコメントの返信欄をクリックする。
〈ありがとうございます。拓也さんもご婚約おめでとうございます! 結婚式楽しみにしていますね〉
拓也が、婚約した? だって、あたしが拓也とメッセージやりとりしてから、まだ半年しか経ってないのに。
美南のコメントにはさらに拓也からの返信が。
〈美南ちゃんには本当に感謝してるよ。僕に友達の真弓ちゃんを紹介してくれて〉
ま、真弓? 美南の友達の真弓って確か……。
「あ!!」
あたしが昔、いじめていたやつだ。いつも男子からめっちゃ人気があって、あたしの好きだった男子が真弓に告白して、しかも真弓は彼のことをふった。それが許せなくて、嘘の噂流して孤立させて。
転校までさせた……。
まずい。
バレてなきゃいいけど。
ここから先は内輪のコメントが続いている。
〈ruri:そういえば、あいつはどうしてるんかな?〉
〈minami:え、あいつって誰?〉
〈ruri:麗子だよ。美南、結局式に呼ばなかったんだと思って。招待したんじゃなかったの?〉
〈minami:ああ、それについては後で詳しく経緯説明するね。ちなみにもう二度と会うことはないと思うから〉
〈ruri:ああ、なんとなく心中お察しするわw。その様子だとあいつまた何かやらかしたな〉
〈minami:ここだと多分本人も見てると思うから控えるけど、控えめに言って“最悪”ってとこかな〉
〈ruri:それは相当頭に来てると見たw後で教えて。そういえば、あいつ婚活してるらしいね。うちの旦那が言ってたんだけど、あれは妥協する価値もないってさ〉
瑠莉のやつ……余計なこと言いやがって! って、ちょっと待って。何で瑠莉がその事知ってるの?
「まさか、あいつ……!」
あいつ、瑠莉の旦那だったの!? てことは、瑠莉も全部知っているってこと!?
じゃあ、あれも……
《もしかして、これが運命の出会いになるかも? だったらいいなあ》
「ああああ!」
このあたしをコケにしやがって!
みんな、グルだったんだ……。拓也も、本当は既に真弓と付き合ってたくせに、あたしを盛大に泳がせてたんだ。
思わずコメントで反撃しそうになった。が、美南サイドには、あの拓也がいる。拓也は弁護士で法律のプロ。あたしがコメント荒らせば、法的措置も取られる可能性が十分にある。迂闊に無用心な発言はできない。
「くそ! くそが!」
*
さらにその半年後。
SNSには、美南が双子を授かったと更新されていた。
〈mayumi:美南、おめでとう! 実は私も先日妊娠が発覚して、しかも双子だったの!〉
〈minami:え! すごく嬉しい! 真弓もダブルでおめでとう! 同級生ママ友だね!〉
〈ruri:二人ともヤバいな、その出来すぎた偶然! 運命通り越してホラーじゃん(笑)〉
〈mayumi:羨ましい? 瑠莉のとこはもう来年小学生だよね?〉
〈ruri:うん、そうだよ。子どもの成長は早いね〉
「はは、は……」
あたしは絶賛婚活中。あれ以来、一度もマッチングしないのは……あたしの健太とのメッセージが“うっかり”ネット上に拡散されてしまったからだ。
当然のように炎上し、ネットニュースにまで上がってしまった。
検索ワードにも“妥協婚”が急浮上。
あたしが未だに結婚できないのは……全部、アイツらのせいだ。
やっぱ、女には“出産のタイムリミット”があるから?
