昼休みの社会科準備室に、ぱん、と小気味いい音が響く。健ちゃんが僕の前で両手を合わせていた。
「頼むよ、小鳥遊。一週間だけでいいから。勉強見てやって」
 見慣れた光景に、いつもは「仕方ないなあ」と嬉しささえ含んで答えるが、今回ばかりはうまく笑顔を作れない。
「いやー、あれはさすがに」
 困りごと、頼みごと、クラスで何かあるときはいつも頼られる。面倒だなと思うこともあるけど、健ちゃんの頼みなら許せてしまう。健ちゃんの役に立ちたくてこの高校を選んだ。でも。
「自分から『話しかけるな』って言ってたし」
「まあ、そうなんだけど。そういうのをこじ開けてやるのが学級委員だろ」
「先生の仕事じゃないの?」
「同い年のほうがいいんだよ、こういうのは」
「でも……」
「無事終わったら、好きなところ連れていってやるから」
「好きなところ?」
「海でも山でも」
「遊園地でも水族館でも?」
「おお、いいぞ」
 神崎に話しかけるのも、ましてや勉強を教えるなんて面倒だしムカつくに決まっているけど。健ちゃんとのデートのためなら、やるしかない。
「わかったよ」
「ありがとう。空がいてくれてよかった」
 こういうときだけ名前で呼ぶの、ほんとズルい。そう思いながらも頬が緩むのを抑えられなかった。