翌朝、涼太がいつものように俺の家へと迎えに来た。
「蓮、おはよう」
いつもと同じ言葉なのに、どこか違う。
涼太の喋り方が学校の時とまるで同じだ。
「おはよう」
俺がいつものようにぶっきらぼうに返すと、涼太は目を細めて微かに笑った。
その笑顔に、思わずドキッとする。
二人きりのときはいつも冷たかったくせに、いきなり優しく笑って見せるから不意をつかれたようで落ちつかない。
学校へと歩みを進めるが、いつもと違う雰囲気にどこか緊張してしまう。
ーー気まずい。いつもとは違う意味で。
「蓮、手貸して」
気まずい空気を破った蓮の一言。その突然の言葉に戸惑った。
「…は?なんで?」
「いいから」
訳も分からず手を差し出すと、涼太は迷いなくその手を握った。
「な、何を…」
「蓮って冷え性だったよね。手、あっためてあげる。」
そう言うと、俺の手を自分の片手と一緒にポケットに入れる。
指先に伝わる体温と、密着した手の感触。
何これ?どういう状況?昨日の今日でこの変わりようは何?
内心パニックになった俺は、口をパクパクさせたまま固まっていた。
「手、あったかいでしょ?」
甘ったるい涼太の声が脳に響き、余計に混乱する。
こいつに振り回されてたまるか。
ようやく我に返った俺は、勢いよく手を振りほどき、そのまま前を向いて早歩きで進んだ。
その瞬間、ふわっと暖かさが残る。鼻先をくすぐるフローラルな柔軟剤の匂い。昔から嗅ぎ慣れていた、涼太の匂いだった。
「…おい、お前、何して…」
「学校ではこんなことできないし、蓮は俺を受け入れてくれるって言ってたからこれくらい近づいても良いでしょ?はい、俺のこのマフラー使って。」
さらりと言って涼太は俺の首にマフラーをかける。
涼太に身を任せているこの時間だけ、流れが遅く感じた。
受け入れる、なんて言ったか? …いや、言ったかもしれない。でも、こんな風に迫られるとは思ってなかった。
二人きりのときは冷たかったはずの涼太が、こんなにも距離を詰めてくるなんて、想像つくはずもない。
「…涼太、ありがとな。俺、用事あるから先行くわ。」
涼太を慌てて突き放した俺は、学校までそのまま走って行った。
心臓が鳴り響いて止まないのは、きっと走ったせいだ。
先に教室に入ると、またいつものように橘と貝塚が出迎える。
「今日は佐伯と一緒じゃねえのな!休みか?」
冷たくされていても涼太とは毎日一緒に登校していたから、橘が休みだと思うことも無理はないだろう。ましてや俺が置いていったなんてきっと誰も思わない。
「多分もうすぐ来る。」
一言だけ言って、自席に向かおうとすると、貝塚に引き止められる。
「お前ら、後ろ見ろ…」
後ろには息を切らして、額に少し汗を垂らした涼太が立っていた。
「うわっ!」
驚いた橘の声に、つい俺まで驚きそうになる。
それにしても涼太が早すぎる。俺が走ってさっき着いたばかりなのに、涼太はその後すぐ到着した。額に汗を滲ませていたし、わざわざ追いかけてきていたに違いない。
「今日は寝坊して蓮に置いていかれちゃってさ。走ってきたんだよね。」
「なるほどね…」
「佐伯でも寝坊することあるんだな!」
涼太の嘘に二人が納得したように頷いているのを見て、俺は少しだけ安心した。
あのことを話されたら困るのは俺なんだよ。涼太はきっと恥ずかしくもなんともないだろう。むしろ、言いたいに違いない。
よし、こいつらをさっさとおいて自分の席へ行こう、と間を潜って移動することにした。
