朝の事件があったからか、今日提出の課題があったにも関わらず、僕は誰にもノートを貸さずにすんだ。高校に入って初めてのことだ。
「なあ、今日ずっといるよな?」
横に並んだ戸村が、こそっと聞いてくる。季節は秋に向かっているはずだが、グラウンドを少し走るだけで汗が流れていく。体育は隣のクラスと合同で、準備運動を兼ねたランニングはタイムを競うものではない。誰が近くにいてもおかしくはないのだけど。僕の後ろには神崎がいた。一定の距離を保ってぴったりと。
「なんか、番犬みたいじゃね?」
「番犬?」
「今日ずっと小鳥遊のまわりにいるやつにガン飛ばしまくってただろ」
「僕のまわりっていうかみんなに対してじゃない?」
おかげで中川のグループどころか、いつも掃除当番を変わってほしいと頼んでくる他クラスのやつも回れ右して帰っていった。神崎の変身に興味を持った女子たちは遠目に見ていたけど。
「小鳥遊は大丈夫なん?」
「僕? 僕はべつに大丈夫だよ」
昨日はいろいろ言われたが、今日は朝ぶつかりそうになっただけで、何かされてはいない。常に睨まれてはいるけれど、これが神崎にとっての普通な気もする。眉間の皺が消えたところをまだ見ていないし。
「ならいいけど……」
後ろへ視線を向けた戸村がびくっと肩を跳ねさせる。
「すげえ睨まれた。ちょっと先行くな」
呼び止める間もなく、戸村は前のグループへと行ってしまう。
これは間接的に被害に遭っていると言えなくもないのでは? 頼みごとをしてくるやつが来なくなったのはいいけど、普通に友達として付き合いたいやつにまで避けられているのだから。
「おい」
気づけば、神崎が隣に並んでいた。しかも僕に話しかけてる? 驚きに揺れる心臓を、弾む呼吸に重ねて落ち着かせようと試みる。
「なに?」
「あいつと仲いいのか?」
神崎の視線が前を走る戸村へと向けられる。
「戸村くん? 普通に友達だけど」
「ふーん」
ふーん、て。一体なんのための質問なんだ。
「ほかには?」
「ほかって?」
「だから、ほかに仲いいやつはいるのかって」
イライラと尋ねられ「なんで?」という疑問でいっぱいになる。けれど、いまは体育の授業中で神崎を怒らせてトラブルになるのは避けたい。
「まあ、みんな普通に友達っていうか、クラスメイトだよ。特別仲がいいわけじゃないけど悪くもないよ」
ちょうどゴールしたタイミングで校舎の前を歩く健ちゃんを見つける。授業ないのかな。こちらには気づくことなく昇降口へと入ってしまった。たった一瞬姿を見ただけ。それだけで、ランニングで疲れた僕の体は軽くなり
「あ、でも」
浮き上がった心地のまま言葉が自然と飛び出す。
「健ちゃ……河野先生とは幼馴染だから、仲いいかな」
「はい、集合」
「――」
笛の音とともに先生の声が響き、僕は神崎がなんて言ったのかわからなかった。
「なあ、今日ずっといるよな?」
横に並んだ戸村が、こそっと聞いてくる。季節は秋に向かっているはずだが、グラウンドを少し走るだけで汗が流れていく。体育は隣のクラスと合同で、準備運動を兼ねたランニングはタイムを競うものではない。誰が近くにいてもおかしくはないのだけど。僕の後ろには神崎がいた。一定の距離を保ってぴったりと。
「なんか、番犬みたいじゃね?」
「番犬?」
「今日ずっと小鳥遊のまわりにいるやつにガン飛ばしまくってただろ」
「僕のまわりっていうかみんなに対してじゃない?」
おかげで中川のグループどころか、いつも掃除当番を変わってほしいと頼んでくる他クラスのやつも回れ右して帰っていった。神崎の変身に興味を持った女子たちは遠目に見ていたけど。
「小鳥遊は大丈夫なん?」
「僕? 僕はべつに大丈夫だよ」
昨日はいろいろ言われたが、今日は朝ぶつかりそうになっただけで、何かされてはいない。常に睨まれてはいるけれど、これが神崎にとっての普通な気もする。眉間の皺が消えたところをまだ見ていないし。
「ならいいけど……」
後ろへ視線を向けた戸村がびくっと肩を跳ねさせる。
「すげえ睨まれた。ちょっと先行くな」
呼び止める間もなく、戸村は前のグループへと行ってしまう。
これは間接的に被害に遭っていると言えなくもないのでは? 頼みごとをしてくるやつが来なくなったのはいいけど、普通に友達として付き合いたいやつにまで避けられているのだから。
「おい」
気づけば、神崎が隣に並んでいた。しかも僕に話しかけてる? 驚きに揺れる心臓を、弾む呼吸に重ねて落ち着かせようと試みる。
「なに?」
「あいつと仲いいのか?」
神崎の視線が前を走る戸村へと向けられる。
「戸村くん? 普通に友達だけど」
「ふーん」
ふーん、て。一体なんのための質問なんだ。
「ほかには?」
「ほかって?」
「だから、ほかに仲いいやつはいるのかって」
イライラと尋ねられ「なんで?」という疑問でいっぱいになる。けれど、いまは体育の授業中で神崎を怒らせてトラブルになるのは避けたい。
「まあ、みんな普通に友達っていうか、クラスメイトだよ。特別仲がいいわけじゃないけど悪くもないよ」
ちょうどゴールしたタイミングで校舎の前を歩く健ちゃんを見つける。授業ないのかな。こちらには気づくことなく昇降口へと入ってしまった。たった一瞬姿を見ただけ。それだけで、ランニングで疲れた僕の体は軽くなり
「あ、でも」
浮き上がった心地のまま言葉が自然と飛び出す。
「健ちゃ……河野先生とは幼馴染だから、仲いいかな」
「はい、集合」
「――」
笛の音とともに先生の声が響き、僕は神崎がなんて言ったのかわからなかった。



