異世界ダンジョン配信~回帰した俺だけが配信のやり方を知っているので今度は上手く配信を活用して世界のことを救ってみせます~

 ある程度のところで切り上げさせてみんなが帰ってくる時には何事もなかったかのようにしておくのが良さそうだ。
 鍛えているのは悪いことではない。

 しかし未熟とはいえもうオーラが扱えることを知られればどうなるのかわからない。
 まだまだ経験不足の間に戦いに駆り出されるかもしれないし、嫉妬などの醜い感情で追い出されるかもしれない。

 しっかりと力をつけて独り立ちできるようになるまでは力は隠しておくべきなのである。
 イースラ自身もバレるにしてももう少し隠しておきたい感じはあった。

「二人とも、そろそろ切り上げよう」

「ん、分かった」

「これやるとちょっと疲れるけどちょっと気分良いんだよな」

 本来自分のものではない魔力を自分のものにするのでそうした面では体力を使う。
 一方で失った魔力が急速に回復していくので体に魔力が充実する気分の良さがあるのだ。

 これらのことを感じ取っているということはしっかりとアルジャイード式ができているということなのである。

「昼飯の準備しよう」

 魔力が扱えることを明かす気はないがギルドのみんなの好感度を稼いでおいて悪いことはない。
 そろそろ戻ってくることを見越して昼ごはんを作っておく。

 帰ってきてすぐに食べられるようになっていたらよく気がきくと思ってもらえることだろう。
 事前にある程度仕込んでおいたものがある。

 近くにあった石を積み重ねて焚き火のそばに置き、その上に鉄のフライパンを乗せる。
 フライパンが温まってきたらギルドハウスで味付けしておいたお肉や野菜を焼き始める。

「クライン、焦げ付かないよう上手くかき混ぜてくれ。俺はちょっと枝でも探すよ」

 溜めておいた枝がかなり減ってきている。
 探しておかねば夜までは持たない。

「あっちは最初に探したから次はこっちかな。……あれは」

 あまり拠点周りから離れるわけにはいかない。
 最初枝を探したところと別の方向に行こうと振り向いたイースラの目に何か走ってくるものが見えた。

 人じゃない。
 四足で力強く地面を蹴って駆けているそれはハイウルフであった。

「サシャ、武器を俺に!」

 ハイウルフはまっすぐにイースラたちの方に向かっている。
 イースラだけなら逃げられるがサシャとクラインの二人がハイウルフから逃げるのは難しいだろう。

「え、えと……はい!」

 サシャは近くにあった剣をイースラに投げ渡す。
 それは予備のために持ってきてあった武器だった。

 受け取った剣を抜いたイースラは近づいてくるハイウルフと目があった。
 ハイウルフは標的としてイースラの認識している。

「あ、お、俺は……」

「お前はそのまま焦がさないようにしてくれ!」

「えぇ……」

 フライパンを持っているクラインは突然の襲撃に困惑しているけれどフライパンを投げ出すわけにもいかない。
 そのまま炒めておいてくれと言われてクラインは思わず驚きの声を漏らした。

 イースラはハイウルフの前に立ちはだかるようにして体にオーラをまとう。
 サシャとクラインと戦った時と変わりない真白な魔力が一瞬で体を覆い、指先から胴体、剣に至るまで同じ厚さをキープする。

「イースラ!」

「はっ!」

 ハイウルフはイースラから少し手前で大きく跳躍し、大きく口を開けて噛み砕こうと飛びかかる。
 離れて見ていてもとても素早くて、自分ならばかわせないとサシャは思わずイースラを心配する声を上げた。

「うわっ……すげぇ……」

 ハイウルフの牙をギリギリのところでかわしたイースラは刃を振り下ろしてハイウルフの首をはね飛ばした。
 ハイウルフの攻撃を完全に見切った回避も流石だしためらいのない攻撃、魔力をオーラとしてまとわせた鋭い一撃は人間にも負けない体格をしたハイウルフの首を容易く切断した。

 完璧な戦いに料理を炒めながらクラインも感心してしまう。

「ふぅ……なんなんだよ」

 イースラたちのいるところまでハイウルフはあまり出てこない。
 しかも群れで行動するはずのハイウルフが単体で出てきたということは何かのミスがあったなと思った。

「おい! 大丈夫か!」

 少し遅れてベロンが森の奥から走ってきた。

「これは……」

 走ってきたベロンが見たのは首が切断されて倒れるハイウルフと血のついた剣を持ったイースラであった。
 失敗したなとイースラは思った。

 急な襲撃だったために一撃でハイウルフを倒してしまった。
 もっと上手く、必死に抵抗したから倒しました感を出した倒し方もできたはずなのに、首が切り落とされていたら明らかにしっかりと倒しましたという感じが拭えない。

「……お前がやったのか?」

「えと……」

「ベロン!」

 ベロンが呆然としているとバルデダルたちも追いついてきた。

「これはどういうことですか?」

 ベロンが見たのと同じ光景を目にしてバルデダルたちも困惑したような顔をしている。

「これをやったのは……」

「俺だ」

「えっ?」

「俺が倒して、今剣の血を拭いてもらおうと思っていたんだ」

 どう誤魔化そうか。
 そんなことを考えていたら急にベロンがイースラのことを庇った。

 ハイウルフを倒したのは自分でイースラが血のついた剣を持っているのは血を処理させようと渡したからだと嘘をついた。

「ベロンがやったのなら……」

「それよりも! ハイウルフ逃すなんて危ないだろ!」

「すまねぇ……」

 どうやらハイウルフを逃してしまったのはデムソのようでベロンの叱責に気まずそうな顔をする。
 よく見ればなんでベロンが腰に差した剣ではなく予備の剣で戦ったのかとか疑問点はあるのだけど、それにバルデダルたちは気づくこともなくハイウルフを処理し始めた。