まるで駆け込み乗車ね。早く子どもがほしいからって、20代のうちに結婚や出産をしたがる女は、大して稼ぎのない平凡な男を選んでさっさと実行に移す。
あたしは結婚願望がないわけではない。ただ、どうせ結婚するなら誰もが羨む完璧な男がいいに決まっている。
そして、あたしは今「報告したいことがある」と中学時代からの友人・美南に呼ばれ、行きつけのカフェで落ち合った。
「珍しいね、あんたからあたしを呼び出すなんて
」
「ごめんね、急に誘ったりして」
「別に。どうせ暇だったし。で、何? 報告したいことって」
美南は童顔だけど、美意識が低すぎて化粧も下手。服のセンスもないし、安物ばっかり着ていて見ているこっちが恥ずかしい。そのうえチビだし、パット見、まるで蛙とか捕まえて喜んでそうな田舎臭い小学生みたいだ。今日もクタクタのダボッとしたパンツに薄汚れたスニーカー。トップスはキャラクターもののTシャツ。26にもなって何やってんだか。
「あ、そうそう。実は私、今度結婚することになったの」
「は!?」
今、結婚って言った? 嘘でしょ。
「私もまさかと思ったよ。こんなに早く決まっちゃうなんて」
美南が浮かれ気味にあたしに言う。
「そ、そうなんだ。あの例のマチアプで出会ったっていう?」
「うん」
マッチングアプリ。そんなものに頼らないと結婚どころか恋愛もできないなんて。どんだけどんくさいのよ。あたしも興味本位でやっていた時期があるけど、ド底辺しかいなくてある意味いっぱい笑わせてもらったわ。
「へぇ。で、美南は本当にそれでいいの?」
「え、何で? 私たちは初めから結婚前提で付き合ってたから、ごく自然な流れだと思うけど。麗子は違うの?」
ハッ、馬鹿な女。年収400万の冴えない、普通のどこにでもいる地味な会社員をわざわざ結婚相手に選ぶなんて。あたしより先に結婚することで、マウント取りたいのかもしれないけど。全ッ然羨ましくも何ともないわ。
「自然な流れって、どこがw。マチアプ使ってる時点で、出会い方自体が不自然じゃんw。全然ときめかないし、その程度の相手ならわざわざマチアプ使わなくても良かったんじゃないw? あ、美南は奥手だからそうでもしないと出会うこともできないかw。それなら納得w」
あたしは思わず語尾に草を生やしながら皮肉ってやった。だって、あまりにも滑稽だから。
それに、相手の男がどんなやつであろうと、あたしより先に結婚が決まるのがシンプルに許せない。
「麗子」
「何?」
「私のことは何とでも言えばいいよ。でも、彼のことまで悪く言われるのはさすがに許せない」
ふん、たかが美南のくせに。
イキってんじゃないわよ。何様なのよ、こいつは。マジでウザいんだけど。
「は? 何ムキになってんの? あたしは寧ろ心配してるんだよ。たった年収400万ぽっちの男が本当に家族を満足に養っていけるのか。それに、見た目だってどっちかといえばダサいっていうか。地味だし? こういうの妥協婚っていうんだっけ? ハイスペは望み低いからこのへんで手を打とうってやつ」
「もういい!」
いきなり大声出すとか、公衆の面前で恥ずかしくないのかな。
「麗子にこんな話をした私が馬鹿だったわ。そういえば、麗子は中学生の頃から……いつも男子に人気のある女子の悪口を言ったり、弱い立場の子に対してマウントとりまくっていたよね」
しかも泣いてるし。だっさ。
「私は……彼のことを心から尊敬してる。だから、妥協なんてとんでもないわ。寧ろ、私を生涯のパートナーに選んでくれたことに感謝しているくらい。それに、妥協って言葉は……人に対して使う言葉じゃないと思う。そんな失礼なことを……平気でいう麗子とは、もう一緒にいたくない」
「は? ウザ。何それ。本当のこと言っただけじゃん」
美南は席を立つと千円札をテーブルに叩きつけた。
「あんたとは、もう絶交するから。二度と連絡してこないで」
美南はあたしに吐き捨てるように言い、バッグをもって足早に店を出ていった。
「はあ、うっざ。もう結婚でも何でも勝手にしろっての」
あたしは美南の置いていった千円札をバインダーに挟む。
「あ、追加注文お願いしまーす」
ムシャクシャしたあたしは、期間限定のメニューからスフレパンケーキを追加で注文した。
*
美南に絶交宣言をされた翌日。
「それにしても……」
あの美南が、あたしより先に結婚が決まるなんて。
どう考えてもおかしい。あんな格下女にあたしが負けるなんて。
「むかつく! こうなったら、美南よりも絶対いい男見つけて電撃婚してやる!」
あたしは放置しっぱなしだったマッチングアプリを開いた。