すると、涼太はいつものように「待って!」と追いかけてきて、俺の前の席に座った。
「蓮、用事あるんじゃなかったの?」
「あー、もう済んだ。」
「そっか。俺のマフラーは暖かかった?」
俺の見え透いた嘘をさらっと躱し、見つめながら急にそんなことを言われたせいで、俺の耳は意思に反して熱を持った。しかも、おさまれと念じても全く効かないときた。
涼太は元々学校ではやけに距離が近かったが、今日はさらに拍車がかかっている気がする。
一刻も早く涼太の視線から逃れたかった俺は、席を立ち上がろうかと考えたけれどよりによって橘と貝塚の姿が見当たらない。
「涼太、俺の顔に何かついてんのか。」
そんなわけないことは分かっているのに、ついそんな言葉を口にしてしまう。
「何も?」
「じゃあ何で見るんだよ。その優しそーな目が逆に怖いわ。」
俺が言うと、涼太は少しだけ目を開いたあとくすっと笑った。
「好きな人のことはずっと見ていたいでしょ?それに、蓮が受け入れるって言ってくれたし。」
涼太にとっても「受け入れる」という言葉は、俺が思っている以上に重くて、持つことができるか不安だった。
あいつの態度が変わったのは本当にこれで良かったのか…なんて、考えがよぎる。
少しだけ、俺の反応が無責任だったんじゃないかとも思えてきて、胸の中が少しモヤモヤしてきた。
でも、どうすれば良かったんだろう。涼太が俺の気持ちをどう受け取っているのか、まだよく分からないから、結局何も答えられない自分が情けなくもあった。
もう少し涼太の気持ちに寄り添ってみるべきだ、なんてことを考えている間に、涼太は俺の机に肘をつき、更にじっとこちらを見つめてきた。
「蓮、可愛い」
「……褒めても何も出ねーぞ。」
「本当のこと言っただけだよ?」
涼太はどこか楽しそうに笑って、俺の肩にぽんと手を置いた。
揶揄われているとは分かっているが、その一言が追い打ちをかけるように、ますます熱を帯びていくのを感じた。
「蓮、昼休み、一緒に食べない?」
「いつも食ってるじゃん」
「違うよ。今日は二人きりで、屋上で。」
涼太はまた、優しい笑みを浮かべた。俺がその笑顔に負けてしまいそうになるのが嫌だったけれど、それでも、心の中でなんとか踏ん張っていた。
「……好きにしろ。」
そう言って顔をそらすと、胸の高鳴りを感じながらもなんとか涼太の目を避けた。
でも、その後に涼太が「やった」と小さく呟くのを聞いてさらに心臓が跳ねたのは、気のせいじゃないのかもしれない。
「蓮、おはよう」
いつもと同じ言葉なのに、どこか違う。
涼太の喋り方が学校の時とまるで同じだ。
「おはよう」
俺がいつものようにぶっきらぼうに返すと、涼太は目を細めて微かに笑った。
その笑顔に、思わずドキッとする。
二人きりのときはいつも冷たかったくせに、いきなり優しく笑って見せるから不意をつかれたようで落ちつかない。
学校へと歩みを進めるが、いつもと違う雰囲気にどこか緊張してしまう。
ーー気まずい。いつもとは違う意味で。
「蓮、手貸して」
気まずい空気を破った蓮の一言。その突然の言葉に戸惑った。
「…は?なんで?」
「いいから」
訳も分からず手を差し出すと、涼太は迷いなくその手を握った。
「な、何を…」
「蓮って冷え性だったよね。手、あっためてあげる。」
そう言うと、俺の手を自分の片手と一緒にポケットに入れる。
指先に伝わる体温と、密着した手の感触。
何これ?どういう状況?昨日の今日でこの変わりようは何?