「後で話がある」

「……分かりました」

 他のみんなは誤魔化せたようであるが、ベロンだけはどうにかしなければならないなとイースラは思ったのであった。
「お前は何者だ?」

 討伐が見事完了してイースラたちは酒場に集まっていた。
 酒場で飲み会して無事を祝い働きを労うのがいつものことなのである。

 イースラたちは普段討伐に参加しないのでこれが初めての参加である。
 みんながテーブルについて食事を待つ中イースラはベロンに隅のテーブルに呼ばれた。

 同じ席にバルデダルもいて、ベロンは鋭い目をしてイースラのことを見ている。
 何者だという質問はイースラの正体も問うているのだが、どうやってハイウルフを倒したのかという意味でもある。

 ハイウルフは名前の通りハイである。
 普通のウルフがいて、ハイとつくウルフがいるのだ。

 何を持ってハイとつくのか。
 それは能力的にウルフよりも一段落上であるためにハイとついているのである。

 普通のウルフだって侮れば簡単に人間など倒してしまう。
 それなのに強いハイウルフを最も簡単に倒してしまっていた。

 それも特に抵抗した跡も攻撃された跡もなく一撃で首を切り落としていたのである。
 能力のある熟練した冒険者ならハイウルフも一撃で倒せるだろう。

 しかし子供であるイースラはおろか冒険者としてそれなりにやってきているベロンたちだって一撃で綺麗に首を切り落とすのは難しい。
 ただの孤児院出身のガキのはず。

 まともな剣すら握ったことがないのにどうやってハイウルフの首を切り落としたのかベロンは気になっていた。

「……変なものが体から出てきて」

 どこまで打ち明けるか迷った。
 全て打ち明けるつもりはないけれど適当に剣を振ったら倒せたなんて与太話で騙せるほどベロンもバルデダルもバカじゃない。

 嘘をつくのは好きじゃないが時には必要である。
 相手を騙したいなら嘘にほんの少しの本当を混ぜるのだ。

「なんだか分からなかったけど……二人を守ろうと必死で……」

 オーラを使えたことは隠さないで伝えることにした。
 ハイウルフを倒すのにただ剣を振り回したではどうしても説得力に欠けてしまう。

 ただあたかも今覚醒したかのように装う。
 元々オーラを扱えましたでは説明もめんどくさい。

 なので危機的状況で仲間を助けるためにオーラが目覚めたということにしておいた。

「確かに……そうした例もありますね」

 必要に迫られてオーラが使えるようになるという話は時々聞くものだった。

「ピンチでオーラが目覚めたか……」

 孤児院の子供が元々オーラを使えたなんて可能性を考えるよりもたまたま目覚めたオーラを使ってたまたまハイウルフを倒した可能性の方が現実味がある。

「お前、冒険者として活躍する気はあるか?」

「……あります」

 今の段階からオーラが扱えるならイースラには相当才能があるとベロンは思った。
 ベロンやデムソはオーラを扱えない。

 ポムは言うまでもなく、ベロンはギルドやパーティーとしての限界を感じていた。
 オーラを扱えることは冒険者として必須ではない。

 しかしオーラが扱えることと扱えないことの差は歴然であり、一人いるだけで冒険者パーティーとしての格が上がるといってもいい。
 オーラが扱えないベロンたちではこれ以上冒険者として上を目指すことは難しかったのである。

 そこにオーラが目覚めたイースラが現れた。
 まだ子供であるので過度な期待はできないがもしかしたらもう一段階上にいけるかもとペロンはニヤリと笑った。

「バルデダル……オーラと剣の扱いを教えてやれ」

「…………本当によろしいのですか?」

「構わないさ。正直ポムより見込みもありそうだ。なんなら残り二人もやる気がありそうなら教えてやれ」

「かしこまりました」

 回帰前は特に期待されることもなかったのだけど真面目にやってきたおかげか今回はサシャとクラインも少し目にかけてくれているようだ。

「それでは近く、訓練を始めましょうか」

「よろしくお願いします」

 実際キッチンで剣を振り回すのは無理があった。
 バルデダルに教えてもらえるなら堂々と訓練することができる。

 このことが凶と出るか吉と出るかはイースラにも分からない。
 けれど回帰前と明らかに違った関係を築き始めていることだけは確かだといえる。

「まあ今日はこれぐらいにしよう。あいつらも待ってることだしな」

 他のメンバーたちは別のテーブルでイースラの話が終わるのを待っている。
 チラチラと視線を向けているしこれ以上待たせておくのも酷である。

 せっかくのオーラユーザーの機嫌も損ねてはならないとベロンはテーブルを立ち上がった。

「行きますよ」

 バルデダルに促されてイースラもテーブルを移動する。

「それじゃあまず報酬の分配からだ」

 席についてまずやることは注文ではない。
 依頼の報酬や魔物を冒険者ギルドに引き渡して得られた代金は一度ベロンが受け取っている。

 それからちゃんとみんなにお金を渡していくというシステムをスダッティランギルドではとっていた。
 依頼成功後の飲み会で渡すのもいつもの習慣になっている。

「まずはガキどもだな。少ないけど受け取っとけ」

 ベロンは小袋に入れたお金をイースラたち三人に渡す。
 袋も小さければ重さも軽い。

「イースラは頑張ったようだから少しだけ多めだ」

 そうベロンはいうけれど少額硬貨が一、二枚多いというだけの話である。
 荷物持ちだけして討伐には参加していないのだ、もらえるだけありがたいので文句は言わない。
「こ、これだけ……」

