この前は、身代わりで学校に来るのも良いかも……なんてちょっと思っちゃったけど、いやそんなことは全然なかった。
潮が普段している陰キャ風の変装をして、潮の手配した車で学校までやってきた。裏門まで迎えに来てくれた事務員に案内され付いていくと、学生が学んでいる校舎があるエリアではなく、道路を挟んで向かい側にある建物だった。これなら学生に見つかる可能性は限りなく低いだろう。そのことを確認した僕は、家を出てから初めて、肩の力が抜けた気がした。
初めに指定されたのは、オンラインでのライブ授業ではなく、オンデマンドで動画を見るというものだった。本来ならば家でも十分な内容だけど、潮いわく卒業に向けての準備で業者が来るらしいから仕方がない。後で潮に見せるために、ノートを真面目にとってみた。これも後で潮がオンデマンド見ればいいだけの話なんだけどさ……。
「麻倉潮くん。本日の予定なのですが急遽変更になりまして、君も教室へ行ってもらうことになりました」
ゆったりとした気持ちでパソコン画面を眺めていたら、朝僕を案内してくれた事務員さんが入ってきた。
「……え? 教室に?」
「はい、クラスメイト全員での写真も撮るそうです」
「そ……そうですか」
ここで拒否するのは、明らかに不自然だ。かといって、心の準備が全く出来ていない。人と会うつもりなんてまったくなかったのに、急にクラスメイトのもとへ行けなんて、神様は僕に試練をお与えになるのか。僕は心の中で半べそをかきながら小さくうなずくと、言われるがままに事務員さんのあとについて建物の外に出た。
道路を挟んですぐそばにある敷地内なので、教室にたどり着くにはそう時間はかからなかった。大した心の準備をする間もなく、僕は魔物の巣窟に飛び込まなければならない。大げさだと笑えば良い。引きこもりの僕にとっては、それだけ大きな覚悟が必要なんだ。
教室の入口まで案内すると、事務員さんはそのまま戻っていってしまった。自分の仕事があるから当然だろう。ひとりきりになって心細くなったけど、潮の代わりにここにいるんだ。このまま帰るわけにいかないので、僕は後方のドアに近づき、そっと教室内の様子をうかがうことにした。
恐る恐るわずかに開いた隙間から顔をのぞかせると、そのタイミングで教室内にわーっとどよめきが起きた。あ! 見つかった!? 僕はとっさに壁際に身を隠したけど、教室から出てくる人はいない。あれ? 僕が見つかったからじゃないの?
再び教室の中を覗くと、窓際に人だかりができていた。
「びっくりしたー! 全然気付かなかったよ!」
僕の推しの葛城結斗くんの名前を呼ぶ声があちこちから飛び交っていて、わけがわからず、入り口で立ち尽くしていると、人混みの中から葛城くんが現れ、教壇の前に立った。
「騙すみたいになっちゃってごめんね。先生方に協力していただきながら、学業と仕事の両立をしていたんだ。もうすぐ卒業だから、みんなに伝えておきたくて」
「えーっ、そうだったんだー? 顔隠してる陰キャくんが、まさか結斗だったなんてびっくりだよー!」
「あまり学校にも来られなかったしね。ドッキリ成功かな?」
「大成功!」
葛城くんとクラスメイトがワイワイと楽しげに話をしているけど、僕には全く何が起きているのかは分からなかった。でも、少ない情報の中で導き出された答えは、この学校には正体を隠して在学していた人が二人いたらしいということ。僕の弟の潮と、僕の推しの葛城くん。……え? どういうこと?
