「イースラ……」
「うーん……」
「イースラ!」
「うわっ!?」
温かさに包まれて、まどろむようにぼんやりとしていた。
そこに急に自分の名前が呼ばれた。
怒るような声がして、同時に温かさが剥ぎ取られてイースラは飛び起きた。
「今日はあなたが掃除当番ですよ!」
温かさは薄い布団だった。
「えっ? 掃除?」
イースラは混乱していた。
なんだか声が若いと思った。
若いというよりも幼さすらある。
掃除当番なんて言葉もものすごく久しぶりに聞いた。
そんな言葉聞いたのはイースラが子供の時以来である。
布団を剥ぎ取った人物にも見覚えがあった。
「シスター……モーフ?」
「寝ぼけているのですか? さっさと行きなさい。みんなもう始めていますよ」
修道女の服に身を包んだ恰幅のいい初老の女性は怒ったように眉間にしわを寄せた。
本名は知らないけれどイースラは目の前の修道女のことをシスターモーフと呼んでいた。
「なんで……そういえばここは……」
よくよく周りを見てみると懐かしさを覚えるような場所であった。
古ぼけた狭い部屋はベッドと小さいクローゼットが置いてあるだけで他に家具はない。
狭い部屋なのでそれ以上家具を置くようなスペースもない。
温かいと思っていたベッドだって冷静になってみると固くて、布団も使い古されてぺらぺらとしている。
イースラはパッと手を見た。
手も小さい。
記憶にある自分の手は何度も剣を振ったせいでタコができていたのにそんなものはなく、栄養状態がちょっと悪くて肌がガサガサとしているぐらいでつるんとした手だった。
「イースラ!」
訳が分からなくてイースラは部屋を飛び出した。
廊下を駆け抜けるとそこは教会の聖堂であった。
「おっ、遅いぞ、イースラ!」
聖堂には子供たちが何人かいてほうきで掃いたりイスを拭いたりしている。
「おい……どうしたんだ?」
周りの子に声をかけることもなくイースラは床に置いてあった木のバケツを覗き込む。
雑巾を濡らすための水がバケツの中には張ってある。
ガッとバケツを掴んだので中の水がこぼれそうなほどに揺れた。
早く収まれと思いながら揺れる水を見つめていると少しずつ水面の揺れが収まってきた。
「……ウソだろ?」
揺れが収まったバケツの水にイースラの顔が映し出された。
「なんだよこれ!」
もちろん映し出されたのはイースラ自身の顔。
けれどその顔は傷も何もない若い頃の自分だったのである。
「きゃっ!?」
イースラは上の服を脱ぎ捨てた。
周りにいた女の子たちが顔を赤くして顔を手で覆う。
食いちぎられた腕はあるし最後に胸を貫かれた跡もない。
激しい戦いで全身にあった細かな傷もなく、手足は鍛えていないのか細っこい。
「何が起きてるんだ!?」
「それはこっちのセリフだ、ばかもん!」
「ぐおっ!?」
上半裸でワタワタとしているイースラの背中に濃いブルーの髪をした女の子が飛び蹴りを決めた。
「あーあー……」
蹴られたイースラが水の入ったバケツともみくちゃになって床を転がっていく。
「おい、サシャ! やるならバケツ倒すなよ!」
お陰で床が水浸しになってしまった。
せっかく掃除してるところなのに手間を増やされてイースラに声をかけていた少年が渋い顔をしている。
「こんなところで急に脱ぎ出す方が悪いのよ、クライン」
イースラを蹴った少女はサシャ。
そして水浸しになった床を見てため息をついている栗色の髪の少年がクラインであった。
「何事ですか!」
騒ぎを聞きつけてシスターモーフが聖堂に駆けつけた。
「何があったのですか!」
床は水浸しでその真ん中で半裸のイースラが倒れている。
「イースラ、大丈夫ですか?」
「シスターモーフ、そんなやつほっといて……」
おかしいな、とサシャは思った。
いつもなら立ち上がって文句の一つでも言いそうなイースラが動かない。
いや、僅かに体が震えているように見えた。
「えっ、泣いてる……?」
「うっ……」
イースラは地面に伏したまま涙を流していた。
泣いていると分かった瞬間にこれまで何ともないように様子を見ていたみんなの視線が一気にサシャに向かった。
泣かせた、というような非難めいた視線を受けてサシャは気まずそうな顔をする。
いつもならこんなことで泣くようなやつじゃないのに蹴りの当たりどころが悪かったのだろうかとサシャも心配になってくる。
「みんな生きてる……」
ただイースラが泣いているのはサシャの蹴りがきいたからではなかった。
この状況が何なのかはイースラには分からない。
けれども自分の時間が遡って、何もかもがなかったことになったのだとイースラは何となく理解した。
たまらなく嬉しかった。
厳しくも母のような優しさを与えてくれたシスターモーフや二度と会うことが叶わない悲しい別れを遂げた悪友とまた出会うことができた。
蹴られて水にまみれたことなどどうでもいい。
みんなが見ていることなど忘れてイースラは涙を流した。
普段泣くことなどないイースラが泣いている光景にみんなは固まっていた。
「イースラ、大丈夫? 起きられる?」
先ほどまで怒り心頭だったシスターモーフもイースラのことを心配する。
起きた時から少し様子がおかしかった。
何か体調でも悪いのかもしれないと思った。
