「見たところ……金はありそうだしな」
イースラたちは両手に荷物を抱えている。
少なくとも無一文ではなさそうだとジワラは思った。
「なんでそいつの俺らが払わなきゃいけないんだよ?」
「あぁ?」
「硬貨一枚だって払うつもりはないね」
もう少し平穏な言い方はないのかとサシャとクラインはイースラのことを見る。
「払わなきゃコイツみたいになるぞ?」
「い、痛い……」
ジワラはポムの髪を掴んで顔を上げさせる。
そんなことしなくてもポムの顔が殴られて痛々しくなっていることは分かっていた。
「そのガキはまだガキだが……いい顔してやがる」
「キモッ……」
ジワラがサシャのことを見て舌なめずりする。
サシャはうっと顔をしかめてイースラの後ろに隠れるように移動する。
「そのガキ、こっちに来させろ」
「いやっ……」
「やめろ!」
ジワラの命令でサシャに伸ばされた手をイースラが掴む。
「あっ?」
「やめろって言ってんだ。サシャには手を出させないぞ」
「イースラ……」
サシャには手を出させない。
イースラの姿にサシャは思わずドキッとしてしまう。
「やっちまえ」
手を掴まれた男がジワラに視線を送る。
ジワラは不愉快そうに顔を歪めると舌打ちしながら頷いた。
「放せよ!」
「イースラ!」
「ぐえっ!?」
男がイースラを殴りつけようとした。
しかしイースラは拳をひょいとかわすと逆に男の顎を的確に殴った。
男はカクンと地面に膝をついて気を失って倒れた。
「なっ……」
「確かにそいつはギルドの先輩かもしれないけど俺はそいつの方が上だと思ったことは一度もない」
地面に荷物を置いたイースラの体に白い魔力がまとわれる。
「何もしないのなら放っておいたけど俺たちに害をなす気なら許さないからな」
「こいつ……やっちまえ!」
カッとなった男たちがイースラに殴りかかる。
男たちはイースラの体にまとわれたものがオーラであるということが分かっていない。
借金取りのゴロつきに戦いの心得などあるはずもなく乱雑な拳がイースラに向けられた。
大人と子供の体格差は埋められない。
力の差はどうしてもある。
まともに正面から受けることは難しい。
イースラは横から手を当てるようにしてパンチを受け流す。
そしてオーラを多めに込めた拳を男の腹に叩き込んだ。
「すごい……」
流れるような動きだった。
攻撃を受け流して反撃する。
たとえ子供の力でもオーラをまとった攻撃をまともに食らえば大人も悶絶するダメージがある。
「な、なんだコイツ……」
あっという間に男たちはイースラによって倒されてしまった。
「く、くそっ!」
ガキに負けたことなど噂になったら面目は丸潰れだ。
金を返せと言っても鼻で笑われるようになってしまう。
イースラが強いのではなく、イースラにやられた男たちが使えないのだとジワラは盛大に舌打ちする。
これ以上恥を晒すことはできない。
子供相手でももう容赦はしないと剣を抜く。
「いいのか?」
「何がだよ!」
「剣を抜いたらもう言い訳できないんだぞ?」
素手だから負けた。
油断していたから負けた。
イースラに倒された男たちはまだそんな言い訳もできるだろう。
だがしっかりと剣を抜いて戦ってしまうとイースラに負けたという事実はなんの言い訳もできなくなる。
「うるせぇ! ぶっ殺してやる!」
素手相手、しかも子供相手に剣を抜いて負けるはずがないとジワラは切りかかる。
「雑だな」
ジワラの剣をイースラは簡単にかわす。
駆け引きもなければ鋭さもない。
剣の振りは大きくてまともに剣の握り方すら学んだことがないのがよく分かる。
「な、なんで当たらないんだよ!」
「なんでか分かるか?」
剣が何度も空を切ってジワラの体力も底をつく。
一際大きな攻撃をギリギリでかわしたイースラはジワラと距離を詰める。
ギュッと握って真っ直ぐに突き出された拳をジワラはかわすことができなかった。
「お前が弱いからだ」
「ぐふっ!」
顔面を殴られたジワラは地面を転がる。
ポムの前に倒れたジワラは鼻から血を流して痛みに悶えている。
たとえ攻撃を受けても武器である剣を手放してはいけない。
そんなこと常識なのにジワラは簡単に剣を手放してしまった。
イースラはジワラが落とした剣を拾い上げる。
「おい」
「なっ……うっ……」
声をかけられてジワラが顔を上げると剣が突きつけられていた。
「俺たちはコイツとは関係ない」
「わ、分かったよ……」
「俺たちに手を出そうとすれば俺が許さない。今度は鼻だけじゃ済まないからな」
「そ、そうだな。も、もうお前らには手を出さない……」
「ただ借金はちゃんと返さなきゃいけないからな……いくらだ?」
「借金は銅貨百枚だ……」
結構借りてるなとイースラは思った。
先程1000ポイントで銅貨三枚と交換した。
銅貨百枚となるとポイントで考えると何万ポイントも必要となるような金額だ。
「半分の五十枚。俺が払ってやる」
「な、なに?」
「それでしばらく大人しくしといてもらえるか? あとはちゃんとコイツから返させるから」
「……まあ、半分払ってもらえんなら」
サシャとクラインは驚いた顔をしている。
銅貨五十枚でもかなり大きな金額だ。
ひょいと払える額じゃない。
「んじゃこれにサインしてもらおうか」
イースラが画面をいじると手の中に丸められた紙とペンが現れた。
それに何かを書き込むとポムに紙を突きつけた。
「こ、これは?」
「契約書だ。俺たちが半分払ってやるんだから半分俺たちに借金するようなもんだろ? なら借金の契約書が必要だ」
口約束で銅貨五十枚も払ってやるほどイースラもお人好しではない。
