(うしお)!? なんでここにいるの? 仕事じゃないの!?」

 ドアの前でニヤニヤしながらピースをしたままの潮に、僕は驚いて問いかけた。
 だって、どうしても外せない仕事だって言ってたじゃないか。だから引きこもりの僕だけど、潮のためだと思って頑張って学校に来たのに。

「渚が学校に来る前に、色々準備をしようと思って、仕事に行くふりをして学校に来てたんだ」
「え? どこにいたの?」
「変装して、結斗(ゆうと)のスタッフに紛れ込んでたんだ」
「え? マジか!」

 僕の隣では葛城(かつらぎ)くんも同じように驚いていたから、知らなかったの? って目で問いかけたら、うんとうなずいた。そっか、教室で二人の正体を明かすというサプライズは二人で考えたけど、僕とのことは葛城くんも知らないことだったんだ。

「はっ? なにそれっ! 僕を騙したんだね! 僕は必死で──」

 僕は流石に頭にきて、潮に文句のひとつでも言ってやろうと意気込んで声を張り上げたけど、続きの言葉を言う前に、潮が言葉を被せてきた。

「こうでもしないと、なぎは結斗に会おうとしなかっただろ?」
「だって! ……推しは遠くから見守るのが僕のスタイルで……。推しに直接会うなんて、そんな恐れ多いこと……! なのに、こんなに近くで話をしてるなんておかしいし……」
「ぷっ」
「な、なんで笑うの!?」
「かわいいなって思って。……潮、機会を作ってくれてサンキュ。告白できたよ」
「こ、告白!」

 必死になって潮に説明しているそばで、葛城くんはクククッと小さく肩を揺らしている。僕が告白という言葉でさらにオロオロしている姿を見て、もう一度可愛いと言った。
 僕は男なのにそんなにかわいいを連発されて、なんか複雑な気持ちになった。子供の頃は葛城くんのほうが可愛くて儚げで、僕が絶対守ってあげるって思っていたのに。今の葛城くんと僕の身長差は、十五センチくらいあるだろうか。僕はさっき抱きしめられた時、すっぽりと胸元におさまったのを思い出し、一気に顔が熱くなった。

 そうだ。僕は推しに認識されていただけじゃなく、推しとめちゃくちゃ近くで会えて、推しと色々会話して、推しと……キスまでしてしまったんだ! しかも、僕は推しにプロポーズまでしていたことが判明した! 嘘だろ、きっとそれはなにかの間違いだ! 僕の推し活のマイルールが、今日一日でこんなに大きく変更されることになるなんて、誰が想像した?!

「渚くんからのプロポーズは、まだ有効だよね?」
「えっ……でもっ」
「俺のこと、どう思ってる?」
「か、葛城くんは、僕の大切な推しで……」
「うん、推しとしての思いは聞かせてもらったけど、俳優の葛城結斗じゃなくて、俺個人を見て?」
「えっ、あっ」

 気付いたら壁際まで追い詰められていて、いわゆる壁ドンをされていた。どうしようとオロオロしながら潮に助けを求めようとしたけど、いつの間にか姿を消していて、特別教室は再び葛城くんと僕の二人だけになっていた。

「潮は気を利かせて部屋から出ていったみたいだな。……ほら、誰も見てないから、気持ち聞かせて?」

 な、なんだろう。葛城くんは、こんなに押しが強かったっけ……?
 壁ドンをされ、顎クイをされた僕は、強制的に葛城くんと視線を合わせることになった。恥ずかしくて何度も視線を外そうとするけれど、葛城くんがそれを許さない。僕の本当の心を打ち明けるまで、この獲物をとらえるような視線は僕を離すことはないだろう。

 僕は葛城くんの熱い視線から逃れることはできないと覚悟を決めると、大きく深呼吸をした。その様子を見ていた葛城くんは、顎に添えていた手をそっと外すと、先ほどとは違った優しい微笑みを向けてくれた。

「僕は……葛城くんの言葉に励まされ、ずっと心の支えにしてきました。俳優としてどんどん知名度も上がって、どんどん出演作も増えて、それを応援することが僕の生きがいでした。……いじめられて引きこもりになった僕にとって、一筋の光でした」

 葛城くんは、僕の独白を、急かすことなく優しい微笑みを浮かべたまま聞いてくれていた。

「だから僕にとっての推しは、遠くから応援するものでした。だけど、葛城くんの思いを聞いて、気付いたんです。僕はいつの間にか推し以上の感情を持っていたんだって」

 ドラマの彼女役に気づかぬうちに嫉妬したり、週刊誌やネット記事にスクープされたのを見て胸がチクリと傷んだり。それは全部葛城くんへの特別な思いがあったからなんだって、やっとわかった。
 そこで僕はもう一度、深呼吸をした。ちゃんと、思いを伝えないと。


「……葛城結斗くん。……僕は、あなたのことが好きです。……愛しています!」

 僕はそう言い終えると、葛城くんの胸に飛び込んだ。とくんとくんと早い鼓動が伝わってくる。
 葛城くんも、こんなにも僕にドキドキしてくれているんだと思うと嬉しかった。

「嬉しい。渚くんの気持ちが聞けて、俺は幸せだ」

 僕が顔を上げると、嬉しそうに笑った葛城くんは、僕のおでこにまぶたに頬に……そして最後に唇にキスを落とした。僕はお返しと言わんばかりに、葛城くんの鎖骨から首元に優しく触れ、きゅっと背伸びをしてから、同じように唇にキスをした。
 そしてしばらく肩を寄せ合って、今までのことを色々話をした。お互いがどれだけ思っていたかって、自慢話みたくなって笑ってしまった。

「でも、子供の頃プロポーズした子が、まさか自分の推しだったなんて、漫画みたいなことがあるんだね」
「今度渚くんに脚本を書いてもらって、ドラマ化できないか掛け合ってみるか?」
「この物語は、実話を元に作られましたって?」
「そうだな。出会いからこれからの俺達のことも、すべて記録に残そう。長い長い物語になるぞ」

 僕たちは、そんな未来の話をして笑いあった。

「恋人同士になっても、やっぱり葛城くんは僕の最高の推しだよ!」

 まだまだ続く、僕の推し活。けど、推し活マイルールの変更は必須だけどね!


(おわり)