内心パニックになった俺は、口をパクパクさせたまま固まっていた。
「手、あったかいでしょ?」
甘ったるい涼太の声が脳に響き、余計に混乱する。
こいつに振り回されてたまるか。
ようやく我に返った俺は、勢いよく手を振りほどき、そのまま前を向いて早歩きで進んだ。
その瞬間、ふわっと暖かさが残る。鼻先をくすぐるフローラルな柔軟剤の匂い。昔から嗅ぎ慣れていた、涼太の匂いだった。
「…おい、お前、何して…」
「学校ではこんなことできないし、蓮は俺を受け入れてくれるって言ってたからこれくらい近づいても良いでしょ?はい、俺のこのマフラー使って。」
さらりと言って涼太は俺の首にマフラーをかける。
涼太に身を任せているこの時間だけ、流れが遅く感じた。
受け入れる、なんて言ったか? …いや、言ったかもしれない。でも、こんな風に迫られるとは思ってなかった。
二人きりのときは冷たかったはずの涼太が、こんなにも距離を詰めてくるなんて、想像つくはずもない。
「…涼太、ありがとな。俺、用事あるから先行くわ。」
涼太を慌てて突き放した俺は、学校までそのまま走って行った。
心臓が鳴り響いて止まないのは、きっと走ったせいだ。
先に教室に入ると、またいつものように橘と貝塚が出迎える。
「今日は佐伯と一緒じゃねえのな!休みか?」
冷たくされていても涼太とは毎日一緒に登校していたから、橘が休みだと思うことも無理はないだろう。ましてや俺が置いていったなんてきっと誰も思わない。
「多分もうすぐ来る。」
一言だけ言って、自席に向かおうとすると、貝塚に引き止められる。
「お前ら、後ろ見ろ…」
後ろには息を切らして、額に少し汗を垂らした涼太が立っていた。
「うわっ!」
驚いた橘の声に、つい俺まで驚きそうになる。
それにしても涼太が早すぎる。俺が走ってさっき着いたばかりなのに、涼太はその後すぐ到着した。額に汗を滲ませていたし、わざわざ追いかけてきていたに違いない。
「今日は寝坊して蓮に置いていかれちゃってさ。走ってきたんだよね。」
「なるほどね…」
「佐伯でも寝坊することあるんだな!」
涼太の嘘に二人が納得したように頷いているのを見て、俺は少しだけ安心した。
あのことを話されたら困るのは俺なんだよ。涼太はきっと恥ずかしくもなんともないだろう。むしろ、言いたいに違いない。
よし、こいつらをさっさとおいて自分の席へ行こう、と間を潜って移動することにした。
すると、涼太はいつものように「待って!」と追いかけてきて、俺の前の席に座った。
「蓮、用事あるんじゃなかったの?」
「あー、もう済んだ。」
「そっか。俺のマフラーは暖かかった?」
俺の見え透いた嘘をさらっと躱し、見つめながら急にそんなことを言われたせいで、俺の耳は意思に反して熱を持った。しかも、おさまれと念じても全く効かないときた。
涼太は元々学校ではやけに距離が近かったが、今日はさらに拍車がかかっている気がする。
一刻も早く涼太の視線から逃れたかった俺は、席を立ち上がろうかと考えたけれどよりによって橘と貝塚の姿が見当たらない。
「涼太、俺の顔に何かついてんのか。」
そんなわけないことは分かっているのに、ついそんな言葉を口にしてしまう。
「何も?」
「じゃあ何で見るんだよ。その優しそーな目が逆に怖いわ。」
俺が言うと、涼太は少しだけ目を開いたあとくすっと笑った。
「好きな人のことはずっと見ていたいでしょ?それに、蓮が受け入れるって言ってくれたし。」
涼太にとっても「受け入れる」という言葉は、俺が思っている以上に重くて、持つことができるか不安だった。
あいつの態度が変わったのは本当にこれで良かったのか…なんて、考えがよぎる。
少しだけ、俺の反応が無責任だったんじゃないかとも思えてきて、胸の中が少しモヤモヤしてきた。
でも、どうすれば良かったんだろう。涼太が俺の気持ちをどう受け取っているのか、まだよく分からないから、結局何も答えられない自分が情けなくもあった。
もう少し涼太の気持ちに寄り添ってみるべきだ、なんてことを考えている間に、涼太は俺の机に肘をつき、更にじっとこちらを見つめてきた。
「蓮、可愛い」
「……褒めても何も出ねーぞ。」
「本当のこと言っただけだよ?」
涼太はどこか楽しそうに笑って、俺の肩にぽんと手を置いた。
揶揄われているとは分かっているが、その一言が追い打ちをかけるように、ますます熱を帯びていくのを感じた。
「蓮、昼休み、一緒に食べない?」
「いつも食ってるじゃん」
「違うよ。今日は二人きりで、屋上で。」
涼太はまた、優しい笑みを浮かべた。俺がその笑顔に負けてしまいそうになるのが嫌だったけれど、それでも、心の中でなんとか踏ん張っていた。
「……好きにしろ。」
そう言って顔をそらすと、胸の高鳴りを感じながらもなんとか涼太の目を避けた。
でも、その後に涼太が「やった」と小さく呟くのを聞いてさらに心臓が跳ねたのは、気のせいじゃないのかもしれない。