 ポムは袋の中身を見て顔を歪ませている。

「それと配信で得られたパトロンもみんないくらか分けておく」

 ベロンがメニュー画面を呼び出して操作する。
 するとイースラたちの前に勝手に画面が現れる。

『ベロンから200ポイント送られました!』

 討伐依頼の報酬とはまた別に配信による収入もある。
 ただしスダッティランギルドの配信はごく普通の魔物討伐なので配信による利益はあまり良くない。

 だから配信による視聴数で得られたポイントやパトロンから送られたポイントは多いとは言えない。
 それでも分配するのだからそこだけは偉い。

「ただ200ポイントな……」

 もらっておいて何であるけれど少ないと思わざるを得ない。
 こうしたポイントは直接買い物ができる他にお金に交換することもできる。

 けれど200ポイントではほとんど何もできない。
 ポイントでの買い物も厳しいしお金に換えても子供のお小遣いにすらならない。

「あ、兄貴……もうちょっと……」

「何を言ってる? お前はカメラアイ持ってただけだろうが!」

 料理係の件以来ポムに対するギルド内での立場は弱くなっていた。
 ポムが食材費をある程度横領していた可能性はみんなどこかで分かっていた。

 けれどもイースラたちの作る料理のまともさを見て料理も不真面目だし思っていたよりもお金を使い込んでいたことが浮き彫りになってしまったのである。
 ともなってみんなの態度も冷たくなった。

 元々怠惰気味だったポムに対するわだかまりは大なり小なりあったのだろうとイースラは思っている。
 さらに今はイースラがオーラを使えることがわかった。

 ベロンですら改善の見られないポムに対して頭を悩ませていてポムの立場はもはや崖っぷちなのだ。
 今回の討伐もポムはカメラアイを構えてみんなを撮っていただけで戦ってもいない。

 そもそもポムはあまり戦力としても期待されていない。
 ポムがもう少し分け前を要求してもベロンは良い顔をしなかった。

「うっ……」

「これまでのこと考えるとお金に困るはずないよな?」

 これまでとは食材費のことである。
 ベロンはしっかりとしたお金を食材費として渡してくれていた。

 貧しい食事ばかりだったことを考えるとポムの懐に入った金額は決して少なくない。
 何に使っているのかベロンも知らないがそれだけの金があればさらに分け前を要求するなんてしなくてもいいはずなのだ。

「……な、何でもありませんでした」

 ベロンに睨まれてポムは引き下がるしかない。

「近々問題が起こるな」

 青い顔をしているポムを見てイースラはニヤリと笑ったのだった。

 ーーーーー

「ということで俺たちも分配します!」

「なんだよ、いきなり?」

 酒場でお腹いっぱい食べてギルドハウスに帰ってきた。
 晩御飯を作らなくてよくなったので夜の時間が余っている。

 ただ討伐に行ったから疲れているので早めに休むつもりだった。
 しかし寝る前にやることがある。

「お金もらってちょっと浮かれてるよな?」

「ん、ま、まあな」

 たとえ少なくともお金はお金。
 孤児院時代は自分のお金なんてなかったので少しでももらえればクラインやサシャにとっては嬉しいことである。

「あんなもんで満足しちゃあ……困っちゃうぜ」

「なにそのキャラ?」

 いつもと違うイースラにサシャは奇妙なものを見る目を向けている。
 イースラはお金をもらえる時を待っていた。

 クラインとサシャがイースラから離れていくことはないと思っているけれど世の中何があるか分からない。
 少しばかり別の要素においてもインパクトを与えてイースラと活動することの利益を浮き彫りにしておこうと考えていた。

「ふふ、見てろよ」

 イースラがメニュー画面を開いて操作する。

『イースラから10000ポイント送られました!』

「えっ!?」

「い、10000!?」

 クラインとサシャの前に画面が現れる。
 イースラからポイントが送られてきたという通知が表示されているのだが、その内容に二人ともひどく驚いた。

 なんと10000ポイントも送られてきたのである。

「どどど、どーゆうことだよ!?」

「何でこんなにたくさん?」

 実はイースラはオーラユーザーでありハイウルフを倒したということで200ポイントだったのだけどクラインとサシャは100ポイントしかもらっていなかった。
 100ポイントの二人からしてみると10000ポイントはおよそ100倍である。

 驚くのも当然だ。

「まだ配信そのものの収益化は出来てないけどパトロンがたくさんいるからな」

 イースラたちが行っている配信の調子はとても良かった。
 今現在世界に娯楽や余興は少ない。

 本などは高価で演劇なども頻繁に行くものではない。
 仕事や鍛錬で時間を使っても全ての時間を何かしていられるわけじゃない。

 そんな中で配信は良い暇つぶしになる。
 けれども配信は戦いがメインで血生臭い。

 多くの人にとって魔物を討伐する姿は興奮を覚えるものであるけれど中には苦手な人もいる。
 誰にとってもいい娯楽とはいかないのだ。
 血生臭い配信ばかりの中でのほほんと料理している配信があったらどうだろうか。
 埋もれて消えるか、あるいは血生臭い配信に飽きた人が集まるかである。

 埋もれる心配をしていたのだけどウイによって比較的注目されるように押し上げられた。
 子供が料理を作るという心穏やかに見られる配信は今のところ人気を博している。

 もっと続けてほしい。
 もっと色々料理を作ってほしい。

 そうした要望も兼ねてパトロンが贈られることも増えてきていたのである。
 子供のお小遣いにも満たないようなポイントをもらった直後にこうして大きなポイントを見せられれば自ずと二人の目の色も変わる。