当然貸し借りの証拠は残しておく。
「嫌ならいい。俺たちはこのまま帰って、お前は全部ちゃんと借金を返して、ついでに俺たちに押し付けようとして殴られた分の利子も払うだろうな」
ポムは怪訝そうな顔をしたが、イースラとしては金貸しの連中をボコボコにした時点でもう終わっている話なので帰ってもいいのだ。
ただしイースラたちが帰った後でポムがどうなるのか想像することは難しくない。
返すあてもない大きな借金のみがただ残る。
それだけではなくイースラたちがお金も払わずぶん殴られたことに金貸したちはポムに当たることになるだろう。
少し目を腫らすだけじゃ済まない可能性すらある。
ジワラの視線に気がついてポムは顔を青くする。
イースラへの返事次第でイースラが言ったことが本当になると悟ったのだ。
「わ、分かった! だから半分頼むよ……ここに書けばいいんだな?」
もはやポムに断ることなどできなかった。
イースラから契約書とペンを受け取るとポムは慌てて名前を書く。
「これでいいのか……なんだこれ?」
名前を書いたポムが契約書を返そうとすると契約書から光が飛び出してイースラとポムの胸に吸い込まれていった。
「これは契約書だ。ただしただの契約書じゃなくて魔法のな」
「魔法の契約書?」
イースラは配信ショップにある中から契約書を購入した。
けれどもただの紙ではなく魔法によって契約の内容が保証される特殊な契約書であったのだ。
ポムが名前を書いたことによって魔法が発動した。
「そう、俺はお前に銅貨五十枚を貸す代わりにお前は俺の命令に従わなきゃいけなくなったんだ」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「なんの見返りもなく貸すわけないだろ。契約書はちゃんと読め」
言わなかったことはずるいけれど文字としては小さくもなくちゃんと書いてある。
読んだ場合だってポムに断る権利などないのは分かりきっているので堂々と条件として書き込んであったが、ポムはしっかり内容を読んでいなかったらしい。
「破棄もできるぞ。俺は構わない」
「うっ……」
イースラのはっきりとした物言いにポムはたじろぐ。
どうせ破棄などできない。
「よし、じゃあ五十枚払うから少しついてきてくれ」
「どこに行く?」
「買い物直後に銅貨五十枚なんか持ってない。だから換金してくるんだよ」
そもそも買い物にそんなに大金は持ち込まない。
買い物直後でお金もないのでどこからか持ってくる必要がある。
イースラはポムとジワラを連れて冒険者ギルドに向かった。
配信者受付でポイントをお金に交換する。
「ほらよ」
「確かに受け取った」
イースラに殴られたところが痛んでジワラは顔をしかめる。
しかし半分でも金は回収できた。
「残りの金は俺が返させる。もし逃げたりしたらこいつのこと捕まえて売り払って構わない」
「……分かった、お前に任せる」
お金を払わずに他人に押し付けようとしたポムよりも腕が立ってちゃんとお金を渡してきたイースラの方が信頼できる。
ジワラはひとまずイースラにポムを任せることにした。
「お、俺はどうなるんだ……」
「もう賭け事はやめろ。真面目に金を返すんだ。まずは金貸し、それから俺に金を返せ。そしたらお前は自由だ」
「そんな……」
「もし逃げたりまた賭け事に手を出したらベロンさんに言いつけるからな」
「そ、それだけは……!」
いかにもクズなポムであるがベロンに対しては弱い。
ポムはフラフラとしていたところを拾われてもらった恩があってベロンのことは本気で尊敬していた。
ベロンにだけは賭け事に手を出して借金までしているとバレたくないのだ。
だから殴られてもベロンに強く金の無心ができないのである。
「心を入れ替えろ。今からだ」
「…………はい」
ポムは泣きそうな顔をして項垂れた。
どうしてこんなことになったのか。
ポムにはそれが分かっていなかった。
魔法の契約書によって借金を返すまでポムはイースラの命令を聞かねばならなくなった。
しかし命令を聞かせられるといってもポムの能力以上のことはできない。
いきなりポムが変わりすぎても疑問に思われてしまうので基本的にはいつも通り過ごしてもらうことにした。
「良い感じだ……」
だけども利用できるところではポムを利用する。
朝の掃除をポムにやらせてその時間でアルジャイード式で魔力を運用することにした。
魔力の量や使い方は後々重要になっていく。
受け入れる土台の柔らかい子供のうちに魔力を鍛えておけば将来できることの幅は広がる。
サシャもクラインもかなり体の中で魔力を動かすことに慣れてきている。
やはり未来において優秀な魔法使いになるサシャの方が魔力が多くて扱いが上手い。
ただクラインも筋は悪くなかった。
「……もし生きていたらオーラユーザーになっていたのかもしれないな」
なんの教えもなく魔力を扱えるようになるのは稀な例でありオーラユーザーになることは難しい。
しかし一度オーラユーザーとなって色々と知っているイースラと違って何も知らないのによくやっている。
「はーい」
部屋のドアが控えめにノックされた。
「あの……掃除終わりました……」
ポムの声だった。
言いつけてあった朝の掃除が終わったらしい。
「二人とも終わりだ」
「うん」
「分かった」
イースラが声をかけるとサシャとクラインは魔力運用をやめる。
アルジャイード式で魔力運用をすると気分が良くなるのでサシャは好きだった。
終わってしまうのがもったいないと思うほどである。
「お疲れ様」
「いえ……」
イースラがドアを開けるとホウキとバケツを持ったポムが立っていた。