「女は無料ってのが良くて始めたんだよね」
タダでハイスペ男をゲットできるチャンスがあると思うだけで、テンションが上がった。実際はポンコツ野郎の巣窟だったワケだけど。
あの美南が結婚できてあたしができないなんて、絶対にあり得ない。
「あたしだって本気出せば、秒で結婚くらいできるんだから」
検索条件を設定する画面を開いた。
年齢:25~33歳
年収:1000万以上
煙草:どちらでもいい
酒:どちらでもいい
体型:標準~少し筋肉質
職業:士業、経営者、大手企業、芸能関係、国家公務員等
結婚の時期:すぐにでもしたい
子どもの有無:できればほしいが夫婦二人でも良い
結婚後の仕事について:家庭に入るかパートタイムで続けたい
これだけは譲れないポイント:浮気しない、暴力を振るわない、美意識が高い、記念日を大切にする
「こんなもんかな」
ハイスペに越したことはないが、あたしはそこらのハイスペ狙いな下品な女とは違う。
「理想ばかり並べても、痛々しい身の程知らずな高望み女だって自分でいってるようなもんだしね。あたしは多くを求めない謙虚な女だって思ってもらうために、とりあえず下げられる条件は下げておくの」
婚活には戦略が必要なのよ。多少嘘をついたとしても、それくらいで文句を言うような小さい男なら切ればいいだけ。
「あ、いいじゃん。この男」
あたしは【陵介】のプロフィールを開く。
アイコンに表示された顔写真は、モデルのような華やかさとオーラがある、わりとイケメンな背の高い男。年齢は29歳で慎重は180センチ。年収は800万。1000万ではないけど、この年齢で既にこれだけ稼いでいるなら、美南の年収400万の婚約者なんて大したことない。この時点で勝負あったわね。
「いいね!っと」
あたしは陵介にいいね!をしたが、陵介からいいね!が返って来ることはなかった。
「何よ、失礼なやつね」
次の男は……32歳の弁護士。年収700万、か。あまりパッとしないけど、もう少し磨けばあたし好みの人になってくれそう。
とりあえず、いいね! しとくか。
いいね! を押した瞬間、秒でマッチングした。
「お、来た来た!」
そして、その男からメッセージが来た。
〈麗子さん、いいね! ありがとうございます。僕は拓也といいます。弁護士としてはまだキャリアは浅いですが、いつかは母の後を継げるよう日々仕事に励んでいます。なかなか多忙なのですぐにメッセージが返せない日もあるかと思いますが、こんな僕でもよろしければお願いします〉
は? 母の後を継ぐって、何? 母親が弁護士ってこと? とりあえず、聞いてみるか。
〈メッセージありがとうございます。お母様の後というのは、お母様は弁護士なんですか?〉
〈はい、そうです。元は母方の祖父の代から続いていて、母は二代目なんです。僕には父もきょうだいもいないので、僕が継ぐのは当然といいますか……。だから、将来は僕の仕事面も支えてくれる方とご縁があればいいなと思って登録しました。麗子さんは、将来は弁護士事務所で働くという選択肢についてありですか?〉
は? あたしにそこで働けってこと? しかも、法律とかあたしわかんないし。そもそもあたし高卒だし。
〈うーん、あたしが仕事で力になれることはないかもしれないです。学歴もないし、家庭に専念してもいいっていうことであれば、拓也さんが仕事に専念できるように家事や育児を頑張ることならできます〉
〈そうですか。僕は奥さんになる人にはビジネスパートナーとしても支えてもらいたいと考えていたもので。家事や育児は二人でするものだと思うので、どちらかに任せるというのはフェアではないと考えているのですが、麗子さんは違うのですか? 僕は仕事も家族も大切にしたいと思っています。母は女手一つで僕を育てるために、家事や育児が疎かにならないよう日中家政婦さんを雇って僕に不憫な思いをさせないようにできる限りのことをしてくれました。母にこれ以上苦労はかけたくないという思いで、僕は自らの意思で弁護士になることを決めました。決して親のいいなりとかそういうのではないので、そこは理解していただけるとありがたいです〉
長っ。めんどくさ。
家族経営のとこに嫁ぐって、嫁超アウェイじゃない? それに、こいつの母親がいろいろ言ってきそうだな。
拓也は、なしだな。
〈ごめんなさい、あたしには荷が重すぎるみたいです〉
そう返信し拓也とのやりとりは終了した。
「なかなか、思うようにはいかないわね」
やっぱり、ある程度“妥協”しないと無理なのかな。
でも、美南にだけは絶対に負けたくない!