「やってきたこと無駄じゃなかっただろ?」

「う、うん!」

 カメラアイで映されると結構恥ずかしかった。
 けれどもこうして数字として頑張った結果が見えると嬉しいものであるとサシャも嬉しそうにしている。

「でもさ」

「なんだ?」

「これってどうやって使うんだ?」

 ポイントを手に入れたのはいい。
 しかし肝心なのはポイントで何ができるかということである。

「それも説明してやるよ」

 スダッティランギルドでは配信について何も教えてくれなかった。
 回帰前でもそれは同じでイースラも自分でいじったりスダッティランギルドが無くなった後に出会った人に教えてもらって色々と知った。

 教えてもらったとて回帰前では何も変わらなかっただろうけど今回は知っておけば変わることは多い。

「メニュー画面開いて……これ」

 画面を指差して操作を教える。

「ポイントでやれることは二つ。一つは俺やベロンがやったようにポイントを送るってこと。知り合いなら個人間でも送り合えるし、何かの配信を見て送ればそれはパトロンになるんだよ」

「ふぅーん」

「そしてもう一つできるのがポイントで色々なものを買うことができるんだ。こっちの方がメインだな」

 ポイントを送り合ったってポイントが移動するだけである。
 なので使い道としては買い物に使うのがほとんどだ。

「今開いてもらったのはショップ画面だ。色々なものが売っててポイントで購入することができるんだよ」

 画面には色々なものが表示されている。
 二人にはわからないだろうからイースラが適当に画面を動かしてみると水や食料、武器や防具、道具や魔道具など様々なものがある。

「これをこうして……」

 イースラは試しにジュースを購入する。

「おわっ!?」

「なんか出てきたよ!」

 購入のボタンを押した瞬間イースラの手に陶器で作られたボトルが現れた。
 サシャとクラインはいきなり手の中にボトルが現れて驚いている。

 イースラはちょっと笑いながらコップを取り出して中身を注ぐ。
 オレンジ色の液体がコップに注がれてサシャとクラインは呆けたようにその様子を眺めている。

「ん、飲んでみ」

 イースラが二人にコップを渡す。
 サシャとクラインは一度顔を見合わせた後同時にジュースを飲んだ。

「ん! 美味しい!」

「うん! 甘くて……ちょっと酸っぱくてすごく美味しい!」
 
 三等分したので一人当たりの量はそんなに多くない。
 一気に飲み干してしまったのであっという間に空になったコップを見て目を輝かせている。

 柑橘系の果物を絞ったジュースで回帰前人にオススメされたこともある甘味の強いものだった。

「まあこんな感じで買ったものが手元に届く。基本的にはなんでも売ってるけどやっぱり良いものは高い。ただ売ってるのはモノだけじゃないんだ」

「モノだけじゃない?」

「どういうことだよ?」

「最初の頃にステータスってもん見ただろ?」

「そういえばそんなのあったね」

「開き方覚えてるか?」

「もちろん!」

「えーとどうやんだっけ?」

 サシャはサラッと、クラインは少し苦戦しつつステータス画面を開いた。
 ステータス画面の左側に並んでいるのは能力値である。

 力、素早さ、体力、器用さ、魔力、幸運という六つの値が数値化されて並んでいるのだ。

「あれ……?」

 ステータスを眺めていてサシャはあることに気づいた。

「なんだちょっとだけ数字が上がってる?」

 最初に見た時よりもステータスが上がっているように思えたのだ。
 サラッと見ただけだったので細かい数字こそ覚えていないものの幸運以外の数値が違っている。

「うん、上がってると思うぞ。体を鍛えて強くなれば実際にステータスも強くなるんだ」

 ステータスは変わらないものじゃない。
 鍛錬して強くなればその分ステータスにも反映されて強くなれる。

 大人になると能力の伸びは悪くなるが子供の今のうちはステータスを伸ばすのにも適した時期なのである。
 だから周りの目を盗んで鍛錬していたのだ。

「それは今はいいとして買えるモノとしてステータスを買うことができるんだ」

「ステータスを?」

「そうだ。力とか素早さとかそんなモノやステータス画面の右側に入るスキルなんかも購入できるんだよ」

「じゃあ強くなり放題ってことか?」

 ステータスを買えるなら買えるだけ買っておけば強くなれる。
 クラインの考えは間違っていない。

 ただし正しくもない。
「そう簡単にはいかないんだよ。ステータスはポイントで買えるけど買えば買うほど高くなってくんだ」

「高くなってく?」

「そうなんだよ。だから買い放題ってわけじゃない」

 配信ショップで買えるものは需要と供給によって値段が変わる。
 表示される値段はどの人でも一緒でたくさん買えば需要と供給の関係から少し値段が上がったりするけれど、基本的に値段の変動は少ない。

 その一方でステータスの値段は個人で異なっていて、さらに買えば買うほど劇的に上がっていく。
 ある程度ステータスを買ってあげてしまうともう手が届かなくなるので実質的には買い放題なんて買えることはないのだ。

「今はまだステータス買うなよ?」

「え、そうなのか?」

「今はまだ鍛えればステータスは上がる。でもそのうち頭打ちになる。その時に必要に応じてステータスを買って上げるんだ」

 今から買ってステータスを上げてしまうと限界が早く訪れてしまい、値段が上がったステータスも買えなくなってしまう。
 どうしても必要なら買うこともあるだろうけど今はまだステータスの購入に手を出すべきではない。