上下関係を教えた日からポムはすっかりしおらしくなった。
魔法による契約もあるしジワラたちをイースラは一人倒してしまったのだ。
とてもじゃないがポムが太刀打ちできる相手ではなかった。
さらに最近イースラに対するベロンの態度が柔らかくなったことも感じている。
逆らえるような要素がない。
「俺たちは朝食の準備をするからあとは自由にしてて大丈夫だぞ」
「分かりました」
食事係は大事な仕事なのでポムにやらせるつもりはない。
イースラたちは台所に向かう。
「これはチャンスだ。挑戦してみるべきだ」
「でもダンジョンなんてクリアできるのかしら?」
「……なんか騒がしいな」
下の階に降りてくるとリビングスペースにギルドのみんなが集まっていた。
いつもならいない人がいたり朝食ができるギリギリに起きてくるのに珍しいなとクラインは思った。
「もうそんな時期か……」
どうやら何かを話し合っているようで、イースラはみんなの様子を見て誰にも聞こえないように一人呟いた。
ーーーーー
イースラはクラインがどうなるのか知らない。
なぜならクラインはどうなるのか分かる前に死んでしまったから。
回帰前でもイースラたち三人はスダッティランギルドに引き取られた。
希望もないような環境の中で日々必死に生きていた。
そんな時にクラインは死んだのだ。
まだ子供だった。
無限の可能性を秘めていたのになんの明るい未来も見ることはなくクラインはイースラとサシャのところから旅立ったのである。
その原因はダンジョンだった。
もちろん要素としてギルドの力が足りないとか計画が甘かったとか、運も悪かったということはある。
だがダンジョンがクラインの命を奪ったのだ。
「スダッティランギルドは新しく発生したダンジョンの攻略を行う」
夕食後リビングスペースにみんなが集められた。
そこでベロンは今後の方針を伝えた。
町の近くに新しくダンジョンが出来た。
その攻略をするとベロンは言うのである。
時が来たとイースラは思った。
クラインの命を飲み込み、奪って行ったダンジョンを攻略する時が再び訪れたのだ。
今回は攻略しないという可能性もあると思っていたがやはりベロンはダンジョンに挑むようである。
「今回はイースラたち三人も連れていく」
「なっ……それはまだ危ないのでは?」
ベロンの言葉に驚いたデムソが驚いて立ち上がる。
イースラたちは連れていかないだろうと思っていたのにベロンはなんの躊躇いもなく連れていくつもりであった。
「危険は重々承知だ。しかし今回は連れていく」
「なんで……」
「不安は分かるが三人にはサポートに徹してもらう」
「…………」
デムソは他の人を見る。
文句を言いそうなポムはもちろんイースラの支配下にあるので文句など言えない。
バルデダルは興味なさそうにお茶を飲んでいるしスダーヌは肩をすくめている。
「三人は納得してるのか?」
「イースラたちもそれでいいな?」
「俺たちも邪魔にならないように頑張ります」
分かっていたかのようにイースラが頷いてデムソは顔をしかめる。
実はこの話は事前にイースラは知っていたものだった。
回帰前にダンジョンを攻略する時もイースラたち三人は連れていかれた。
今と同じくサポートという名目で、長引くこともあるダンジョン攻略のために荷物持ちとして後ろからついていっていた。
その時はデムソも特にイースラたちがいくことに反対はしなかったのだが、今回はイースラたちが真面目に働くので少しは気にかけてくれているようだ。
「……まあみんなや当人が反対しないなら」
デムソはため息をついて席に座る。
誰も反対しないし当人も嫌がっていないのならデムソ一人が反対しても仕方ない。
「本人も納得しているから今回は連れていく。邪魔になるようなら仕切り直して置いていく」
「ベロンの判断に文句はつけないよ」
戦闘が起こるたびに荷物を置いたり持ったりするのは面倒だ。
イースラたちがある程度の荷物を担当してくれて身軽になるのならメリットはある。
ベロンもイースラたちが荷物を持つことのメリットが大きいと判断したのだろうとデムソは引き下がった。
「この場にいる全員でダンジョンで攻略する。今日明日で準備を整えて二日後にダンジョンに向かうぞ」
ーーーーー
十分な食料品や替えの服、包帯などの医療品といったものを主にイースラたち三人が分担して背負う。
ダンジョンは町から南に二日ほど行った場所にあって移動は魔物に会うこともなかった。
森の中にふさわしくない不自然な小山がある。
ぽっかりと大きな穴が空いていて奇妙なことに明かりを近づけても中を見通すことはできない。
「これがダンジョン……」
入るまで中がどうなっているのか分からない。
いきなり生まれ、どうやって生まれるのかも誰にも分からないのがダンジョンである。
ダンジョンは昔から存在しているもので、地形が変わったりして突然出現する。
ゲートダンジョンと呼ばれるダンジョンもあるのだけどゲートダンジョンは攻略してしまうと確実に消える一方で、ただのダンジョンは攻略しても消えないことがあるという違いがあった。
「二人ともダンジョンに入ったら俺から離れるなよ」
「うん」
「ああ、分かった」
ダンジョン前で早めに休んで朝から攻略を開始することになっていた。
イースラたち三人は荷物持ちとしてみんなの後ろからついていくのが仕事になるが、今日はカメラアイも持たされている。
一人でも戦力がいた方がいいだろうといつもカメラアイ係のポムも戦闘要員として投入されているのだ。
少しでもお金を稼ぐ機会なのでポムもやる気を出している。