絶対に、誰もが羨む男をつかまえてやるんだから。
次に出会った男は、同い年の【健太】。大手IT企業に勤めるSEで、年収は1300万らしい。しかも、かなり運命的だったのは、彼と出身中学が同じだったこと。
クラスは同じになったことはないが、健太はあたしのことを覚えているらしい。あたしは健太なんていうやつ全然記憶にないんだけど。
写真を見る限り、爽やかで筋肉質な男前だ。身長は173センチでまあまあ。悪くない。一気にせめてみるか。
〈健太くんのことは全然覚えてないなあ、ごめんね。でも、健太くんはあたしのこと覚えててくれたんだ。嬉しいな。もしかして、これが運命の出会いになるかも? だったらいいなあ〉
〈www〉
は? 何でそこで草生やすわけ?
〈運命かあ。ある意味運命かもなあ〉
〈え、どういう意味?〉
〈上野麗子って、結構有名だったからさ。まさかそんな有名人にこんなとこで会うとは思わなくてw〉
〈え、あたしってそんな有名人だったの? 何かテレる///〉
〈いや、テレる必要ないから。てかテレるとかマジうけるw〉
〈は? どゆこと?〉
〈お前は男子に人気のある女子に嫌がらせして、不登校に追い込んで転校までさせた性悪女だってことで有名だって言ってるの。それでもテレる?〉
はあ!?
〈何それ、まさか……あたしをバカにしてる? 初めからそのつもりであたしに近づいたってこと?〉
〈それ以外に理由ある? あ、俺に運命感じたんだっけ?〉
むかつく! むかつく! 冷やかしにもほどがある!
〈ちなみに美南との一件は全部話聞いてるから。ごまかそうとしても無駄だからな。美南の結婚相手は俺の高校時代のダチたからさ、その伝手で知ったんだよ。今回はどうしてもお前に一泡ふかせてやろうと思って、俺が独断で囮捜査?に踏み切ったんだわ。美南の結婚を祝福どころか“妥協婚”って鼻で笑ったうえに相手を侮辱するようなことも言ったらしいじゃん。仮に美南が妥協だったとしても、お前の場合は“妥協すらする価値もない”クズ女だから。一生運命に翻弄されてろ、ばーかwww〉
何よ、何よ!
こんなやつに騙されかけていたなんて。しかも、美南の婚約者の友達だからって、普通ここまでする?
〈あんたなんか、即退会させるように運営に言ってやるんだから!〉
こうでもしないと気がすまない。
〈ああ、お好きにどうぞ。俺ももう肝心の目的は果たしたから、ここはもう用済みだし〉
〈は? だったらさっさとやめてよ。紛らわしいから〉
〈紛らわしいってwwwここ、本当に独身だけが登録してると思わない方がいいよ〉
〈は、何いってんの? ここは既婚者は登録できないから。知らないの?〉
〈wwwお前こそ知らんの? 俺、既婚者なんだけど〉
はあ!?
〈そして、俺の職業ナメるなよw〉
「あ……!」
最悪!
そして、あたしが通報する前に健太は既に“退会済み”になっていた。こんな身近に健太のようなヤバい男がいるなんて。しかも、もう少しで不倫するところだったじゃないの。
*
そうこうしているうちに、いつの間にか半年が経ってしまった。
「嘘でしょ……?」
ハイスペどころか、彼氏候補すら現れないなんて。
そして、この半年の間にあたしはまた一つ年齢が上がった。
「大丈夫。だってまだあたし、27だし。若いから焦らなくても……」
とはいえ、美南に先を越されたのが悔しくて仕方がない。
そういえば、美南のやつ。あれからどうなったのかな。
あたしはSNSを開いた。美南のアカウント、やはり更新されている。
〈この度、無事に彼と入籍しました〉
「え?」
そこには、結婚式と思われる写真が何枚かアップされている。
〈夢だった海外のリゾート婚を叶えてくれた夫には感謝です。友達まで招待できるなんて最高すぎました〉
そこには、美南とその友人数名、旦那側と思われる友人も一緒に写っていた。
「うそ、だって……美南の旦那って確か年収400万のだっさい冴えない男ーー」
その冴えない男は、タキシード効果だからなのか?
いや、どこからどう見てもかなりのイケメンだった。以前写真を見たときとはまるで印象が違う。整形でもしたのかと思うくらいの別人級だ。
コメント欄が祝福の嵐だった。
〈美南おめでとう! すごく綺麗だった! 感動して泣いちゃったよ。招待してくれてありがとう。楓さんと末永くお幸せにね!〉
〈旦那さん超イケメンでビックリ! しかも次期社長夫人って、玉の輿婚じゃん。さすが美南!〉
「は、はあ?」
美南が、玉の輿? 妥協婚じゃなかったの?