「……もうひとつ、サプライズがあるんだ」
「え? まだあるの?」
「うん、もうひとつのサプライズはね……」
葛城くんはそう言いながら、後方のドアで固まっている僕を見た。
「ちょうどよかった。麻倉潮くん、こっちに来て?」
「え? 麻倉潮くんって、病気がちであまり学校に来られないっていう、麻倉くん?」
先生からは、潮は持病のためたまにしか学校に来れず、基本はオンラインで授業を受けていると説明されているらしい。だからこの学校で変装をした潮さえも見たことがある人はほぼいないのだろう。クラスメイトはびっくりした顔で、僕の方を見た。それをきっかけに、クラスメイト全員が僕を見たから、僕はプチパニックになってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
急に注目を浴びたことでとにかくその場を離れたくなった僕は、何に対して謝っているのかわからないけど「ごめんなさい」を何度か繰り返すと、逃げるようにその場を離れた。そのままの勢いで校舎を出て、道路を挟んだ建物の特別教室に逃げ込んだ。幸いなことに、まだ鍵は開けたままになっていた。
「び、びっくりした……。ど、どうしよう。大丈夫かな、変に思われなかったかな」
部屋のソファーに腰を下ろすと、まだ鳴り止まない鼓動を落ち着けるように、何度も大きく深呼吸をした。そして、これからどうしようかと、まだ落ち着かない思考の中で必死に考えていた。
コンコン
どうしようかと考えるのが精一杯で、周りのことは全く意識していなかったから、突然耳に入ってきたノックの音に、ビクッと体を震わせた。……さっきの事務員さんだろうか。ドキドキしながら「はい……」と小さく返事をした。
「葛城結斗だけど」
「か、葛城くん!?」
「開けてもらって良い?」
想定外の人の声に、どうして良いのか分からずオロオロとしてしまうけど、ここで拒んだら変に思われるだろう。今の僕は「麻倉潮」なんだ。もっと堂々としてなければいけない。よしっと気合を入れると、ゆっくりとドアを開け、何事もなかったようにニッコリと微笑んだ。
「どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだよ。何急に逃げて。クラスメイトのみんな心配してたぞ」
「あ、ああ。ごめん。久しぶりの教室だったから、緊張しちゃってさ。……それより、正体バラしちゃってよかったのか?」
葛城くんと話すことになるなんて思わなかったから、普段潮がなんて呼んでいるのか聞いてなかった。ドキドキしながら、僕はなるべく名前を呼ばないようにと、話を進めた。
「何言ってんだよ。二人でサプライズしようって決めたじゃないか」
「……え?」
潮が普段している陰キャ風の変装をして、潮の手配した車で学校までやってきた。裏門まで迎えに来てくれた事務員に案内され付いていくと、学生が学んでいる校舎があるエリアではなく、道路を挟んで向かい側にある建物だった。これなら学生に見つかる可能性は限りなく低いだろう。そのことを確認した僕は、家を出てから初めて、肩の力が抜けた気がした。
初めに指定されたのは、オンラインでのライブ授業ではなく、オンデマンドで動画を見るというものだった。本来ならば家でも十分な内容だけど、潮いわく卒業に向けての準備で業者が来るらしいから仕方がない。後で潮に見せるために、ノートを真面目にとってみた。これも後で潮がオンデマンド見ればいいだけの話なんだけどさ……。
「麻倉潮くん。本日の予定なのですが急遽変更になりまして、君も教室へ行ってもらうことになりました」
ゆったりとした気持ちでパソコン画面を眺めていたら、朝僕を案内してくれた事務員さんが入ってきた。
「……え? 教室に?」
「はい、クラスメイト全員での写真も撮るそうです」
「そ……そうですか」
ここで拒否するのは、明らかに不自然だ。かといって、心の準備が全く出来ていない。人と会うつもりなんてまったくなかったのに、急にクラスメイトのもとへ行けなんて、神様は僕に試練をお与えになるのか。僕は心の中で半べそをかきながら小さくうなずくと、言われるがままに事務員さんのあとについて建物の外に出た。
道路を挟んですぐそばにある敷地内なので、教室にたどり着くにはそう時間はかからなかった。大した心の準備をする間もなく、僕は魔物の巣窟に飛び込まなければならない。大げさだと笑えば良い。引きこもりの僕にとっては、それだけ大きな覚悟が必要なんだ。
教室の入口まで案内すると、事務員さんはそのまま戻っていってしまった。自分の仕事があるから当然だろう。ひとりきりになって心細くなったけど、潮の代わりにここにいるんだ。このまま帰るわけにいかないので、僕は後方のドアに近づき、そっと教室内の様子をうかがうことにした。
恐る恐るわずかに開いた隙間から顔をのぞかせると、そのタイミングで教室内にわーっとどよめきが起きた。あ! 見つかった!? 僕はとっさに壁際に身を隠したけど、教室から出てくる人はいない。あれ? 僕が見つかったからじゃないの?
