吹奏楽部の練習音。窓の向こうの運動部の掛け声。放課後を形作るものは変わらない。変わったのは、教室へ差し込む夕陽が早くなったことくらいだろう。
「ここはこの公式を使えば解けるよ」
「あー、そっちか」
僕が教科書を指し示せば、神崎がすぐにプリントへ式を並べていく。健ちゃんも言っていたが、神崎の成績は悪くないのだろう。悪くないどころか理解の速さをみるに、僕よりよかったりして。
「あ、こっちも解けそう」
神崎が解答欄を埋めていくのを眺めながら、懐かしさが胸を満たしていく。
――ここはこの数を入れるとできるよ。
――ほんとだ。すごい。
拙い自分の説明をちゃんと聞いてくれた神崎。問題が解けたら喜んでくれて、すごいと何度も言ってくれて。
――嫌いになってなんかない。
今朝の会話を思い出し、トクトクと心臓が速くなる。嫌いになったわけじゃないなら、どうしていじめられたのだろう。楽しかった頃の思い出が重なれば重なるほど、疑問は膨らんでいく。
「おー、解けたわ」
な、と顔を上げた神崎の声は弾んでいて。細められた目は睨んでなどいなくて。僕に謝れたからだろう、昨日までの態度が嘘のようだった。
「あと二枚か」
神崎の言葉に、机へと視線を向ける。健ちゃんにもらったプリントは全部で十枚。昨日と今日の二日で八枚終わった。金曜日を待たなくても明日には終わるだろう。この調子なら今日終わらせることもできてしまう。微かな冷たさを感じ、心臓がきゅっと縮まった気がした。
「今日はここまでにする」
「ああ、うん」
明日までは続くんだとわかって、ほっと息がこぼれる。縮んだ心臓が一瞬で動きを取り戻し、じわりと熱が広がっていく。これじゃあ、まるで神崎との時間を喜んでいるみたいだ。神崎に謝られたから? 嫌われていたわけじゃないとわかったから? 自分が乗り越えていたことに気づいたから? そのどれもが答えのようで答えではない気がする。
「――空?」
不意に降ってきた名前に顔を上げれば「大丈夫か?」と覗き込まれる。耳に並ぶピアスが、差し込んだ夕陽に縁取られ、鼻の奥がツン、と痛み出した。
当たり前に自分を呼ぶ声が聞けなくなったことを思い出す。突然変わってしまった相手にどうしていいかわからなくて戸惑ったことも。僕はずっと悲しかった。悲しくて寂しくて仕方なかった。気づいてほしかったのは僕も同じ。求めていたのは僕も同じだった。
あのさ、と声を出しかけたところで、チャイムが鳴る。完全下校まであと三十分。健ちゃんにプリントを渡さないといけない。でも。
「ピアス、いくつ付けてるの?」
一体何を聞いているのだろう。でも、なんか、この時間をもう少し引き伸ばしたかった。
あー、と神崎が指を折る。
「十年、だから十個だな」
「十年?」
「俺たちが会えなかった期間」
なんの躊躇いもなく、当然のように放たれた言葉に、すぐには頭が追いつかない。だって、それって……。
ぶわりと顔が熱くなって、一気に体温が上がる。
「空?」
「あ、えっと、じゃあ、帰ろうか」
おう、と小さく答える声は拾えたけれど、僕は神崎の顔をうまく見ることができなかった。
「ここはこの公式を使えば解けるよ」
「あー、そっちか」
僕が教科書を指し示せば、神崎がすぐにプリントへ式を並べていく。健ちゃんも言っていたが、神崎の成績は悪くないのだろう。悪くないどころか理解の速さをみるに、僕よりよかったりして。
「あ、こっちも解けそう」
神崎が解答欄を埋めていくのを眺めながら、懐かしさが胸を満たしていく。
――ここはこの数を入れるとできるよ。
――ほんとだ。すごい。
拙い自分の説明をちゃんと聞いてくれた神崎。問題が解けたら喜んでくれて、すごいと何度も言ってくれて。
――嫌いになってなんかない。
今朝の会話を思い出し、トクトクと心臓が速くなる。嫌いになったわけじゃないなら、どうしていじめられたのだろう。楽しかった頃の思い出が重なれば重なるほど、疑問は膨らんでいく。
「おー、解けたわ」
な、と顔を上げた神崎の声は弾んでいて。細められた目は睨んでなどいなくて。僕に謝れたからだろう、昨日までの態度が嘘のようだった。
「あと二枚か」
神崎の言葉に、机へと視線を向ける。健ちゃんにもらったプリントは全部で十枚。昨日と今日の二日で八枚終わった。金曜日を待たなくても明日には終わるだろう。この調子なら今日終わらせることもできてしまう。微かな冷たさを感じ、心臓がきゅっと縮まった気がした。
「今日はここまでにする」
「ああ、うん」
明日までは続くんだとわかって、ほっと息がこぼれる。縮んだ心臓が一瞬で動きを取り戻し、じわりと熱が広がっていく。これじゃあ、まるで神崎との時間を喜んでいるみたいだ。神崎に謝られたから? 嫌われていたわけじゃないとわかったから? 自分が乗り越えていたことに気づいたから? そのどれもが答えのようで答えではない気がする。
「――空?」
不意に降ってきた名前に顔を上げれば「大丈夫か?」と覗き込まれる。耳に並ぶピアスが、差し込んだ夕陽に縁取られ、鼻の奥がツン、と痛み出した。
当たり前に自分を呼ぶ声が聞けなくなったことを思い出す。突然変わってしまった相手にどうしていいかわからなくて戸惑ったことも。僕はずっと悲しかった。悲しくて寂しくて仕方なかった。気づいてほしかったのは僕も同じ。求めていたのは僕も同じだった。
あのさ、と声を出しかけたところで、チャイムが鳴る。完全下校まであと三十分。健ちゃんにプリントを渡さないといけない。でも。
「ピアス、いくつ付けてるの?」
一体何を聞いているのだろう。でも、なんか、この時間をもう少し引き伸ばしたかった。
あー、と神崎が指を折る。
「十年、だから十個だな」
「十年?」
「俺たちが会えなかった期間」
なんの躊躇いもなく、当然のように放たれた言葉に、すぐには頭が追いつかない。だって、それって……。
ぶわりと顔が熱くなって、一気に体温が上がる。
「空?」
「あ、えっと、じゃあ、帰ろうか」
おう、と小さく答える声は拾えたけれど、僕は神崎の顔をうまく見ることができなかった。



