家に帰り、僕は早速本棚にあった卒業アルバムを広げる。
「神崎、神崎……いないよな」
写真を辿っていくが、神崎は見つからない。中学校、小学校、保育園と遡ってみたが『神崎』という名前自体が見当たらなかった。
「名字が変わったとか?」
下の名前を思い出そうとするが、なかなか出てこない。自己紹介のときも自分では名前言わなかったよな。でも健ちゃんは黒板に書いてくれたはず。必死で記憶を巻き戻し、健ちゃんの声を思い出す。
「たしか、ゆ、ゆう――優一」
ユウイチ、と口にしたことで懐かしさと苦さが同時に込み上げ、ばくばくと心臓が激しく鳴り出す。待って。優一って、ユウイチくん? まさか、と思いつつも、記憶は勝手に巻き戻っていく。
入学したクラスで隣の席だったこと。放課後はふたりでばかり遊んでいたこと。ユウイチくんは算数が苦手で、僕がいつも教えていたこと。とっても仲が良かったはずなのに。ある日、突然。
――空くんなんか大嫌い。
なにが起きたのかちっともわからなかった。昨日まで楽しくおしゃべりをしていた相手が、僕の持ち物を壊し、クラスメイトに僕と話したら絶交だと言う。なにか怒らせるようなことをしただろうか。何度聞いても答えてはもらえなくて、ただ意地悪ばかりされる日々。それは二年生になってユウイチくんが転校するまで続いた。
「神崎が、あの、ユウイチくん……?」
二度と会いたくない、思い出したくない相手。忘れたい記憶だった。だからこそ、顔を見ても気づけなかったのだろう。そして、いまは怒りとか悔しさとかよりも、神崎の訴えるような視線が、なにかを伝えようとして口を噤む、その表情が気になっている。
「もしかして謝ろうとしてた、とか?」
ふっと声がこぼれ、追いかけるように笑いが落ちていく。まさか、と思いながらも打ち消せない。だって、神崎は僕のことを忘れていなかった。
「言えばいいのに……いや、言えないか」
昔イジメてたやつだけど、なんて。言えないよな。むしろ僕が思い出さないほうが、都合がいいのでは? でも、神崎は思い出してほしそうに見えた。僕が覚えていないことに傷ついているようにも。
「そんなことないか」
からりとした自分の声に、押し込め続けたものはとっくになくなっていたのだと気づいた。
「神崎、神崎……いないよな」
写真を辿っていくが、神崎は見つからない。中学校、小学校、保育園と遡ってみたが『神崎』という名前自体が見当たらなかった。
「名字が変わったとか?」
下の名前を思い出そうとするが、なかなか出てこない。自己紹介のときも自分では名前言わなかったよな。でも健ちゃんは黒板に書いてくれたはず。必死で記憶を巻き戻し、健ちゃんの声を思い出す。
「たしか、ゆ、ゆう――優一」
ユウイチ、と口にしたことで懐かしさと苦さが同時に込み上げ、ばくばくと心臓が激しく鳴り出す。待って。優一って、ユウイチくん? まさか、と思いつつも、記憶は勝手に巻き戻っていく。
入学したクラスで隣の席だったこと。放課後はふたりでばかり遊んでいたこと。ユウイチくんは算数が苦手で、僕がいつも教えていたこと。とっても仲が良かったはずなのに。ある日、突然。
――空くんなんか大嫌い。
なにが起きたのかちっともわからなかった。昨日まで楽しくおしゃべりをしていた相手が、僕の持ち物を壊し、クラスメイトに僕と話したら絶交だと言う。なにか怒らせるようなことをしただろうか。何度聞いても答えてはもらえなくて、ただ意地悪ばかりされる日々。それは二年生になってユウイチくんが転校するまで続いた。
「神崎が、あの、ユウイチくん……?」
二度と会いたくない、思い出したくない相手。忘れたい記憶だった。だからこそ、顔を見ても気づけなかったのだろう。そして、いまは怒りとか悔しさとかよりも、神崎の訴えるような視線が、なにかを伝えようとして口を噤む、その表情が気になっている。
「もしかして謝ろうとしてた、とか?」
ふっと声がこぼれ、追いかけるように笑いが落ちていく。まさか、と思いながらも打ち消せない。だって、神崎は僕のことを忘れていなかった。
「言えばいいのに……いや、言えないか」
昔イジメてたやつだけど、なんて。言えないよな。むしろ僕が思い出さないほうが、都合がいいのでは? でも、神崎は思い出してほしそうに見えた。僕が覚えていないことに傷ついているようにも。
「そんなことないか」
からりとした自分の声に、押し込め続けたものはとっくになくなっていたのだと気づいた。