「うーん……」
「イースラ!」
「うわっ!?」
温かさに包まれて、まどろむようにぼんやりとしていた。
そこに急に自分の名前が呼ばれた。
怒るような声がして、同時に温かさが剥ぎ取られてイースラは飛び起きた。
「今日はあなたが掃除当番ですよ!」
温かさは薄い布団だった。
「えっ? 掃除?」
イースラは混乱していた。
なんだか声が若いと思った。
若いというよりも幼さすらある。
掃除当番なんて言葉もものすごく久しぶりに聞いた。
そんな言葉聞いたのはイースラが子供の時以来である。
布団を剥ぎ取った人物にも見覚えがあった。
「シスター……モーフ?」
「寝ぼけているのですか? さっさと行きなさい。みんなもう始めていますよ」
修道女の服に身を包んだ恰幅のいい初老の女性は怒ったように眉間にしわを寄せた。
本名は知らないけれどイースラは目の前の修道女のことをシスターモーフと呼んでいた。
「なんで……そういえばここは……」
よくよく周りを見てみると懐かしさを覚えるような場所であった。
古ぼけた狭い部屋はベッドと小さいクローゼットが置いてあるだけで他に家具はない。
狭い部屋なのでそれ以上家具を置くようなスペースもない。
温かいと思っていたベッドだって冷静になってみると固くて、布団も使い古されてぺらぺらとしている。
イースラはパッと手を見た。
手も小さい。
記憶にある自分の手は何度も剣を振ったせいでタコができていたのにそんなものはなく、栄養状態がちょっと悪くて肌がガサガサとしているぐらいでつるんとした手だった。
「イースラ!」
訳が分からなくてイースラは部屋を飛び出した。
廊下を駆け抜けるとそこは教会の聖堂であった。
「おっ、遅いぞ、イースラ!」
聖堂には子供たちが何人かいてほうきで掃いたりイスを拭いたりしている。
「おい……どうしたんだ?」
周りの子に声をかけることもなくイースラは床に置いてあった木のバケツを覗き込む。
雑巾を濡らすための水がバケツの中には張ってある。
ガッとバケツを掴んだので中の水がこぼれそうなほどに揺れた。
早く収まれと思いながら揺れる水を見つめていると少しずつ水面の揺れが収まってきた。
「……ウソだろ?」
揺れが収まったバケツの水にイースラの顔が映し出された。
「なんだよこれ!」
もちろん映し出されたのはイースラ自身の顔。
けれどその顔は傷も何もない若い頃の自分だったのである。
「きゃっ!?」
イースラは上の服を脱ぎ捨てた。
周りにいた女の子たちが顔を赤くして顔を手で覆う。
食いちぎられた腕はあるし最後に胸を貫かれた跡もない。
激しい戦いで全身にあった細かな傷もなく、手足は鍛えていないのか細っこい。
「何が起きてるんだ!?」
「それはこっちのセリフだ、ばかもん!」
「ぐおっ!?」
上半裸でワタワタとしているイースラの背中に濃いブルーの髪をした女の子が飛び蹴りを決めた。
「あーあー……」
蹴られたイースラが水の入ったバケツともみくちゃになって床を転がっていく。
「おい、サシャ! やるならバケツ倒すなよ!」
お陰で床が水浸しになってしまった。
せっかく掃除してるところなのに手間を増やされてイースラに声をかけていた少年が渋い顔をしている。
「こんなところで急に脱ぎ出す方が悪いのよ、クライン」
イースラを蹴った少女はサシャ。
そして水浸しになった床を見てため息をついている栗色の髪の少年がクラインであった。
「何事ですか!」
騒ぎを聞きつけてシスターモーフが聖堂に駆けつけた。
「何があったのですか!」
床は水浸しでその真ん中で半裸のイースラが倒れている。
「イースラ、大丈夫ですか?」
「シスターモーフ、そんなやつほっといて……」
おかしいな、とサシャは思った。
いつもなら立ち上がって文句の一つでも言いそうなイースラが動かない。
いや、僅かに体が震えているように見えた。
「えっ、泣いてる……?」
「うっ……」
イースラは地面に伏したまま涙を流していた。
泣いていると分かった瞬間にこれまで何ともないように様子を見ていたみんなの視線が一気にサシャに向かった。
泣かせた、というような非難めいた視線を受けてサシャは気まずそうな顔をする。
いつもならこんなことで泣くようなやつじゃないのに蹴りの当たりどころが悪かったのだろうかとサシャも心配になってくる。
「みんな生きてる……」
ただイースラが泣いているのはサシャの蹴りがきいたからではなかった。
この状況が何なのかはイースラには分からない。
けれども自分の時間が遡って、何もかもがなかったことになったのだとイースラは何となく理解した。
たまらなく嬉しかった。
厳しくも母のような優しさを与えてくれたシスターモーフや二度と会うことが叶わない悲しい別れを遂げた悪友とまた出会うことができた。
蹴られて水にまみれたことなどどうでもいい。
みんなが見ていることなど忘れてイースラは涙を流した。
普段泣くことなどないイースラが泣いている光景にみんなは固まっていた。
「イースラ、大丈夫? 起きられる?」
先ほどまで怒り心頭だったシスターモーフもイースラのことを心配する。
起きた時から少し様子がおかしかった。
何か体調でも悪いのかもしれないと思った。


