「健ちゃん、あのさ」
「ん?」
「僕、健ちゃんのことが好きだったんだ」
とても自然に、自分でも驚くほど簡単に、言葉が滑り落ちた。
そら、と健ちゃんが驚いた顔をする。でも、本当は僕のほうが驚いている。伝えることはないと思っていたから。そう思っていた時点で、僕の健ちゃんへの想いは憧れに近いものだったのだろう。
「だから健ちゃんの役に立ちたくて、そばにいたくて、頑張ってきたんだけど。僕さ」
ガラリ、とドアが音を響かせる。振り返ると同時、ぐん、と強い力で腕を引っ張られた。
「神崎?」
僕の腕を掴んだ神崎が「これ、終わったんで」とプリントを健ちゃんに押し付ける。
「先生、もう帰るんですよね」
「あ、ああ。そうだけど」
ちら、と健ちゃんが僕を見る。僕は「大丈夫」と伝えるように小さく、けれど強く頷く。
「僕たちもすぐ帰るから、河野先生は帰って大丈夫だよ」
「……わかった。気をつけて帰るんだぞ」
健ちゃんは小さく息を吐き出し、僕と神崎それぞれに視線を向けてから歩き出した。
スーツの背中を見送っていると、唐突に視界がドアで遮られる。驚き見上げれば、神崎がぐっと苦しげに眉を寄せていた。
「好きなの?」
「えっ」
落ちてきた言葉に、心臓が跳ねる。
「空は、先生のことが好きなの?」
震えを必死で抑え込むような声だった。言葉にすること自体が痛くて苦しくてたまらないというような。
「――違うよ」
腕を掴む神崎の手に、そっと触れる。僕より大きくて少し冷たい。
「健ちゃんのことは好きだったけど、いまはもう違う」
重ねたてのひらから僕の熱が神崎に流れていく。ゆっくり同じ温度へと変わっていく。
「違うから、健ちゃんにもちゃんと言っておかなきゃいけないと思ったんだ」
自覚した想いをかたちにするために。自分がどこに立ちたいかを、何を望んでいるかを確かめるために。
「僕が、好き、なのは……」
ドクドクと鼓動が内側で膨らむ。健ちゃんにはあんなにあっさり言えたのに、声がうまく出せない。ただ名前を口にする、それだけでいいのに。
「すき、なのは……」
俯けたくなる顔を必死で上げたままにする。神崎の視線を離さないように。
――空くんなんか大嫌い。
不意に耳奥で蘇った声に、喉が詰まる。嫌っていないと神崎は言っていた。でも、じゃあ、どうして嫌いだと言われたのか。いじめられたのか。大事な答えをもらっていなかったことに気づく。……こわい。伝えなきゃ、と思っていた勢いが急激に引いていく。いまは近くにいてくれるけど、また急に離れてしまうかもしれない。気持ちを伝えることで嫌われてしまうかもしれない。
「……っ」
「そら?」
泣きそうだったのは神崎のはずなのに。唇を噛んでも震えが止まらない。神崎の顔が滲んでいく。言いたい。言いたいのにこわい。返事を期待したつもりはなかったのに、なんて言われるのかわからなくてこわくなった。
「ん?」
「僕、健ちゃんのことが好きだったんだ」
とても自然に、自分でも驚くほど簡単に、言葉が滑り落ちた。
そら、と健ちゃんが驚いた顔をする。でも、本当は僕のほうが驚いている。伝えることはないと思っていたから。そう思っていた時点で、僕の健ちゃんへの想いは憧れに近いものだったのだろう。
「だから健ちゃんの役に立ちたくて、そばにいたくて、頑張ってきたんだけど。僕さ」
ガラリ、とドアが音を響かせる。振り返ると同時、ぐん、と強い力で腕を引っ張られた。
「神崎?」
僕の腕を掴んだ神崎が「これ、終わったんで」とプリントを健ちゃんに押し付ける。
「先生、もう帰るんですよね」
「あ、ああ。そうだけど」
ちら、と健ちゃんが僕を見る。僕は「大丈夫」と伝えるように小さく、けれど強く頷く。
「僕たちもすぐ帰るから、河野先生は帰って大丈夫だよ」
「……わかった。気をつけて帰るんだぞ」
健ちゃんは小さく息を吐き出し、僕と神崎それぞれに視線を向けてから歩き出した。
スーツの背中を見送っていると、唐突に視界がドアで遮られる。驚き見上げれば、神崎がぐっと苦しげに眉を寄せていた。
「好きなの?」
「えっ」
落ちてきた言葉に、心臓が跳ねる。
「空は、先生のことが好きなの?」
震えを必死で抑え込むような声だった。言葉にすること自体が痛くて苦しくてたまらないというような。
「――違うよ」
腕を掴む神崎の手に、そっと触れる。僕より大きくて少し冷たい。
「健ちゃんのことは好きだったけど、いまはもう違う」
重ねたてのひらから僕の熱が神崎に流れていく。ゆっくり同じ温度へと変わっていく。
「違うから、健ちゃんにもちゃんと言っておかなきゃいけないと思ったんだ」
自覚した想いをかたちにするために。自分がどこに立ちたいかを、何を望んでいるかを確かめるために。
「僕が、好き、なのは……」
ドクドクと鼓動が内側で膨らむ。健ちゃんにはあんなにあっさり言えたのに、声がうまく出せない。ただ名前を口にする、それだけでいいのに。
「すき、なのは……」
俯けたくなる顔を必死で上げたままにする。神崎の視線を離さないように。
――空くんなんか大嫌い。
不意に耳奥で蘇った声に、喉が詰まる。嫌っていないと神崎は言っていた。でも、じゃあ、どうして嫌いだと言われたのか。いじめられたのか。大事な答えをもらっていなかったことに気づく。……こわい。伝えなきゃ、と思っていた勢いが急激に引いていく。いまは近くにいてくれるけど、また急に離れてしまうかもしれない。気持ちを伝えることで嫌われてしまうかもしれない。
「……っ」
「そら?」
泣きそうだったのは神崎のはずなのに。唇を噛んでも震えが止まらない。神崎の顔が滲んでいく。言いたい。言いたいのにこわい。返事を期待したつもりはなかったのに、なんて言われるのかわからなくてこわくなった。



