「僕だけ見てもらうから」と言った


「聞いてくれ!俺、とうとう付き合うことになったんだ~!」
 灯也(ともや)の報告に、(まもる)は弁当から顔をあげ、「まじ!」と叫んだ。
「すげーじゃん!おめでとう!」
「ありがとー!ずっと相談乗ってくれたおかげだよ!」
 二人は、軽快にハイタッチして拳をごつんと合わせる。顔を真っ赤にして喜ぶ灯也に、衛もじんと胸に染み入るものがある。
「よかったなあ。ほら、食え!俺の気持ちだ!」
「やったー!サンキューな!」
 衛が差し出したハンバーグに、灯也はかぶりつく。互いに笑顔しかないような状態だった。
「あっ、でな、だから、これからは俺、彼女と飯食おうと思ってさあ」
「お、いいじゃん」
「関係作ってきたいし、彼女と行動することも増えると思う」
「うん」
 衛は頷く。灯也はもぐもぐ口を動かしながら、ご機嫌に言う。
 そうか。そりゃそうだよな。付き合うってそういうことだもんな……。今までみたいにはいかないよな。何、友達の幸せだろ。
 ちょっとさみしさを隠して聞いた。
「だから、二人とも!俺がいなくても仲良くしろよな!」
 灯也の言葉に、衛は固まった。
 灯也は、衛と、もう一人の仲間の怜生(さとき)に笑いかける。超いい笑顔だった。
「あっ」と、衛は悟った。
 灯也のやつ、ちょっといなくなること増えるんだよな?ってことはつまり。
 衛は、対面で牛乳飲んでる怜生を見た。いつもながら、超秀麗な顔が、ジャムパンを一口ほおばっていた。さっきの流れにも、いまの言葉にも我関せずって顔で、のんびり咀嚼している。
 こいつとずーっと二人きりになるってことか!
 衛は箸を握りしめた。


 困ったことになった。
 衛はトイレで一人、頭を抱えていた。これから怜生と二人でメシ?行動?マジで無理!
 怜生――貴島怜生(きじまさとき)とは二年から同じクラスで、友達の友達ってことで、灯也に引き合わされた。
 新学期で灯也と意気投合して、「じゃあメシ食おうぜ」ってなったら「もうひとり誘いたいのがいる」って灯也が言った。そしてそれが怜生だったというわけだ。それについてはいい。けど。
「全然、仲良くないんだよなあ〜……」
 怜生とはこの半年一緒にいるけど、ずっとカテゴリは友達の友達だ。たぶんそれは相手もそうだと思う。だって全然あいつ、灯也としか話さないもんな。
 灯也が遅れるとかなんとかで二人っきりになると、いつも話しかけても生返事だし気まずい沈黙で、ひたすら灯也を心待ちにする。それが二人の関係だ。それが、これから、かすがいである灯也が、いない?
「まじか~……」
 そりゃ、灯也とは友達でいたいし、彼女ができたってつるんでたいから、グループ解散はありえない。けど、怜生と仲良くできるかと言うと。
「はあ」
 正直、未知数だった。


 洗面所から出ると、怜生が待っていた。
「行く?」
「あ、おう」
 ぎこちなく、二人で歩き出す。
 会話?一切ない。
 何がどう嫌かって、気まずいって感じてるのは、恐らく自分だけってところだ。怜生からすると、どうでもいいって感じで、そこがまたきつかった。灯也とは仲いいけど、その友達である自分とはしいて関係作らなくてもいいし、空気が重くても窒息しないです、そんなタイプの人種だ。
 今だって話題を探そうとするそぶりもなく、ぼうっと歩いてる。友達じゃないなら、案山子でもなんでも構わないって顔してる。つまり俺の精神だけが削られるという寸法だった。
 それなら、衛ももう居直って無視してればいいのだが、一緒にいる相手に案山子扱いされるのはきつい。
 会話、会話!これをいい機会ととらえ、なんとか距離を詰めようと試みる!
 衛は勇んだ。
「あのさ、なんかよかったよな」
「何が?」
「灯也のやつ。ずっと好きだったじゃん。恋って実るもんなんだな〜」
「灯也はいいやつだから、当然じゃない」
「まあ、そうだけど、そういう意味じゃなくてさ!漫画みたいに甘酸っぱいなあって」
「ふーん」
 ふーんておま。
 いつもこうなんだよ。いつもこうなんだよ、コイツ!
 まあ灯也に対しても大体こんなんだけど、本当、灯也のやつ、何が楽しくてコイツとつるんでるの?俺にはわからないよ。灯也のことは好きみたいなのは、こういった会話からわかるんだけどさあ。
 灯也~~助けて~~~!
 衛は心の中で叫ぶ。泣きたい気持ちでいると、「あのさ」と怜生が言ってきた。おっ珍しい。衛はちょっと嬉しくなって顔を明るくした。
「何?」
「無理に話しかけなくていいよ。灯也のために僕たちつるんでるだけなんだし」
「は」
「とりあえず、隣にいる人。空気みたいなもの。そんなかんじでよろしく」