しかも、あたしは結婚式に呼ばれていない。
無理もないか。絶交宣言されてたし。でも、今思えばあの時に素直に祝福していたら、あたしもこの中にいて……それで旦那の友達の誰かと付き合うことになって、それでーー。
あたし、人生最大のチャンスを逃したってこと?
「美南のくせに……!」
コメント欄を読み進めると、見覚えのある名前を見つけた。
「拓也って……え?」
〈美南ちゃん、おめでとう! まさか僕の従弟とマッチングするなんてね。これからは家族ぐるみでよろしくね〉
どうして拓也が?
美南の旦那のいとこが、拓也?
彼のコメントの返信欄をクリックする。
〈ありがとうございます。拓也さんもご婚約おめでとうございます! 結婚式楽しみにしていますね〉
拓也が、婚約した? だって、あたしが拓也とメッセージやりとりしてから、まだ半年しか経ってないのに。
美南のコメントにはさらに拓也からの返信が。
〈美南ちゃんには本当に感謝してるよ。僕に友達の真弓ちゃんを紹介してくれて〉
ま、真弓? 美南の友達の真弓って確か……。
「あ!!」
あたしが昔、いじめていたやつだ。いつも男子からめっちゃ人気があって、あたしの好きだった男子が真弓に告白して、しかも真弓は彼のことをふった。それが許せなくて、嘘の噂流して孤立させて。
転校までさせた……。
まずい。
バレてなきゃいいけど。
ここから先は内輪のコメントが続いている。
〈ruri:そういえば、あいつはどうしてるんかな?〉
〈minami:え、あいつって誰?〉
〈ruri:麗子だよ。美南、結局式に呼ばなかったんだと思って。招待したんじゃなかったの?〉
〈minami:ああ、それについては後で詳しく経緯説明するね。ちなみにもう二度と会うことはないと思うから〉
〈ruri:ああ、なんとなく心中お察しするわw。その様子だとあいつまた何かやらかしたな〉
〈minami:ここだと多分本人も見てると思うから控えるけど、控えめに言って“最悪”ってとこかな〉
〈ruri:それは相当頭に来てると見たw後で教えて。そういえば、あいつ婚活してるらしいね。うちの旦那が言ってたんだけど、あれは妥協する価値もないってさ〉
瑠莉のやつ……余計なこと言いやがって! って、ちょっと待って。何で瑠莉がその事知ってるの?
「まさか、あいつ……!」
あいつ、瑠莉の旦那だったの!? てことは、瑠莉も全部知っているってこと!?
じゃあ、あれも……
《もしかして、これが運命の出会いになるかも? だったらいいなあ》
「ああああ!」
このあたしをコケにしやがって!
みんな、グルだったんだ……。拓也も、本当は既に真弓と付き合ってたくせに、あたしを盛大に泳がせてたんだ。
思わずコメントで反撃しそうになった。が、美南サイドには、あの拓也がいる。拓也は弁護士で法律のプロ。あたしがコメント荒らせば、法的措置も取られる可能性が十分にある。迂闊に無用心な発言はできない。
「くそ! くそが!」
*
さらにその半年後。
SNSには、美南が双子を授かったと更新されていた。
〈mayumi:美南、おめでとう! 実は私も先日妊娠が発覚して、しかも双子だったの!〉
〈minami:え! すごく嬉しい! 真弓もダブルでおめでとう! 同級生ママ友だね!〉
〈ruri:二人ともヤバいな、その出来すぎた偶然! 運命通り越してホラーじゃん(笑)〉
〈mayumi:羨ましい? 瑠莉のとこはもう来年小学生だよね?〉
〈ruri:うん、そうだよ。子どもの成長は早いね〉
「はは、は……」
あたしは絶賛婚活中。あれ以来、一度もマッチングしないのは……あたしの健太とのメッセージが“うっかり”ネット上に拡散されてしまったからだ。
当然のように炎上し、ネットニュースにまで上がってしまった。
検索ワードにも“妥協婚”が急浮上。
あたしが未だに結婚できないのは……全部、アイツらのせいだ。



