「隣のイケメンどちら様?」

イケメンを堂々とイケメンと言ってのける優太の胆力は遥にはないものだ。羨ましいと思う時もある。特にこういう場面では。遥は葉山を優太に簡単に紹介する。

「葉山明希、さっき声かけられたんだ。知り合いが居ないんだって」

「初めまして葉山明希です、よろしく」

「おー、俺清水優太。遥とは小学校からの腐れ縁なの。しかし…葉山本当顔が良いな、周囲だけなんか光ってるもん」

「そんなわけ無いよ」

「いやいやマジで、ここだけファッション誌の表紙って言われても違和感ないし。てか遥、早速友達出来てんの?早くね?クラス替えの度に知り合い居なかったらどうしよう、って怯えてたのに…成長しちゃって」

「辞めろやその言い方」

オヨヨ、と泣き真似をする優太を遥が睨みつけた。この調子だと新しいクラスで知り合いが1人も居らず、最初は昼休みの度に他クラスに逃げていた過去も暴露しかねない。シンプルに恥ずかしいから釘を刺しておかないといけない。葉山は遥と優太のやりとりをじっと眺めている。

「…2人とも、仲良いんだ」

(…?)

一瞬、何故か葉山の目つきが鋭くなった気がしたが気のせいだったようだ。優太はいきなり遥の肩に腕を回した。

「まあね、小中高一緒だし。幼馴染みたいなもん?流石に高校は危うかったな、遥が」

「余計なこと言うな」

「判定ギリギリで志望校変えろって言われてたもんな」

「逆にお前はあんなに遊んでて何で余裕で受かってるんだ」

「要領良いからね、俺」

笑いながらバシバシ肩を叩く優太に苛立ち、無理矢理腕を外しにかかる。優太のこうゆうデリカシーのないところは時々イラッとしてしまう。まあ要領が悪い遥を馬鹿にすることはないからなんだかんだと縁は続いているのだが。でなれければとっくに付き合いを辞めている。

すると突然葉山に肩を掴まれて、彼の方に引き寄せられた。え?と葉山の顔を見上げた。彼は175の遥より大きいので見上げる形になる。葉山は眉間に皺を寄せ、目が笑っていなかった。

「…葉山?」

「…肩に大きい虫、ついてたよ」

「え?マジ?」

さっきまで葉山の手が触れていた場所をマジマジと見る。遥は虫が嫌いなのでバシバシ、と手で虫がいたであろう場所を叩く。

「俺も虫苦手で、でも放っておいたら桜井びっくりするかなって」

だからさっき妙に険しい顔をしてたのか、と遥は納得した。

「ありがとう、俺も虫駄目なんだよ。多分気づいたらパニクってた」

そんな会話を交わす遥の横で「虫なんていたか?」と呟く優太の声は聞こえなかった。

ここでたむろってても仕方ないと教室に移動するか、と優太が言い出した。すると葉山が「ごめん」と謝った。

「俺学年主任に呼ばれてて、一緒に行けない」

「何、入学早々やらかしたん?」

「んなわけねぇだろ」

すかさずあり得ないことを言い出す優太に遥がやや乱暴に突っ込む。

「新入生代表の挨拶をして欲しいってこの前電話が来て。その最終打ち合わせかな」

「新入生代表?え、凄くね」

優太の言葉に遥は頷く。新入生代表とは入試の成績が良い生徒に声をかけると聞いたことがある。トップが断ったら2番目、それも駄目なら次…という風に。つまり葉山は新一年生の中でトップの成績の可能性がある、と。

(顔も良くて頭も良いのか。マジで隙がねぇな)

同じ人間、男なのにこうも違うと妬む気すら起きてこない。葉山が緊張する様子はどうにも想像出来ないが、取り敢えず激励の言葉をかける。

「頑張れ、どんなのか楽しみにしてるから」

「プレッシャーかけないでよ、緊張する」

「葉山緊張しなさそうだろ」

「まあ、あんまりしたことないけど」

「ないのかよ」

下手に謙遜しないところは好感が持てる。葉山は軽く手を放って教務室のある反対側に向かって行った。2人になった優太が「なあ」と声をかけて来る。

「周りがめっちゃ見てるの気づいてた?」

「気づかなかったら馬鹿だろ」

「だよなー。俺こんなに見られたことないわ、メッチャモテてる?って勘違いしそうになる」

3人でいた遥達はかなり目立っていた。視線の先にいるのは葉山であり、遥と優太は視界にすら入ってないだろう。

「てかさ、お前葉山に話しかけられて緊張しなかったん?なんか既に仲良かったけど」

「緊張したわ、何で俺?って。でも話すと普通の奴だよ。変に気取ってないし」

「分かる、イケメン特有のこっちを下に見てる感じがないんだよ。あの感じだと、すぐ友達100人くらい出来そうじゃね」

「だよな」

偏見が過ぎると思ったが、取り敢えず遥も同意する。知り合いが居ない、と不安そうだった葉山。その様子が昔の自分を彷彿とさせ、勝手に親近感すら抱いていた。しかし、葉山を周りが放っておくことはあり得ない。そのうち似たようなキラキラした人種に声をかけられ、似たような人間とつるんで行く。最初に声をかけた遥とはひっそりと疎遠になっていく、そんな予感がしていた。寂しいが、仕方のないことだと自分を納得させる。そもそも住む世界が違いすぎるのだ。優太も同じことを考えているようだった。