「イースラ」
「なんですか?」
攻略開始前に装備などの最終点検をしているとベロンがこっそりとイースラに声をかけてきた。
「いざとなればお前の力を借りることもあるかもしれない」
「剣も買ってもらいましたしね」
ダンジョンではどんな危険があるか分からない。
だから今回イースラたちにも武器が与えられている。
荷物持ちと言っているがベロンはイースラがオーラを扱えることを知っている。
まだバルデダルに教えてもらって日が浅いので経験も技量も追いついていないだろうが、オーラが扱えることで打開できるような場面もあるかもしれない。
ベロンは正直ポムにあまり期待していない。
基本的に不真面目でベロンが剣を教えてやってもあまり成長が見込めない。
オーラがなくともイースラの方がすぐに強くなるだろうとベロンは思っている。
もしかしたらもう力は逆転しているかもしれない可能性すらあると感じる。
いざという時ポムの動きよりもイースラの方が期待できた。
「なんであいつのことそのままにしてるんですか?」
「……どうしたらいいか分からないんだ」
ベロンは困ったように笑った。
「あいつを最初に助けようとしたのは俺だ。死にそうな顔してそこらに座り込んでいるのがほっとけなくてな」
ベロンがポムを見つけたのは偶然だった。
仲間を集めてギルドを立てて活動している中でたまたまポムが目についた。
使いっ走りのようなことをして小銭を稼いでその日をなんとか乗り切るような生活をしていたポムのことを無視することができなくてベロンは手を差し伸べた。
雑用などの人手も欲しかったところなのでちょうど良かったのである。
ポムには何もなかった。
能力もやる気もなく、ただベロンのことをアニキと呼んで擦り寄ってくるだけだった。
だがここまできてポムを見捨てることもできない。
もっと厳しい態度で接すればいいのかもしれないが、いつかはポムもまともになると期待してなあなあにしてしまっている自分がいることはベロンも自覚している。
「でも最近少し真面目になっただろ?」
「それもどうなんでしょうね」
ポムが掃除したり賭け事をやめたりしていることはベロンも分かっていた。
しかしベロンはそれがイースラに命令されてのことであることを知らない。
ポムが心を入れ替えて真面目になったのではなく言われて仕方なくやっているだけに過ぎないのだ。
「まあ今は目の前のダンジョンに集中しよう」
「……わかりました」
「みんな、用意はいいな! ダンジョンに入るぞ! 撮影開始だ」
今ポムのことをとやかく言っても仕方ない。
朝日が顔を覗かせ始める中でイースラたちはダンジョン前でカメラアイを作動させて配信を始めた。
「はーい、どうも。スダッティランギルドのスダーヌです!」
まずはスダーヌにカメラアイを向ける。
さっきまでつまらそうな顔をしていたのに配信が始まるとパッと笑顔を浮かべるのは流石である。
「今日は朝早くからですけどダンジョン攻略を配信していきたいと思いまーす! よければご視聴いただいて応援にパトロンくだされば嬉しいです」
配信画面を覗いてみると物好きな貴族が何かから頑張れと少しのパトロンがいくらか届いている。
普段の魔物討伐よりもダンジョンなどの方が配信として人気なので期待している人もいるのだろう。
「それじゃあ入るぞ」
カメラを持ったイースラはみんなの後ろからついていくようにダンジョンに入っていく。
見ている人が画面酔いをしないようにできるだけカメラアイを揺らさないようにするのも一つの技術である。
もっとお金があれば撮影の揺れも抑制してくれるカメラアイなんてものがあるのだけど今は手元でなんとかするしかない。
「なんか……変な感じだな」
穴の中に入っていくと肌に感じる空気感が変わってクラインはキョロキョロと周りを見る。
「洞窟型か」
ダンジョンの中はゲートダンジョンと同じくどうなっているのか分からない。
穴の中に入ってきたのに外のような光景が広がっていることもあるのだけど、このダンジョンの中は洞窟の中のような光景が広がっていた。
「比較的明るいな」
洞窟の天井に光る石が一定間隔で露出していて意外と中は明るい。
「道がいくつか分岐しているな。印をつけながら進んでいこう」
全く何もせずに適当に進んでいくなんて人たちもいる中でベロンは意外としっかりしている。
ベロンはベテラン冒険者ではないにしても基礎的な冒険者の知識としてはちゃんと身につけて冷静に活かしていた。
入り口横の壁にナイフで縦の傷をつけ、これから進む道の横に横の傷をつけておく。
「こっちに進むぞ」
どの道がいいかなんて見ても分からない。
ベロンは適当に端の道を選んだ。
「音がいたしますね」
慎重に進んでいると道の先の方からカサカサという音が聞こえてきた。
人が立てる音ではない。
一気に空気に緊張感が走り、各々武器を構える。
盾を持ったデムソが前に出て、後ろにベロン、バルデダル、ポムが横に並び、三人の後ろにスダーヌが杖を手に警戒する。
イースラたちはスダーヌのさらに後ろで待機して、カメラアイをしっかり構えて攻略の様子を配信する。
「来るぞ!」
カサカサとした音が近づいてくる。
黒い何かが見えてデムソはその正体を確認しようと目を細めた。
「ケイブアントだ!」
走ってきた魔物はケイブアントと呼ばれる昆虫型の魔物であった。
鈍い黒色の外骨格に覆われていて頭と腹にくびれがある。
六本の足を使ってカサカサとイースラたちの方に向かってきていた。
「スダーヌ!」
「任せて!」
スダーヌが意識を集中させると杖の周りに細く炎が渦巻き始める。