「だからポイントは取っとけ。そうだな……半分ぐらいは貯金だな。あとは好きに使え」

「分かった」

「ポイントの使い方で、買うっていうか……そんなのももう一個あるんだけどそれも教えておこうか。ついでに買い物もしてこよう」

 ーーーーー

「冒険者ギルド? ここで何すんだ?」

 備蓄はできてきたけど生物は溜めておけない。
 だから割と高い頻度で買い物にはいくのだ。

 ただ今日は買い物の前に冒険者ギルドにやってきた。
 ベロンなんかは依頼を受けるのに冒険者ギルドにやってくるけれどイースラ達にとってはまだ少し縁遠いところである。

 酒場を併設している冒険者ギルドの中は昼間なのにわずかにお酒の匂いがする。

「相変わらず変なの……」

 受付の方に視線を向けると白いローブに奇妙な仮面の人が身じろぎもせずにただ座っている。
 隣に座る冒険者ギルドの受付嬢もまるで置物であるかのように白いローブの配信者受付のことを気にしていない。

「あ、おい!」

 ここで何をするんだと思っているとイースラが配信者受付の方に歩いていく。

「何か御用ですか?」

 近づくイースラの方に顔を向けることもなく配信者受付が声をかける。

「ポイントを換金したい」

「どちらの貨幣で、何ポイントですか?」

「ソーダュシュ貨幣で1000ポイント」

「銅貨三枚で963ポイントになります」

「じゃあそれでお願いします」

 イースラはサラサラと話を進めていくけれどサシャとクラインにはイースラが何をしようとしているのかわからない。
 配信者受付が白い手袋をつけた手を空中で動かす。

 配信画面を操作しているように見えた。

「それではこちらを」

 配信者受付は受付の下から小袋を出して中から硬貨を三枚イースラの前に並べた。

「ありがとうございます」

「またぜひお越しください」

 イースラは硬貨を受け取るとニッコリと笑顔を浮かべて受付から離れる。

「何をしてたの?」

「お金を交換してもらったんだ」

 イースラは硬貨を見せる。

「ポイントを使ってお金を買う……こうして交換してもらえるんだ。どの国のどんなお金でも交換できる代わりにこうして直接受付に行かなきゃいけないんだよ」

 配信者受付ではポイントを換金することができる。
 換金だけは少し特殊で実際の受付に行かねばならないという変なルールがある。

 その一方で物やお金をポイントに変換することもできて、これは受付に行かなくてもできた。
 ともかく謎なルールなのである。

「とりあえずポイントで出来ることはこんぐらいだ」

 回帰前はこんなことも教えてもらえなかった。
 もしかしたらスダッティランギルドのみんなもちゃんと把握していない可能性すらある。

「色々なものがポイントで買えてステータスも買える。そしてお金だけはギルドに来なきゃいけない」

「その通りだ」

「そんでポイントは半分は取っとくって話だな」

「よくできました」

 サシャとクラインで教えた内容を軽く復唱する。
 難しい内容でもないので二人ともすぐに理解してくれた。

「んじゃついでに用事済ませて……買い物行くぞ」
 ある日ポムが顔を腫らして帰ってきた。
 左目のあたりが確証もないほどに赤紫色になっていたのだ。

 イースラも含めギルドのみんなはポムに何かがあったのに興味を示さない。
 唯一ベロンだけが何があったのだと聞いたけれどポムは何でもないと答えただけだった。

 みんなはポムに何が起きているのか興味もないし知らないようであるがイースラは何が起きているのか知っていた。
 数年後にスダッティランギルドは消滅する。

 その時にようやくイースラは独り立ちすることになるのだが、スダッティランギルドが消滅する時にはすでにポムはいなかった。
 ギルドにいないどころか死んでいるのだ。

 ポムはスダッティランギルドが無くなるよりもだいぶ前に路上で刺されて人知れず死ぬことになる。
 原因は金銭トラブル。

 ポムは賭け事の常習者であった。
 配信というやつは新たな闇も生んでいる。

 国が管理できないような場所で違法に人を戦わせる闘技場なんてものも配信されている。
 どちらの人が勝つのかということを賭けにして配信しているのである。

 ポムは賭けに参加していて横領した食材費もここで使われていた。
 だがそれだけでは足りない時にポムはお金を借りてまで賭けを行っていた。

 回帰前においては食材費に手をつけることで何とかしていたようだが、今回は料理係はイースラたちに取られてしまった。
 お金が無くなったポムがどうなるかなど想像するのは容易い。

 回帰前よりも早めに破滅の時が迫っているのだ。

「いつも偉いね。ほら、これおまけだよ」

「ありがとうございます!」

 ポムが破滅しようとイースラたちには関係ない。
 回帰前ではポムが破滅した結果イースラに料理係が回ってきたなんてことはあったが今回はもう料理係なので受ける影響もない。

 イースラたちはいつものように食料の買い出しを行なっていた。
 頻繁に買い物に行くものだからお店の人とも顔見知りになった。

 子供ながらによくやっていると評判も良くてみんな優しくしてくれる。

「……なんだか今日は色々ともらえるな」

 タイミングが良いのか行く店行く店でおまけなんかをもらえる。
 元々サシャも人当たりもいいので好かれる要素はある。

「あっ、あいつらです! あいつらが俺の仕事奪ったから……」

「ふん、あいつらなんだな? おい、逃すなよ!」

 結構荷物も多くなったのでそろそろ帰ろうと思っていたら昼前の心地よい賑やかさにそぐわない大きな声が聞こえてきた。
 なんだと思っていると数人の男がイースラたちの前に立ち塞がった。

「……なんだ?」

「よう、ちょっと話があるんだ」

 後ろから声をかけられて振り向くとポムがいた。
 萎縮したようなポム大柄の男に肩を組まれていて目のところがまたひどく腫れ上がっている。

 声をかけてきたのは大柄の男の方だった。

「なんですか?」

「ちょっとここじゃなんだから場所を移そうぜ?」

 ーーーーー

 男たちに囲まれるようにして移動して人気のない路地裏に連れてこられた。

「それでなんの用ですか?」

「ふん、お前のいう通り生意気そうだな」

 人気のないところに連れてくるぐらいなのだから良い用事でないことは間違いない。
 荷物がたくさんあって腕が疲れるから早く帰りたいのにとイースラは軽くため息をついた。

