「……どうして?」
「なにが?」
「僕、まだ何もしてないよね。それなのにどうして健ちゃんに言わなかったの?」
 隠してしまったズルさが、バレずにすんだ安堵と混ざって心地悪く広がる。健ちゃんに言えなかったのは自分なのに、僕は神崎のせいにしようとしている。
「何もしてなくない、から」
 とても小さな、神崎の声とは思えない、弱い響きが耳に届く。
「どういうこと?」
「覚えてないなら、いい」
「覚えてないって、どういうこと」
「今日はもう終わりにする」
 立ち上がった神崎が、机に広げたものを乱暴にリュックへ放り込む。
「ちょっと待っ……」
 神崎の腕へと手を伸ばすが、勢いよく振り払われてしまった。神崎は何かを言いかけるように口を開いたが、すぐに閉じてしまう。唇の先を噛みしめるだけで言葉にはしてくれない。なんだよ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃないか。
「僕が思い出せばいいの?」
 はっと神崎が僕を見る。眉間の皺はなくて。大きく見開かれた瞳が揺れている。知ってほしい。思い出してほしい。俺を見てほしい。強く訴えるような視線を、僕はどこかで……。
「思い出せないなら、いい」
 神崎が先に視線を逸らし、プリントを掴んで歩き出す。僕は追いかけることができなかった。