杖の先に炎が集まって人の頭ほどの大きさの火の玉を作り出す。
「燃えなさい!」
スダーヌも普段は何をしているのか分からないような人であるが魔法の実力はそんなに低くない。
回帰前色々な人を見てきたイースラからすればまだまだな魔法使いであり、サシャが本格的に魔法を学び始めれば簡単に超えてしまえるような実力ではある。
しかし片田舎の小さいギルドにいるにしてはそこそこ優秀だ。
「ポム、無理はするな!」
スダーヌが火の玉を放ち、先頭を走るケイブアントに見事にヒットする。
燃え上がるケイブアントを避けて他のケイブアントが後ろから飛び出してくる。
人ほどの大きさもあるケイブアントの攻撃をデムソが盾で防ぎ、隙をつくようにベロンたちが前に出て攻撃を仕掛ける。
それぞれの実力は高くはないけれどスダッティランギルドの連携は悪くない。
ただその中でポムは少し浮いた存在となっている。
動きも良くなきゃ連携としても邪魔になっているぐらいにイースラには見えた。
普段はカメラアイ係で戦うことも少ないポムは明らかに連携が分かっていなかった。
必死に剣を振って戦っているが正直酷いものである。
「ふぅ……みんな、怪我はないか?」
五体のケイブアントを倒してベロンはみんなの様子を確かめる。
みんな、というよりもポムの様子である。
これぐらいの相手ならベロンもデムソも大きく問題なく戦えていたが、ポムはたった一回戦っただけで汗だくになっていた。
張り切って全部空回りしている。
体力も少なければ動きに無駄も多いからこんなことになるのだとイースラはカメラアイにポムが映らないように気をつけながら撮影していた。
ポムのことを撮影してしまえば動きが悪くて苛立つ人も出てきてしまう。
顔が良いやつの汗だくの姿なら需要もあるが、汗だくのポムを映しても視聴者の気分は良くないだろうと上手く外して映している。
「デムソ、魔物を回収するんだ」
「はいよ」
ベロンはポムのことを見て軽くため息をついた。
汗だくで疲れているポムに雑用をさせるのは酷だろうとデムソにお願いする。
「クライン、荷物の中に小さい袋があるだろ? それをくれ」
「えっと……これですか?」
「それだ」
デムソはクラインが荷物から取り出した袋を受け取った。
大人の手のひらぐらいの大きさがある袋で、そんなもので何をするのだろうかとクラインは不思議そうにデムソの行動を見ている。
「あれなに?」
配信に声が入らないようにサシャがこっそりとイースラに聞く。
「あれは魔物袋さ」
これぐらいならいいだろうとイースラは普通に答える。
「魔物……袋?」
「そうだよ。魔物を入れておくための袋さ」
「あんなのに……あっ、吸い込まれた!」
魔物を入れておくためなんていうけどあんな袋じゃ足の先っちょしか入らない。
そんなことを思いながらサシャがデムソを見ていた。
デムソが倒したケイブアントに袋の口を近づけるとケイブアントの死体が袋の中に吸い込まれていったのである。
「昔は魔物を討伐しても運ぶのが大変だったらしいけど今は魔物袋っていう便利なもんがあるんだよ」
魔物の死体は皮や牙、肉として利用価値があるのでギルドなどで引き取ってくれる。
しかし魔物も小柄なものばかりではなく大きなもの、重たいもの、持ちにくいものなど様々存在している。
そのため倒して持ち運ぶことも簡単ではなく色々な方法を工夫して魔物の死体を持ち帰っていた。
持てる量だけ倒してその都度持ち帰る人、自分で魔物を解体して高く売れるところだけを持ち帰る人、馬車を持っていく人、一度魔物の死体を集めて持ち帰る時だけ人を雇う人など方法も多くある。
魔物持ち帰り方法の中でも冒険者の憧れの方法が一つある。
それは魔物袋と呼ばれる道具を使って魔物を運ぶ方法である。
「魔物袋っていうのは空間魔法っていうすごい魔法があって、空間魔法によってただの袋に見えるあの袋にはすごい大きな空間が広がってるんだ。そしてその中魔物を収納しているってわけさ」
空間魔法というかなり特殊で習得が難しい魔法がある。
そして空間魔法の一つに空間を作り出すという魔法があって袋の中に目には見えないような広い空間を作り出すことができる。
空間魔法によって作り出された空間に魔物を収納しておけば袋の分のスペースで多くの魔物を持ち運ぶことが可能になるのだ。
不思議なことに魔物分のも重さも感じることはなく、多くの魔物を簡単に持ち運べるので魔物袋はみんなの憧れなのである。
特殊な魔法を必要とする魔物袋はありふれたものではない。
手に入れようと思えばかなりのお金と運が必要になり、魔物袋そのものに大きな価値がある。
「今は魔物袋のレンタルがあるんだよ」
魔物袋は冒険者憧れのアイテムの一つであったのだが大きな変化が起きた。
魔物袋が比較的安くレンタルできるようになったのだ。
どこから借りられるかというと配信者受付から借りられるのである。
配信者受付まで行って保証金とレンタル料を払えば誰でも借りられるようになった。
このおかげで魔物の討伐もより捗るようになった。
配信という文化が現れてからの大きな変化の一つといってもよかった。
「へぇ〜」
「よく学んでいるな」
「ええと……バルデダルさんに教えていただきました」
「バルデダルさんが……」
デムソはバルデダルのことを見る。
バルデダルはベロンが連れてきた人なのだがベロン、デムソ、スダーヌの比較的年齢が近いのに対してバルデダルだけは明らかに年上の存在である。
色々なことをできて実力も高い不思議な人というのがデムソの感想だ。
ただあまり馴れ合いをする人ではなく、少しだけ苦手意識もあった。