 大柄の男はイースラの態度が気に入らないように舌打ちする。

「まあいい。俺はジワラだ」

「そうですか」

 別にジワラに自己紹介してやる必要はないとイースラは淡々と返事を返す。

「俺はこいつに金を貸しているんだが……少し前から返済が滞っていてな」

「そ、それが私たちとなんの関係があるんですか?」

 ポムが借金していることはいい。
 そんなもの個人の自由であるので口を出すことではない。

 そして返済が滞っていることもイースラたちとは関係のないことである。
 なのになぜイースラたちを呼び止め、人気のない路地裏に連れてきて、ポムの借金のことなど話すのか。

 サシャもクラインも訳がわからない状況に怯えたような目をしている。

「あるさ。お前たちがこいつの仕事奪ったんだろ?」

「なに?」

「今までやっていた仕事ができなくなってそのせいで借金が払えなくなったんだよ」

 これまでポムは食材費に手をつけることでなんとか借金を返済してきた。
 しかし急に現れたイースラたちに料理番の役割を取られてしまったために借金返還のための当てがなくなった。

 首が回らなくなって返済が滞り、早く借金を返せと時々殴られていたから顔を腫らすことがあったのだ。
 自分の手持ちのお金を超えて借金をする許されない行いであるが金貸しにとっては金を借りて利子分まで返してくれるならどんな金でも構わない。

「全部お前らのせいだろ?」

 そしてポムは自らの責任をイースラたちに押し付けたのである。
 自らの至らなさで仕事を下されたというのにあたかもイースラたちが卑怯な手でも使ってポムから仕事を奪ったかのようにジワラに吹き込んでいた。