再び教室の中を覗くと、窓際に人だかりができていた。
「びっくりしたー! 全然気付かなかったよ!」
僕の推しの葛城結斗くんの名前を呼ぶ声があちこちから飛び交っていて、わけがわからず、入り口で立ち尽くしていると、人混みの中から葛城くんが現れ、教壇の前に立った。
「騙すみたいになっちゃってごめんね。先生方に協力していただきながら、学業と仕事の両立をしていたんだ。もうすぐ卒業だから、みんなに伝えておきたくて」
「えーっ、そうだったんだー? 顔隠してる陰キャくんが、まさか結斗だったなんてびっくりだよー!」
「あまり学校にも来られなかったしね。ドッキリ成功かな?」
「大成功!」
葛城くんとクラスメイトがワイワイと楽しげに話をしているけど、僕には全く何が起きているのかは分からなかった。でも、少ない情報の中で導き出された答えは、この学校には正体を隠して在学していた人が二人いたらしいということ。僕の弟の潮と、僕の推しの葛城くん。……え? どういうこと?
「……もうひとつ、サプライズがあるんだ」
「え? まだあるの?」
「うん、もうひとつのサプライズはね……」
葛城くんはそう言いながら、後方のドアで固まっている僕を見た。
「ちょうどよかった。麻倉潮くん、こっちに来て?」
「え? 麻倉潮くんって、病気がちであまり学校に来られないっていう、麻倉くん?」
先生からは、潮は持病のためたまにしか学校に来れず、基本はオンラインで授業を受けていると説明されているらしい。だからこの学校で変装をした潮さえも見たことがある人はほぼいないのだろう。クラスメイトはびっくりした顔で、僕の方を見た。それをきっかけに、クラスメイト全員が僕を見たから、僕はプチパニックになってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
急に注目を浴びたことでとにかくその場を離れたくなった僕は、何に対して謝っているのかわからないけど「ごめんなさい」を何度か繰り返すと、逃げるようにその場を離れた。そのままの勢いで校舎を出て、道路を挟んだ建物の特別教室に逃げ込んだ。幸いなことに、まだ鍵は開けたままになっていた。
「び、びっくりした……。ど、どうしよう。大丈夫かな、変に思われなかったかな」
部屋のソファーに腰を下ろすと、まだ鳴り止まない鼓動を落ち着けるように、何度も大きく深呼吸をした。そして、これからどうしようかと、まだ落ち着かない思考の中で必死に考えていた。
コンコン
どうしようかと考えるのが精一杯で、周りのことは全く意識していなかったから、突然耳に入ってきたノックの音に、ビクッと体を震わせた。……さっきの事務員さんだろうか。ドキドキしながら「はい……」と小さく返事をした。
「葛城結斗だけど」
「か、葛城くん!?」
「開けてもらって良い?」
想定外の人の声に、どうして良いのか分からずオロオロとしてしまうけど、ここで拒んだら変に思われるだろう。今の僕は「麻倉潮」なんだ。もっと堂々としてなければいけない。よしっと気合を入れると、ゆっくりとドアを開け、何事もなかったようにニッコリと微笑んだ。
「どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだよ。何急に逃げて。クラスメイトのみんな心配してたぞ」
「あ、ああ。ごめん。久しぶりの教室だったから、緊張しちゃってさ。……それより、正体バラしちゃってよかったのか?」
葛城くんと話すことになるなんて思わなかったから、普段潮がなんて呼んでいるのか聞いてなかった。ドキドキしながら、僕はなるべく名前を呼ばないようにと、話を進めた。
「何言ってんだよ。二人でサプライズしようって決めたじゃないか」
「……え?」

