冒険者ギルドの次に連れていかれたのはそこそこ大きな一軒家だった。
 玄関の横にスダッティランギルドと書かれた看板がかけられている。

「おっ、早かったじゃないか」

「思っていたより話がすんなり進んでな。手続きも早かった」

 中に入ると四人の男女がいた。
 全く記憶と変わりない四人の視線がイースラたちに向けられる。

 イースラは特に何も思わないけれどサシャとクラインは緊張している。

「ここが今日からお前たちの家となる場所だ。みんな、順にイースラ、サシャ、クラインだ」

「よろしくね、ボーヤたち」

 暗い赤髪の女性が笑顔を浮かべてイースラたちに手を振る。
 機嫌がいい。

 ということは今は男がいるんだなとイースラは思った。

「ポム、お前がここでのことを教えてやれ」

「俺がですか? ……分かりました」

 一番若い男がめんどくさそうな表情を浮かべる。

「あとは任せたからな」

「はぁ〜! しょうがねぇ、こっちこい」

 猿顔のポムという男についていって建物の二階に上がる。

「ここがお前たちの部屋だ。好きに使うといいさ」

 二階の奥部屋は使っていないものをとりあえず置いておく倉庫だった。

「荷物置いたらお前らがやるべきこと説明してやるから下いくぞ」

 孤児院の部屋より汚い。
 しかも孤児院では男女の部屋は別だった。

 文句を言いそうになったサシャをイースラが止める。
 ここで文句を言ったところで待遇は改善しない。

 むしろ反感を買えば待遇が悪くなることだってあり得る。
 耐えるしかない。

 何か考えのありそうなイースラの目を見てサシャは渋々引き下がった。

「お前ら料理はできるか?」

 連れて行かれたのは一階にある台所だった。

「えと……」

「できます」

 サシャが答える前にイースラがはっきりとした口調で答えてしまった。
 サシャとクラインは驚いたような目をイースラに向ける。

「じゃあ飯係もお前らな。それにやることは掃除、洗濯、装備品の手入れ……そんぐらいか。まあ分かんないことがあったら俺に聞け。とりあえず今日の飯作ってもらうか。頼んだぞ」

 それだけ言うとポムは手をひらひらと振ってリビングスペースに戻っていってしまう。

「おい、イースラ!」

 リビングスペースに聞こえないように声を抑えながらクラインがイースラに詰め寄る。

「お前マジかよ!」

「本当だよ! 何考えてるの!」

 サシャも同じ意見だった。

「私たち料理なんてできないじゃん!」

 二人が怒ってるのはイースラが料理をできると言い切って料理番に任されてしまったことである。
 全く料理ができないわけではない。

 孤児院ではシスターモーフが料理をするのを交代で手伝っていたので食材を切ることぐらいはできる。
 ただそれでは料理ができるといえる域には達していない。

 ましてイースラはそうした手伝いにも比較的不真面目な方で料理ができるなんてとても思えなかった。

「俺だって料理ぐらいできるさ」

「えー?」

「嘘つけ!」

「まあ見てりゃ分かるって」

 イースラはニヤリと笑った。
 回帰前の子供の頃なら何もできなかった。

 実際回帰前は料理ができないと言ってポムに呆れた顔をされた。
 以来料理番から外されていたが今回は回帰前に生きてきた記憶がある。

「それに料理番は大事なんだ。今にとってもこれからにとってもな」

 さらにイースラは今回料理番だけは絶対に外されまいと意気込んでいた。
 別に料理を作るのが好きなわけではない。

 だがこれからの計画に必要なことであるのだ。

「はぁーあ……まあ、任されたんだからどうにかしろよ?」

「もちろん。ただお前も少しは手伝えよ? そうすりゃ良い思いできるから」

「良い思い? 俺は料理できなかったじゃないか〜って怒られなきゃいいぜ」

「そこは任せてとけって」

「そこまで言うなら腕前で見せてよ」

「そうするか」

 口でいくら言ったって料理はできない。
 作るのを任された以上は作って証明するしかない。

 ひとまず食材になりそうなものを探す。

「……結構ひどいな」

 予想はしていた。
 回帰前も食事の環境は悪くてあまり良いものを食べていた記憶がない。

 だからロクなものがないだろうと思っていたけれどまさしくそのまんまであった。

「干し肉……硬いパン」

「あとは干した魚としなびた野菜だね」

「よくこんなもんで料理作れるって言ったな」

 クラインがため息をつく。
 これならまだ孤児院の方がマシだった。

「どうにかして今日を乗り越えよう」

 幸い干し肉については沢山ある。
 これまで料理番だったポムがおやつ代わりに食べていたんだろうり

 薪もあって火をつけるための火打ち石もある。
 イースラは手際良くかまどに火を焚いた。

「そんなことできたんだ」

「すごいだろ?」

 火をつけることすら苦労すると思った。
 なのにイースラは簡単に火をつけてしまいサシャは驚いた。

「それどうするの?」

 この建物は古めであまり良いところはないけれど一つだけ良いところがあった。
 イースラは鍋を取り出すと足のついた四角い箱のようなもののところに置いた。

 箱には何か金属のパーツがついている。
 体を起こした蛇のようなそれにイースラが触れると金属から水が出てきた。

「な、なにそれ!?」

「これは魔道具なんだよ。ここに魔力を流すと水が出てくるんだ」

 これがこの建物における唯一の良いところである。
 だからスダッティランギルドもここを使っているのだ。

「……何でそんなこと知ってるの?」

「……本で読んだ、って言っても信じなさそうだな」

「あなた本当にイースラ?」

 ここまでイースラのことを信じてついてきたけれどあまりにもイースラが変わり過ぎているとサシャは思った。
 本当にイースラなのかと疑問に思うほどに。