講釈を垂れるような人でもないのでイースラにそのようなことを教えているのは珍しいと感じた。
「気に入られてるんだな」
デムソはチラリとポムを見た。
ようやく息が整ってきたぐらいのポムを見るとため息をつきたくなる。
それに比べたら素直で働き者のイースラたちのことを気にいる気持ちもよく分かる。
なんだかんだでデムソもイースラたちのことは悪く思っていない。
最初は配信の足しになるのか不安なものだったが今の働きぶりを見れば配信での足しにならなくとも十分に価値があったと感じている。
「クライン」
デムソは魔物袋をクラインに手渡した。
「次魔物倒したら回収係はお前がやれ」
「あっ、はい!」
レンタルできるといっても魔物袋が高価なものであることに変わりはない。
失くしたら保証金を没収される上に魔物袋をレンタルしてもらえなくなる。
基本的に赤の他人には触らせすらしないものであるのだがデムソはそれをクラインに任せることにした。
持ち逃げしたりしないで真面目に仕事をするだろうと信頼してくれたのだ。
最初に選んだ道は行き止まりだったので戻って別の道を行く。
しっかりと進んだ道に目印をつけて進んでいくと同じようにケイブアントが現れて戦いになった。
危なげなくとはいかないけれどしっかりとケイブアントを倒して今度はクラインがせっせとケイブアントの死体を回収する。
疲れたのかやや下がり気味になったポムは逆にいい感じの位置どりになっていたのは不幸中の幸いだった。
「ここも行き止まりか」
二本目の道も着いた先は少し広めな部屋で行き止まりであった。
「次に行こう」
割と勢いはいい。
この勢いのまま行こうと次の道に行く。
「なんか色が違うのいるね」
三本目にしてようやく変化が訪れた。
一度ケイブアントと戦って進んでいくとまたしても小部屋のような場所にたどり着いた。
しかしそこは行き止まりではなく奥に道が続いていて、さらには魔物も待ち構えていた。
ただのケイブアントではなく体が赤っぽく顎が大きい。
「あれは兵隊アリですね」
バルデダルが赤いケイブアントの正体を呟く。
「何か違うのか?」
「これまで相手してきたケイブアントはいわば下っ端……あの赤い個体はリーダー的な戦闘向きの個体です」
「じゃあ警戒して戦わないとな。デムソ、あの赤いのを引き付けてくれ。その間に周りにいる黒いのを倒す」
「わかったが早くしてくれよ?」
「努力はする」
ベロンたちが一気に部屋の中に飛び込んでいってケイブアントに襲いかかる。
デムソは盾を構えて赤いケイブアントの前に立って引き付け、その間にベロンたちが周りにいる黒いケイブアントを倒していく。
デムソ一人だとかなりギリギリであったが盾を使って防御に徹すればなんとか持ち堪えられていた。
回帰前もこんな感じだったはずだがこのままではデムソがやられてしまいそうな感じすらある。
どうやって乗り越えていたのか思い出せない。
「まあ少し助けてやるか」
怪我でもされたら面倒だ。
少し息をつく暇ぐらい与えてやろうとイースラ足元にあった石にオーラを込める。
カメラアイが揺れないように気をつけながら赤いケイブアントに向かって石を蹴り飛ばす。
魔力を帯びてほんのりと光る石が真っ直ぐに飛んでいく。
オーラを込めれば石でも立派な凶器になる。
石が赤いケイブアントに当たってほんのわずかだがひるむ。
ダメージはないだろう。
けれども息つく間もなく攻撃を受けていたデムソにとっては少しでも体勢を立て直す貴重な時間となった。
黒いケイブアントも減ってきている。
バルデダルが上手く立ち回ってポムのフォローを入れている。
「二人とも、俺から離れるなよ?」
「離れてないよ」
「もちろん勝手なことなんてしないぜ」
イースラはサシャとクラインの位置を確認する。
二人とも特に離れているわけではないが改めて近くにいるように言っておく。
そうしている間に黒いケイブアントの数が減ってベロンがデムソに加勢する。
「燃えてしまいなさい!」
黒いケイブアントが全て倒されて赤いケイブアントとの総力戦になる。
ベロンたちが攻撃を強めて赤いケイブアントを引き付けてスダーヌが全力で魔法を放つ。
赤いケイブアントに大きな火の玉が直撃した。
火の玉そのものでは大きなダメージがなかったけれど火の玉が爆発して赤いケイブアントが炎に包まれる。
表面が硬くとも炎に包まれて中に熱がこもればただでは済まない。
赤いケイブアントは激しく体を動かして炎を消そうとするが魔法の炎はそう簡単には消えない。
ベロンたちは暴れる赤いケイブアントから距離をとって様子をうかがう。
「……死んだか?」
だんだんと赤いケイブアントの動きが鈍くなっていき、最後にか細く鳴いて動かなくなった。
デムソが盾を構えて赤いケイブアントに近づいて剣でつつく。
炎も消えたが赤いケイブアントは動かず完全に死んでいた。
「ふう、これぐらいならなんとか行けそうな……」
「な、なんだ!?」
「揺れてる……!」
赤いケイブアントを倒してホッとしたのも束の間、急に地面が揺れ出した。
「サシャ、クライン、こっち来い!」
「えっ……」
「いいから! くっつくぐらいに近くに!」
来た! とイースラは思った。
揺れで倒れないようにやや体勢を低くしながらサシャとクラインのことを呼び寄せる。
二人はふらつきながらもなんとかイースラのそばに寄る。
「なんだこれは!」
地面が四角く迫り上がった。
壁がへこんだり迫り出してきたりダンジョン全体が動き始めた。
「みんな、近くに……」
何かは分からないが何かの異常が起きている。
