「佐々木ー、今日イライラすることあってさ。カラオケ行かね? 貝塚もいるぞ」
放課後。賑やかな廊下とは対照的に、静まり返った教室に橘の声が響く。
「歌わなくてもいいなら行く」
「お前はいつも歌わねえな。音痴か?」
貝塚に挑発された……というわけではない。悔しいけれど、ただの事実だ。
言い方ってものがあるだろうけど。
「分かってんなら聞くな」
軽く流すように返すと、背後から涼太の声が降ってきた。
「俺もカラオケ行きたい。ストレス発散したいなら付き合うよ。愚痴くらい聞かせて」
涼太は目を細めながら橘の肩をトンと叩く。
「さ、佐伯〜! お前やっぱいいやつだなー! 行こうぜこの野郎!」
「おい、ちょ、やめろって」
橘にじゃれつかれ、涼太は嫌そうにしながらも、どこか楽しそうだった。
——久しぶりに見る表情だった。
思いっきり笑っている姿を見るのはいつぶりだろう。
涼太の楽しそうな姿に、思わず昔の姿を重ねてしまう。
そんなことを考えていると、不意に思考が途切れる。
「蓮、聞こえてる?」
気づけば、涼太の顔が目の前にあったから。
「あ、ごめ……って、顔、近い」
いつの間にか、橘と貝塚の姿はない。
「先に行ったよ」
そう言って軽く笑う。最近、こいつと目が合うことが妙に多い。避けるのも不自然で、どうしたらいいのかわからない。
「つい見ちゃってた。……悩んでる顔、綺麗だったから。」
まるで心を読まれたようなタイミングでそんなこと言うから、図星を突かれた時のように思わずドキッとしてしまう。
お前こそ、綺麗な顔をしてるくせに。
そのとき、涼太の目がわかりやすく揺れた。しまった、と言うように唇を噛み、まるで気まずそうに視線を逸らすと、涼太は足早に教室を出ていった。
「……おい!」
一瞬遅れて、俺も後を追った。
走っている間、涼太の吐いた言葉について考えていた。
恋愛はよく分からないし、自意識過剰かもしれない。
完全なる直感だけどーーあいつは、俺が好きなのか?
なんて、もっとマシな冗談があるだろ。
そう思いながらも、涼太に追いつくまでの間この直感を完全に冗談だと受け入れることはできなかった。