昨日は作戦のこともあって、ぐっすりとは眠れなかった。あと、拓真くんの手の感触を何度も思い出してしまったことが原因かもしれない。
それでも、そんなことはどうでもいい。今日は、作戦を実行するために、❝陽キャ❞として学校には登校しない。ありのままの❝陰キャ❞として登校するのだ。メイクもしないし、コンタクトも入れない。髪も、いつもみたいには整えることはしない。これで、いつも通りの❝陰キャ❞コーデが完成した。
一方、拓真くんは、今日は昨日のように❝陽キャ❞として登校する。
私は、作戦のこともあるので、いつもより1本早い電車に乗ることにした。いつも通りの❝陰キャ❞の姿のほうが断然落ち着く。そう感じながら、窓の景色を眺めながら時間がすぎるのを待っていた。
学校にはいつもより10分以上も早く到着した。
でも、教室に入るのはやはり少し勇気がいる。いつもは❝陽キャ❞の私が❝陰キャ❞となって登校するのだから無理もない話だ。
しかし、そんな私が教室に入ってきても、誰一人として私の姿に対しにて、驚いたり何か言ってくる人はいなかった。普通なら「えっ!? あれ、誰?」とか「凛音ちゃん、イメチェンしたの?」となるのが普通だと思う。実は、誰も言わせないようにしたのは作戦の1つであった。
ちょうど、拓真くんも教室に入ってきたが、私と同じように誰も何も言わない。明らかに今までの拓真くんとは違っているのに。
そう、作戦の第一段階として、仲間を集めることにした。
昨日の夕方、陽世くんを除いたクラスラインを急いで作って、この件を話すことにしたのだ。この事情を話すのは本来は❝陽キャ❞の拓真くん。流石❝陽キャ❞ということもあり、最初は疑っていたクラスメートたちだけれど、私の親友の説得の効果もあってすぐに信じてもらうことができた。私なら、信じてもらうことが怪しかったかもしれない。
だけど、拓真くんはクラスの人のLINEはもっていない。では、どうやってクラスのLINEを作ったのか。ここで活躍したのが学校で❝陽キャ❞の私だ。学校では社交的なため、全員のLINEを持っている。これは2人ではないとできないことだった。
そして、陽世くんが来たら第二段階が始まる。
いつも通りの時間に、陽世くんが教室に入る。その瞬間、すぐに拓真くんが声を掛けた。
「えっ、お前誰? うちのクラスの人?」
想像通りの反応だ。拓真くんは構わず自分の名前を告げる。その名前を聞いた瞬間、陽世くんの目が明らかに変わったのを、私は見た。夢でも見ているのかと思ったのか、頬をつねっている姿に思わず笑ってしまいそうになる。
「でー、昨日ちゃんとデートしてきたよ。これでいい?」
拓真くんは昨日の偽デートの証拠写真を陽世くんに見せ、これでいいかの確認をとる。あの、パフェの写真と手を繋いだ写真だ。
「ああ、まあ、もちろん」
陽世くんはここまでの展開を少しも読むことができていなかったのか、明らかに拓真くんのペースに飲み込まれているのが分かる。おそらく、写真もじっくり見ることなく、無意識に頷いたのだろう。
「あのさ、僕、変わったんだ。❝陽キャ❞同士、仲良くしない?」
「えっ、ああ、うん、そうだな」
ここから、第三段階に入る。私はこれから、陽世くんに対して、クラス全員がずっと思っていたけれど、誰も言えなかったことを伝えようとしているのだ。
❝陽キャ❞な拓真くんが、陽世くんと仲良くなることに成功した今がチャンス。拓真くんが台本通り、とある言葉で私のもとに誘導する。
「凛音が話したいことがあるんだって」
流石、❝陽キャ❞。私は真の❝陽キャ❞ではないので、ゲームを決めるときも陽世くんには何も意見を言えずに流されてしまったけれど、真の❝陽キャ❞はここまで完璧にこなしており、私の近くまで呼び出した。
私のすぐ近くに陽世くんがいる。この❝陰キャ❞の私にとっては初対面だ。
ここで計画がうまくいくか決まる。重大な場面に私は、唾を何度も飲み込んだ。
陽世くんはいつも❝陽キャ❞な私の姿が突然❝陰キャ❞になっていることにも驚いていたようだが、今はそんなことを言える立場にはないと思ったのか、何も言わずただひたすらに私の唇が動くのを待っていた。
「あの、陽世くん――」
私は陽世くんの目を一度しっかりと見てから、私は唇を動かした。今から、私は陽世くんに対し、伝えるのだ。
「あのさ、陽世くん、誰か自分より弱い立場の人に対して、嫌がらせをしたら、傷つく人がたくさんいるんだよ。私と拓真くんは、陽世くんとの出来事がきっかけでね、本来の姿とは別の姿を演じなければいけなくなってしまったんだ――」
私は、私と拓真くんが本来とは別の姿を演じなければいけなくなってしまった理由をわかりやすく説明し始めた。❝陰キャ❞の私は、ゆっくりな口調で、優しく語る。語りながら、時々陽世くんの目を見たけれど、いつもの陽世くんとは違い、ちゃんと噛みしめるようにして、私の話を静かに聞いていた。クラスメートたちも私の話を静かに見守っていた。
「そう、人を傷つけるとその人が生きづらくなってしまうこともあるんだよ。分かった?」
お説教のような話が終わると、陽世くんは無言のまま、頷いた。おそらく、ちゃんと分かってくれた証拠だろう。昨日、クラスメートに話した作戦もここまでだ。でも、私がちゃんと向き合いたかったことは、実はここからだった。それは、拓真くんにも相談していないことだった。