ベロンがみんなを呼び寄せようとするけれど揺れが激しくて動くこともままならなくなる。
「イイイイ、イースラ!?」
「体を低く! 動かず離れるな!」
イースラたち三人は身を寄せ合って揺れに耐える。
「くっ!?」
イースラたちがいる床が急に下に動き始めた。
「イースラ!」
手が届く距離でもないのにベロンは手を伸ばした。
向かおうにも揺れていて足も踏み出せない。
イースラたちが下がっていった穴は迫り出してきた壁が塞いでしまい、助けに行くことも不可能になった。
「デムソ、バルデダル! くっ……スダーヌ、手を伸ばせ!」
天井が細長く降りてきて分断されてしまう。
なんとか近くにいるスダーヌだけはとベロンは揺れに耐えながら手を伸ばした。
「ベロン!」
スダーヌも必死に手を伸ばす。
「……届いた!」
ベロンの手がなんとかスダーヌに届き、抱き寄せるようにしてスダーヌを引っ張る。
「……これはなんなんだ!」
「……生きてる……」
上下に移動したり左右に揺られたり回転したり。
ドラゴンに掴まれて揺さぶられたのかと思った。
「あれ……なんだったの?」
「ダンジョンの再構築だ」
「再構築……?」
「ダンジョンっていうのは変わらないものも多いけど中の構造が変わってしまうということもあるんだ」
イースラは体を起こす。
サシャもクラインもイースラのそばで倒れている。
ただ二人とも生きていた。
それで今は十分である。
「たとえ中に人がいようとダンジョンにはそんなこと関係ない。たまたま再構築のタイミングでダンジョンに入っちゃったんだな」
「そんなことがあるんだ……」
ダンジョンの再構築が起こることは分かっていた。
だから実は一日攻略を遅らせてもらった。
日持ちする食料品がたまたま売っていなかったなんて苦しい言い訳をしてどうにかずらしてもらったのだ。
しかしそれでもダンジョンの再構築は起きた。
「時間じゃないな……」
先ほどイースラはたまたま再構築のタイミングに来てしまったと言ったがそうではないと考えていた。
本来なら一日前に再構築は怒っていたはずなのだが結果的に攻略中に再構築が起きてしまっている。
つまり再構築は時間的なタイミングで起きたものではなく攻略したから起きたものだったのだ。
ダンジョンがどうして攻略されると再構築し始めたのか知らないが、キーは攻略だったのである。
そうだと分かっていたらみんなで集まることができた可能性もあったのにと少し悔しい思いがある。
「まあ……とりあえず無事でよかった」
少なくとも再構築中に死ぬことはなかった。
ダンジョンの再構築は非常に危険なもので巻き込まれて死ぬ可能性もある。
壁に挟まれたり天井が落ちてきたりと変動するダンジョンの中でどんな死を遂げてもおかしくない。
クラインは回帰前ダンジョンの再構築で一人はぐれて死んでしまった。
死体は見つからなかった。
ダンジョンの再構築で死んだのか、あるいは再構築を生き延びても魔物にやられて死んだのかそれすらも分からない。
死体も見つからなかったのでダンジョンの再構築に巻き込まれて死んだのだろう。
今は一緒に生きている。
とりあえず再構築で死ぬかもしれないというクラインの運命は変えられたのだと考えておくことにした。
「二人とも怪我はないか?」
「……配信続けるの?」
「不謹慎な話だがトラブルは視聴者の大好物だからな」
イースラは手に持ったままだったカメラアイをサシャとイースラに向けた。
配信の操作のメインはベロンが担っている。
イースラの方で勝手に切ることはできない。
加えて配信が続いているということはベロンは生きているということになる。
続いているなら続けておく。
当事者としては頭の痛い話であるが想定外のトラブルというのは見ている側にとってハラハラするもので視聴者や応援するパトロンの増加に繋がる。
ダンジョンの再構築についてちゃんと説明したのも見ている人のためというところもあった。
「とりあえずここは……密室ではなさそうだな」
話によるとダンジョンの再構築によってどことも繋がっていない部屋になることもあるらしい。
誰がそんなこと確かめられるのか知らないけれどひとまずどこにも繋がっていない部屋にはなっていないようで道がある。
「……何か音がするね」
複数道があるのだがどこからかカサカサと音が聞こえてくる。
どこかにケイブアントがいる。
「クライン、サシャ」
「これって……」
「剣だ。他にみんながいない以上自分で戦うしかない。オーラも解禁だ」
イースラは荷物の中から剣を取り出して二人に渡した。
こんなこともあるかもしれないとベロンに買ってもらったのである。
クラインとサシャもバルデダルから剣を習っているので二人の分までベロンは買ってくれた。
流石に未熟な技術、子供の力でケイブアントと戦うのは厳しい。
みんなにオーラがバレることよりも生き残ることの方が大事なので出し惜しみはしない。
「よっしゃ! やってやる!」
「き、緊張するね……」
初めての実戦だがクラインはやる気を見せている。
対してサシャの方は緊張しているのか少し顔色が悪い。
「まあ緊張するなとは言わないが怖がることはない。俺がお前のこと守るから」
「う、うん」
イースラの言葉にサシャは顔を赤くする。
「俺たちが無事ってことはベロンさんやバルデダルさんには分かってる可能性が高いしさ」
「えっ、どうして?」
「配信続いてるからさ」
イースラはカメラアイをサシャに向ける。
自分の配信は自分でも確認することができる。
カメラアイが損傷せず配信が続いているということはカメラアイに映っているサシャやクラインの姿が見られるということでもある。