 俺、近重衛(このえまもる)、思わず絶句。
 そうですね。そうできたら、俺もいいんですけど。あいにく俺は、空気じゃないのでね!灯也、お前よくこんなんと仲良くできるな!前から思ってたけど、お前度量広すぎじゃね?
 何なんだろうな〜なんでコイツこんな感じで生きてこれたんだろう。こういうこと言ってて様になっちゃう落ち着いた感じの美形ってのが、いいのかな。被弾しない女子は「素敵」って言ってるよな。俺はそうは思わんけど!
「あのな、怜生君」
 怜生は色のない目で衛を見下ろす。話聞いてました?って顔をしている。
「一方的に決めないでくんない?確かに俺たちは、友達の友達だし、一個も仲良くないけどさ」
 衛はずばりと切り出した。こうなったら言いたいこと言ってやる、どうせ一緒にいなきゃいけないなら遠慮したら終わりだ。
「灯也のためにつながり存続させる以上、すり合わせは必要と思うんだわ」
「……何?話したいってこと?」
「お前とじゃなくてな。俺は飯は楽しく食いたいし、空気と歩く趣味はない」
「それ、全部衛くんの都合じゃない?」
 ぶっつんと思考が切れる。思うより先に言葉が出ていた。
「そーですね!すり合わせっつったけど、俺も合わせてほしくはないしね。だから、俺、ぬけるわ!」
 怜生は、ぴたりと足を止めた。衛は息を整える。
 もう完全に売り言葉に買い言葉だったが、結構その通りだと思った。
「友達の友達と仲良くする義理なんてねえし。俺は灯也とだけ仲良くできりゃいいんだから。灯也には悪いけど、俺はぬける」
「……は」
「お前はひとりでいろよ。嫌な空気と飯食うくらいなら、ボッチの危険はらんでも今から別のグループに入る努力する」
 じゃな。
 そう言って衛は、すたすた歩いて去ってやった。

 あ~~~~~~すっきりした!本当に、半年越しにすっきりした。あいつ、ずっとあんな感じで、まじうざかったんだよな!灯也、お前には悪いけど、まあ許せ!お前はいいやつだから俺の入る予定のグループにだってすぐ入れるし、究極怜生は一人でも待ってるだろ。あいつ一人で平気そうだし。だから安心して、彼女と幸せにな!
 内心高笑いで、衛は美術室へと入っていった。


 授業が終わって、衛はさっそく別のグループに声かけた。そしたら案外すんなり入れてもらった。
「灯也たちはいいの?」と聞かれたので、「解散した」と言ったら、なんとなく察してくれたらしい。
 飯を食って、だべった。知り合いたての独特の空気ってのも楽しいよな。仲良くなれるように頑張ろ。
「衛~!解散ってどういうこと!?」
 話を聞いたらしい灯也が、すぐに飛んできた。「喧嘩別れ」と衛は説明する。
「すまん、俺、ぶっちゃけるんだけど。どうしても怜生くんとは気が合わないんだわ」
 と手を合わせる。灯也は「え~」と頭をかいた。
「まあ、そんな気配はしてたけど」
 してたんかい。ちょっと心の中で突っ込む。
「なんとかならねえ?怜生、悪い奴じゃねえよ?」
「そりゃ、お前の度量が広いからだよ。俺、自分を空気扱いするやつは無理」
「えっどういうこと?」
 
 顛末を話すと、「あ~」と灯也が、頭を抱えた。
「そりゃあいつが悪いわ。ごめんなあ」
「いや、灯也が謝ることじゃねえよ。けど、俺は楽しく過ごしたいし、その努力をしてくれる人とつるみたいからさ」
「いや、ごめん、違うんだ。あいつ本当に口下手でさ」
「えー……」
 いや、灯也、口下手でも、さすがに許せるレベルとかあんぞ。いくらお前の友達でも……そう思うけど、灯也が申し訳なさそうに「ごめん」と言うので黙る。
「ずっと衛に嫌な思いさせてたんだよな。でも、今回のことはあいつの頼みでさ……」
「は?」
「いや、グループ存続したいって」
「はあ……?」
 衛は、首をかしげた。存続したい、あいつが。意外に思ったのも一瞬で、すぐ得心がいく。
「怜生くん、灯也のこと大好きだもんな。そりゃわかるけど」
 灯也が俺のことを大事にしてくれてるのは、あいつもわかるだろう。だから俺のことは空気でも、灯也のためにグループは残したい、そういうことだな。と納得していると、灯也が「違う違う」と手を振った。 
「もう言っちゃうけど。お前と仲良くしたいんだって」
「ん?」
「言っとくけど俺へのリップサービスとかじゃないから。そもそもあいつが、俺たちにくっついてくるのそれで」
 はい?
 衛は、宙を仰いだ。意味が解らん。
 わからんが、灯也が話すにはこうらしい。
 怜生は、一年の時から、自分のことが気になっていた。
 そしたらおあつらえ向きに、灯也と自分が友達になったので、入れてくれと灯也に頼んできたらしい。
「きっかけは作ったんだから、あとはなんとかしろよって言ったんだけど……はあ……」
 灯也の弱り切った顔を見ながら、衛は「うっそ~」と笑いたかった。いや、実際、「うっそ~」って感じなのだが、灯也の疲弊に彫りが深くなった顔を見ていると、そんな空気でもない。
「え~」
「とりあえず、ちょっと一回話してみてくれないか?本当に悪いんだけど……」
 灯也が、手を合わせて、頼んできた。その顔は自分への申し訳なさと、怜生への友達がいに満ちている。
 友達にここまで頼まれて、また、怜生という人間との新たな可能性を提示されて。
「いーけど」
 衛は断る男ではなかった。