「こいつの借金……お前らに払ってもらおうか?」

 ポムは完全に怯えた顔をしてイースラたちのことを見もしない。
「見たところ……金はありそうだしな」

 イースラたちは両手に荷物を抱えている。
 少なくとも無一文ではなさそうだとジワラは思った。

「なんでそいつの俺らが払わなきゃいけないんだよ?」

「あぁ?」

「硬貨一枚だって払うつもりはないね」

 もう少し平穏な言い方はないのかとサシャとクラインはイースラのことを見る。

「払わなきゃコイツみたいになるぞ?」

「い、痛い……」

 ジワラはポムの髪を掴んで顔を上げさせる。
 そんなことしなくてもポムの顔が殴られて痛々しくなっていることは分かっていた。

「そのガキはまだガキだが……いい顔してやがる」

「キモッ……」

 ジワラがサシャのことを見て舌なめずりする。
 サシャはうっと顔をしかめてイースラの後ろに隠れるように移動する。

「そのガキ、こっちに来させろ」

「いやっ……」

「やめろ!」

 ジワラの命令でサシャに伸ばされた手をイースラが掴む。

「あっ?」

「やめろって言ってんだ。サシャには手を出させないぞ」

「イースラ……」

 サシャには手を出させない。
 イースラの姿にサシャは思わずドキッとしてしまう。

「やっちまえ」

 手を掴まれた男がジワラに視線を送る。
 ジワラは不愉快そうに顔を歪めると舌打ちしながら頷いた。

「放せよ!」

「イースラ!」

「ぐえっ!?」

 男がイースラを殴りつけようとした。
 しかしイースラは拳をひょいとかわすと逆に男の顎を的確に殴った。

 男はカクンと地面に膝をついて気を失って倒れた。

「なっ……」

「確かにそいつはギルドの先輩かもしれないけど俺はそいつの方が上だと思ったことは一度もない」

 地面に荷物を置いたイースラの体に白い魔力がまとわれる。

「何もしないのなら放っておいたけど俺たちに害をなす気なら許さないからな」

「こいつ……やっちまえ!」

 カッとなった男たちがイースラに殴りかかる。
 男たちはイースラの体にまとわれたものがオーラであるということが分かっていない。

 借金取りのゴロつきに戦いの心得などあるはずもなく乱雑な拳がイースラに向けられた。
 大人と子供の体格差は埋められない。

 力の差はどうしてもある。
 まともに正面から受けることは難しい。

 イースラは横から手を当てるようにしてパンチを受け流す。
 そしてオーラを多めに込めた拳を男の腹に叩き込んだ。

「すごい……」

 流れるような動きだった。
 攻撃を受け流して反撃する。

 たとえ子供の力でもオーラをまとった攻撃をまともに食らえば大人も悶絶するダメージがある。

「な、なんだコイツ……」

 あっという間に男たちはイースラによって倒されてしまった。

「く、くそっ!」

 ガキに負けたことなど噂になったら面目は丸潰れだ。
 金を返せと言っても鼻で笑われるようになってしまう。

 イースラが強いのではなく、イースラにやられた男たちが使えないのだとジワラは盛大に舌打ちする。
 これ以上恥を晒すことはできない。

 子供相手でももう容赦はしないと剣を抜く。

「いいのか?」

「何がだよ!」

「剣を抜いたらもう言い訳できないんだぞ?」

 素手だから負けた。
 油断していたから負けた。

 イースラに倒された男たちはまだそんな言い訳もできるだろう。
 だがしっかりと剣を抜いて戦ってしまうとイースラに負けたという事実はなんの言い訳もできなくなる。

「うるせぇ! ぶっ殺してやる!」

 素手相手、しかも子供相手に剣を抜いて負けるはずがないとジワラは切りかかる。

「雑だな」

 ジワラの剣をイースラは簡単にかわす。
 駆け引きもなければ鋭さもない。

 剣の振りは大きくてまともに剣の握り方すら学んだことがないのがよく分かる。

「な、なんで当たらないんだよ!」

「なんでか分かるか?」

 剣が何度も空を切ってジワラの体力も底をつく。
 一際大きな攻撃をギリギリでかわしたイースラはジワラと距離を詰める。

 ギュッと握って真っ直ぐに突き出された拳をジワラはかわすことができなかった。

「お前が弱いからだ」

「ぐふっ!」

 顔面を殴られたジワラは地面を転がる。
 ポムの前に倒れたジワラは鼻から血を流して痛みに悶えている。

 たとえ攻撃を受けても武器である剣を手放してはいけない。
 そんなこと常識なのにジワラは簡単に剣を手放してしまった。

 イースラはジワラが落とした剣を拾い上げる。

「おい」

「なっ……うっ……」

 声をかけられてジワラが顔を上げると剣が突きつけられていた。

「俺たちはコイツとは関係ない」

「わ、分かったよ……」

「俺たちに手を出そうとすれば俺が許さない。今度は鼻だけじゃ済まないからな」

「そ、そうだな。も、もうお前らには手を出さない……」

「ただ借金はちゃんと返さなきゃいけないからな……いくらだ?」

「借金は銅貨百枚だ……」

 結構借りてるなとイースラは思った。
 先程1000ポイントで銅貨三枚と交換した。

 銅貨百枚となるとポイントで考えると何万ポイントも必要となるような金額だ。

「半分の五十枚。俺が払ってやる」

「な、なに?」

「それでしばらく大人しくしといてもらえるか? あとはちゃんとコイツから返させるから」

「……まあ、半分払ってもらえんなら」

 サシャとクラインは驚いた顔をしている。
 銅貨五十枚でもかなり大きな金額だ。

 ひょいと払える額じゃない。
「んじゃこれにサインしてもらおうか」

 イースラが画面をいじると手の中に丸められた紙とペンが現れた。
 それに何かを書き込むとポムに紙を突きつけた。

「こ、これは?」

「契約書だ。俺たちが半分払ってやるんだから半分俺たちに借金するようなもんだろ? なら借金の契約書が必要だ」

 口約束で銅貨五十枚も払ってやるほどイースラもお人好しではない。
 当然貸し借りの証拠は残しておく。

「嫌ならいい。俺たちはこのまま帰って、お前は全部ちゃんと借金を返して、ついでに俺たちに押し付けようとして殴られた分の利子も払うだろうな」

 ポムは怪訝そうな顔をしたが、イースラとしては金貸しの連中をボコボコにした時点でもう終わっている話なので帰ってもいいのだ。
 ただしイースラたちが帰った後でポムがどうなるのか想像することは難しくない。

 返すあてもない大きな借金のみがただ残る。
 それだけではなくイースラたちがお金も払わずぶん殴られたことに金貸したちはポムに当たることになるだろう。

 少し目を腫らすだけじゃ済まない可能性すらある。
 ジワラの視線に気がついてポムは顔を青くする。

 イースラへの返事次第でイースラが言ったことが本当になると悟ったのだ。

「わ、分かった! だから半分頼むよ……ここに書けばいいんだな?」

 もはやポムに断ることなどできなかった。
 イースラから契約書とペンを受け取るとポムは慌てて名前を書く。

「これでいいのか……なんだこれ?」

 名前を書いたポムが契約書を返そうとすると契約書から光が飛び出してイースラとポムの胸に吸い込まれていった。

「これは契約書だ。ただしただの契約書じゃなくて魔法のな」

「魔法の契約書?」

 イースラは配信ショップにある中から契約書を購入した。
 けれどもただの紙ではなく魔法によって契約の内容が保証される特殊な契約書であったのだ。

 ポムが名前を書いたことによって魔法が発動した。

「そう、俺はお前に銅貨五十枚を貸す代わりにお前は俺の命令に従わなきゃいけなくなったんだ」

「はぁ!? なんだそりゃ!」

「なんの見返りもなく貸すわけないだろ。契約書はちゃんと読め」

 言わなかったことはずるいけれど文字としては小さくもなくちゃんと書いてある。
 読んだ場合だってポムに断る権利などないのは分かりきっているので堂々と条件として書き込んであったが、ポムはしっかり内容を読んでいなかったらしい。

「破棄もできるぞ。俺は構わない」

「うっ……」

 イースラのはっきりとした物言いにポムはたじろぐ。
 どうせ破棄などできない。

「よし、じゃあ五十枚払うから少しついてきてくれ」

「どこに行く?」

「買い物直後に銅貨五十枚なんか持ってない。だから換金してくるんだよ」

 そもそも買い物にそんなに大金は持ち込まない。
 買い物直後でお金もないのでどこからか持ってくる必要がある。

 イースラはポムとジワラを連れて冒険者ギルドに向かった。
 配信者受付でポイントをお金に交換する。

「ほらよ」

「確かに受け取った」

 イースラに殴られたところが痛んでジワラは顔をしかめる。
 しかし半分でも金は回収できた。

「残りの金は俺が返させる。もし逃げたりしたらこいつのこと捕まえて売り払って構わない」

「……分かった、お前に任せる」

 お金を払わずに他人に押し付けようとしたポムよりも腕が立ってちゃんとお金を渡してきたイースラの方が信頼できる。
 ジワラはひとまずイースラにポムを任せることにした。