ベロンやバルデダルが冷静で配信画面をチェックしているならイースラたちが無事でいることは確認できるのだ。
配信を切っていないということは配信が続いているということに気づいていない可能性ももちろんあるのだけど、配信を行っているのはベロンであるということになっているので少なくともベロンは生きている。
死んだら少し経って配信も止まってしまうのだ。
「ということでここから俺たち頑張ってみたいと思います」
配信画面を見てみると多くのパトロンが来ていた。
ダンジョンの再構成という不測の事態、今撮影で映っているのは子供だけという状況に応援するようなコメントが付いている。
ただみんながみんな応援してくれているわけじゃないこともイースラには分かっている。
どうやってこの状況を乗り越えるのかと期待している人もいれば、イースラたちが凄惨な最期を迎えればいいと考えている人もいる。
コメント付きパトロンで頑張って仲間を探すんだなんて言ってる奴は応援しているのではイースラたちが適当に動いて魔物と遭遇することを望んでいるのだ。
パトロンが嬉しいからと悪意に突き動かされて状況を見誤ってはいけない。
中にはただ画面の向こうをコントロールしてやろうとか破滅に導いてやろうというパトロンもあるのだ。
今はサシャもクラインも配信画面なんて見ている余裕はないので惑わされることはない。
もちろんイースラも惑わされることなどないが、奇しくも移動はするつもりだった。
回帰前のイースラとサシャは運が良かった。
二人は近くにいたので同じく再構築に巻き込まれて入り口近くに運ばれた。
クラインは少し離れていたから別の場所に運ばれて帰らぬ人となった。
だから中がどうなっているのかイースラにも分かっていない。
日をずらしても再構築が起きてしまったことを考えると回帰前と全く同じように再構築が起きたとも思えない。
ベロンは生きているとしても他の人が生きているのかは分からない。
悠長に助けを待っている余裕などないのだ。
「んじゃ行くぞ」
危なそうなら前に出るつもりだけど、ついでなら少しは二人にも経験を積ませたい。
イースラは片手に剣を持ちながらも逆の手でしっかりとカメラアイを持つ。
どの道が帰るのに正しい道なのか分からないので適当な方に進んでいく。
「ひっ、ひいいい!」
「この声は……」
常にカサカサと音が聞こえてきてイラつくなと思っていたらよりイラつく声が聞こえてきた。
「アイツは……」
「チッ! 面倒ごとばかり持ってきやがるな!」
声の主はポムであった。
後ろからケイブアントに追いかけられていて泣きそうな顔をして逃げている。
面倒だと思ったけれど逃げられそうな道もなく、イースラたちの方に向かってくる。
たとえポムが転んで犠牲になったところでケイブアントには見つかってしまうだろう。
「やるぞ!」
「え、あ、うん!」
「よ、よし! やってやる!」
やる気満々だったクラインも流石に本当に魔物を目の前にすると緊張した顔をする。
「ポム!」
「イ、イースラ?」
もはや限界が近いポムはイースラたちにも気づいていなかった。
「これで俺たちのこと映しといてくれ」
イースラはポムにカメラアイを投げ渡す。
見殺しにするのも後味が悪い。
ちょうどいいタイミングで現れたのだしカメラアイでの配信を任せてイースラも戦いに加わることにした。
「いいか、焦ることはない。俺が教えた通りに戦えばいい。危なくなったら情けなくても逃げろ。怖いのは当たり前だ。だけどそれを乗り越えてまた成長できるんだ」
イースラの体が白いオーラに包まれる。
まずはイースラが一番手前を走ってくるケイブアントに切り掛かった。
『はっ、オーラ!?』
『あんなガキが?』
『光の加減だろ』
『才能発見』
『これは面白そうだ』
ポムが受け取ったカメラアイを慌ててアースラに向ける。
イースラがオーラを使ったことに対して一気にコメントが溢れた。
流石に完璧にオーラを使いすぎるとそれはそれで変な注目を浴びてしまう。
イースラはあえてオーラを乱してとりあえずまとってる感を演出してケイブアントを切り捨てる。
そこそこ硬いケイブアントもオーラを込めた剣ならスパッと切断することができた。
「や、やるぞ!」
「やあああっ!」
イースラに続けとクラインとサシャもケイブアントに切り掛かった。
黄色と青色のオーラをまとう二人の姿が配信画面に映るとコメントは追いきれないほどの速さで流れていく。
チラリと配信画面を確認したイースラはニヤリと笑う。
この状況を生き残ることができたなら配信で得られるものも大きそうだ。
「いい感じだぞ!」
ケイブアントに対する恐怖心があるのか二人とも攻撃は浅い。
だがケイブアントにダメージを与えるのには十分であった。
最初から100%の力を発揮できるなんてイースラも思っていない。
むしろちゃんと攻撃できただけ上出来だと嬉しいぐらいである。
自分たちの攻撃が通じる。
相手の攻撃もよく見ればかわせる。
つまり戦える相手だ。
このことが分かれば自然と自信もついてくる。
「つ、強え……」
ポムの口から感想が漏れる。
イースラだけだと思っていた。
クラインとサシャはイースラが守っているだけで何もできない奴らだろうとポムは考えていた。
しかしクラインもサシャも強かった。
ケイブアント一体にすら苦戦していたポムと違って二人はケイブアントを軽々と倒している。
イースラは無理でも二人にはいつか仕返ししていつか自分が上だと分からせてやるなんて思っていたのにポムは恥ずかしい気持ちになった。