始業を告げるチャイムが学校中に鳴り響き、生徒も教師もこれから授業かと感嘆のため息を漏らす中、俺は極力静かに階段を上がり、踊り場で歩を止め、腰を下ろした。
サボり始めた当初はそれこそ罪悪感ともし見つかったらという不安に苛まれたものだが、今となってはもう慣れたものだ。
そんな俺の手の中には、ライトノベル小説が握られている。
俺の趣味は授業をサボってここで読書をすること。褒められるものではないと自覚はあるが、やめるつもりは毛頭ない。
もしバレてしまえば説教はされるだろうが、大した損害にはつながらないだろうと高を括っている。
両手で本を持ち、栞の挟まったページを開く。前回はかなりいいシーンで昼休みとなってしまい、仕方なく読書を中断し教室に戻ることとなったのだ。
今日こそは何者にも邪魔をされずに読書を終わらせる。そう思うのもつかの間、階段を登る足音が聞こえた。
俺は足音の主に聞こえないように軽く舌打ちをした。せっかくいいところなのに、俺の読書を邪魔する者は一体誰だ。
俺の視界の左端に上履きが映る。そして、それから間もなく、足音の主がわかった。
俺よりも少し小柄で華奢な体つきに、キッチリ整えられた制服、肩で揃えられた髪。
それはクラスでは明るい性格でよく知られた蓮見ルナの姿だった。
俺は正体がわかるや否や、本を顔の前に置いて、目を合わせないで済むようにした。
だが、思ってもみなかった光景に目を見開いた。
彼女の瞳から、一筋の雫が零れ落ちたのだ。
「なぁ」
俺は気が付けばそう声をかけていた。
「え、何」
普段の明るい彼女からは想像できない無愛想な返事が返ってきた。
本来交わる予定なんか無かったはずの俺たちは、この瞬間に、たった一粒の雫によって繋がったのだ。
「この本、貸してやる」
立ち上がった俺はそう言って困惑する彼女を差し置いて、本を手渡した。
やることを無くした俺は、渋々教室に戻ることにした。
幸いなことにまだ授業は始まったばかりだから、先生に対する言い訳は何個でも思いつく。
教室の後ろの扉を開き、廊下側最後尾の自分の席に座った。
「おい藤野、お前何してたんだ」
先生は黒板を書く手を止め、少し苛ついたように言った。
「すみません、お腹が痛くてトイレに」
俺の言い訳に先生はじゃあ両手を上げてみろと言った。
俺は先生の言う通りに両手を上げた。
「ふむ、本は持っていないな。ならいい」
先生は少し不服そうにそう言うと、再び黒板を書き始めた。
教室に戻ることになったのは元はといえば彼女に本を貸してしまったせいだが、それに救われたと考えると、本を貸してよかったと少しだけ思うことができた。
それにしても柄にもないことをした。
他の誰かに、それもほとんど会話も交わしたこともないただのクラスメイトに本を貸すなんて、本当にらしくない。
そんな事を考えながら、俺はとりあえず鞄から授業道具を取り出して机に置いた。
「はい、じゃあ今日はここまで」
しっかり復習しておくようにと、チャイムの音に負けない声量で先生は言った。
先生が教室から出ると、教室は喧騒で包まれた。もちろん、俺の席を除いてだが。
「ねえ」
そんな事を考えていた矢先、何故か俺は喧騒の種になりそうな人物に、教室の入り口から声をかけられた。
「なんですか」
俺の発言に、ルナはなんで敬語なのと言いながら俺の本を差し出した。
「あぁ、もう読み終わったのか。流石優等生。読解もバッチリだな」
柄にもなく饒舌に喋ると、声の主はなんか嫌味に聞こえると言った。
「ねえ」
デジャブを感じるほどに先程と同じような声で彼女は言った。
「なんですか」
それに便乗するように、俺も先程と全く同じように返す。
「今日の放課後、この教室に来て」
彼女の言葉に俺は思わず「なんで」と言葉を漏らした。
「俺がそこに行かないといけない理由は?」
俺の問いに彼女は少しも迷わずにないよと言い切った。
じゃあ行かないと言おうと口を開いた時、ふと彼女の方へ目線をやる。
そこには、まだあどけなさの残る高校生が日常生活で浮かべることなんてないであろう真剣な表情があった。
「五分で終わらせてくれ、それが条件」
俺の言葉に彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて「うん」と言った。