「お、俺はどうなるんだ……」

「もう賭け事はやめろ。真面目に金を返すんだ。まずは金貸し、それから俺に金を返せ。そしたらお前は自由だ」

「そんな……」

「もし逃げたりまた賭け事に手を出したらベロンさんに言いつけるからな」

「そ、それだけは……!」

 いかにもクズなポムであるがベロンに対しては弱い。
 ポムはフラフラとしていたところを拾われてもらった恩があってベロンのことは本気で尊敬していた。

 ベロンにだけは賭け事に手を出して借金までしているとバレたくないのだ。
 だから殴られてもベロンに強く金の無心ができないのである。

「心を入れ替えろ。今からだ」

「…………はい」

 ポムは泣きそうな顔をして項垂れた。
 どうしてこんなことになったのか。

 ポムにはそれが分かっていなかった。
 魔法の契約書によって借金を返すまでポムはイースラの命令を聞かねばならなくなった。
 しかし命令を聞かせられるといってもポムの能力以上のことはできない。

 いきなりポムが変わりすぎても疑問に思われてしまうので基本的にはいつも通り過ごしてもらうことにした。

「良い感じだ……」

 だけども利用できるところではポムを利用する。
 朝の掃除をポムにやらせてその時間でアルジャイード式で魔力を運用することにした。

 魔力の量や使い方は後々重要になっていく。
 受け入れる土台の柔らかい子供のうちに魔力を鍛えておけば将来できることの幅は広がる。

 サシャもクラインもかなり体の中で魔力を動かすことに慣れてきている。
 やはり未来において優秀な魔法使いになるサシャの方が魔力が多くて扱いが上手い。

 ただクラインも筋は悪くなかった。

「……もし生きていたらオーラユーザーになっていたのかもしれないな」

 なんの教えもなく魔力を扱えるようになるのは稀な例でありオーラユーザーになることは難しい。
 しかし一度オーラユーザーとなって色々と知っているイースラと違って何も知らないのによくやっている。

「はーい」

 部屋のドアが控えめにノックされた。

「あの……掃除終わりました……」

 ポムの声だった。
 言いつけてあった朝の掃除が終わったらしい。

「二人とも終わりだ」

「うん」

「分かった」

 イースラが声をかけるとサシャとクラインは魔力運用をやめる。
 アルジャイード式で魔力運用をすると気分が良くなるのでサシャは好きだった。

 終わってしまうのがもったいないと思うほどである。

「お疲れ様」

「いえ……」

 イースラがドアを開けるとホウキとバケツを持ったポムが立っていた。
 上下関係を教えた日からポムはすっかりしおらしくなった。

 魔法による契約もあるしジワラたちをイースラは一人倒してしまったのだ。
 とてもじゃないがポムが太刀打ちできる相手ではなかった。

 さらに最近イースラに対するベロンの態度が柔らかくなったことも感じている。
 逆らえるような要素がない。

「俺たちは朝食の準備をするからあとは自由にしてて大丈夫だぞ」

「分かりました」

 食事係は大事な仕事なのでポムにやらせるつもりはない。
 イースラたちは台所に向かう。

「これはチャンスだ。挑戦してみるべきだ」

「でもダンジョンなんてクリアできるのかしら?」

「……なんか騒がしいな」

 下の階に降りてくるとリビングスペースにギルドのみんなが集まっていた。
 いつもならいない人がいたり朝食ができるギリギリに起きてくるのに珍しいなとクラインは思った。

「もうそんな時期か……」

 どうやら何かを話し合っているようで、イースラはみんなの様子を見て誰にも聞こえないように一人呟いた。

 ーーーーー

 イースラはクラインがどうなるのか知らない。
 なぜならクラインはどうなるのか分かる前に死んでしまったから。

 回帰前でもイースラたち三人はスダッティランギルドに引き取られた。
 希望もないような環境の中で日々必死に生きていた。

 そんな時にクラインは死んだのだ。
 まだ子供だった。

 無限の可能性を秘めていたのになんの明るい未来も見ることはなくクラインはイースラとサシャのところから旅立ったのである。
 その原因はダンジョンだった。

 もちろん要素としてギルドの力が足りないとか計画が甘かったとか、運も悪かったということはある。
 だがダンジョンがクラインの命を奪ったのだ。

「スダッティランギルドは新しく発生したダンジョンの攻略を行う」

 夕食後リビングスペースにみんなが集められた。
 そこでベロンは今後の方針を伝えた。

 町の近くに新しくダンジョンが出来た。
 その攻略をするとベロンは言うのである。

 時が来たとイースラは思った。
 クラインの命を飲み込み、奪って行ったダンジョンを攻略する時が再び訪れたのだ。

 今回は攻略しないという可能性もあると思っていたがやはりベロンはダンジョンに挑むようである。

「今回はイースラたち三人も連れていく」

「なっ……それはまだ危ないのでは?」

 ベロンの言葉に驚いたデムソが驚いて立ち上がる。
 イースラたちは連れていかないだろうと思っていたのにベロンはなんの躊躇いもなく連れていくつもりであった。

「危険は重々承知だ。しかし今回は連れていく」

「なんで……」

「不安は分かるが三人にはサポートに徹してもらう」

「…………」

 デムソは他の人を見る。
 文句を言いそうなポムはもちろんイースラの支配下にあるので文句など言えない。

 バルデダルは興味なさそうにお茶を飲んでいるしスダーヌは肩をすくめている。

「三人は納得してるのか?」

「イースラたちもそれでいいな?」

「俺たちも邪魔にならないように頑張ります」
 
 分かっていたかのようにイースラが頷いてデムソは顔をしかめる。
 実はこの話は事前にイースラは知っていたものだった。

 回帰前にダンジョンを攻略する時もイースラたち三人は連れていかれた。
 今と同じくサポートという名目で、長引くこともあるダンジョン攻略のために荷物持ちとして後ろからついていっていた。

 その時はデムソも特にイースラたちがいくことに反対はしなかったのだが、今回はイースラたちが真面目に働くので少しは気にかけてくれているようだ。