この瞬間から、俺が彼女、蓮見ルナを殺す物語は始まった。
そう、これは俺がルナを殺すまでの物語だ―。
サボり始めた当初はそれこそ罪悪感ともし見つかったらという不安に苛まれたものだが、今となってはもう慣れたものだ。
そんな俺の手の中には、ライトノベル小説が握られている。
俺の趣味は授業をサボってここで読書をすること。褒められるものではないと自覚はあるが、やめるつもりは毛頭ない。
もしバレてしまえば説教はされるだろうが、大した損害にはつながらないだろうと高を括っている。
両手で本を持ち、栞の挟まったページを開く。前回はかなりいいシーンで昼休みとなってしまい、仕方なく読書を中断し教室に戻ることとなったのだ。
今日こそは何者にも邪魔をされずに読書を終わらせる。そう思うのもつかの間、階段を登る足音が聞こえた。
俺は足音の主に聞こえないように軽く舌打ちをした。せっかくいいところなのに、俺の読書を邪魔する者は一体誰だ。
俺の視界の左端に上履きが映る。そして、それから間もなく、足音の主がわかった。
俺よりも少し小柄で華奢な体つきに、キッチリ整えられた制服、肩で揃えられた髪。
それはクラスでは明るい性格でよく知られた蓮見ルナの姿だった。
俺は正体がわかるや否や、本を顔の前に置いて、目を合わせないで済むようにした。
だが、思ってもみなかった光景に目を見開いた。
彼女の瞳から、一筋の雫が零れ落ちたのだ。
「なぁ」
俺は気が付けばそう声をかけていた。
「え、何」
普段の明るい彼女からは想像できない無愛想な返事が返ってきた。
本来交わる予定なんか無かったはずの俺たちは、この瞬間に、たった一粒の雫によって繋がったのだ。
「この本、貸してやる」
立ち上がった俺はそう言って困惑する彼女を差し置いて、本を手渡した。
やることを無くした俺は、渋々教室に戻ることにした。
幸いなことにまだ授業は始まったばかりだから、先生に対する言い訳は何個でも思いつく。
教室の後ろの扉を開き、廊下側最後尾の自分の席に座った。
「おい藤野、お前何してたんだ」
先生は黒板を書く手を止め、少し苛ついたように言った。
「すみません、お腹が痛くてトイレに」
俺の言い訳に先生はじゃあ両手を上げてみろと言った。
俺は先生の言う通りに両手を上げた。
「ふむ、本は持っていないな。ならいい」
先生は少し不服そうにそう言うと、再び黒板を書き始めた。
教室に戻ることになったのは元はといえば彼女に本を貸してしまったせいだが、それに救われたと考えると、本を貸してよかったと少しだけ思うことができた。
それにしても柄にもないことをした。
他の誰かに、それもほとんど会話も交わしたこともないただのクラスメイトに本を貸すなんて、本当にらしくない。
そんな事を考えながら、俺はとりあえず鞄から授業道具を取り出して机に置いた。
「はい、じゃあ今日はここまで」
しっかり復習しておくようにと、チャイムの音に負けない声量で先生は言った。
先生が教室から出ると、教室は喧騒で包まれた。もちろん、俺の席を除いてだが。
「ねえ」
そんな事を考えていた矢先、何故か俺は喧騒の種になりそうな人物に、教室の入り口から声をかけられた。
「なんですか」
俺の発言に、ルナはなんで敬語なのと言いながら俺の本を差し出した。
「あぁ、もう読み終わったのか。流石優等生。読解もバッチリだな」
柄にもなく饒舌に喋ると、声の主はなんか嫌味に聞こえると言った。
「ねえ」
デジャブを感じるほどに先程と同じような声で彼女は言った。
「なんですか」
それに便乗するように、俺も先程と全く同じように返す。
「今日の放課後、この教室に来て」
彼女の言葉に俺は思わず「なんで」と言葉を漏らした。
「俺がそこに行かないといけない理由は?」
俺の問いに彼女は少しも迷わずにないよと言い切った。
じゃあ行かないと言おうと口を開いた時、ふと彼女の方へ目線をやる。
そこには、まだあどけなさの残る高校生が日常生活で浮かべることなんてないであろう真剣な表情があった。
「五分で終わらせてくれ、それが条件」
俺の言葉に彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて「うん」と言った。
この瞬間から、俺が彼女、蓮見ルナを殺す物語は始まった。
そう、これは俺がルナを殺すまでの物語だ―。
