お互いが理由を話終えて少し経つと、2人とも黙り込んでしまった。言いたいことがないわけではなかったけれど、何を言っていいのかわからなかった。ただひたすらにミルクティーを飲んで、その中に映る自分の顔を眺めていた。それを何度か繰り返した。

 誰か、来てくれないかな、なんて思ったその時、偶然、聞き馴染みのある声が私の耳の近くで聞こえた。いや、偶然ではない。

「お二人さん、話が一段落したようだから、来ちゃったよ」

「そんな悩みをお互い、隠してたんだね」

 ふと視線を上げる。その視線の先には、高校のでの私の親友が2人。偽デートが決まった放課後に話していたあの2人だ。

 まさかの相手に体が反応する。私は、この姿をどうすればいいか迷ったけれど、隠すすべもなく、ただその事実を受け入れるしかなかった

「2人のことが心配で、凛音からここのショッピングモールに行くと聞いていたから、来てみたけど、全然見つからなくて……。で、このカフェに入ってみたら、『凛音さんとか、拓真くん』っていう声を聞いて、姿が全然違ったけど、まさかと思って聞いてたらって話だよ」

「そうなら、頼れる人にでも言ってくれればよかったのに……」

 親友2人は店員さんに許可をもらい、私たちが今座っていた席は4人がげであったため、一緒に相席をした。私たちは、親友2人に演じなくなった理由についていくつか補足した。

 もしかしたら、❝陽キャ❞であるのが演じているのだって知られて、親友との関係が、終わってしまうかもと心配に思っていたけれど、

「そんなので、親友が関係を切ると思わないでよ」

 と逆に怒られてしまった。だから、すごく安心した。拓真くんのことについては「すごくイケメンじゃん!」と興奮しているようでもあった。

 さらに、2人は私たちが演じるきっかけになった理由や、今までの辛さにたくさん同情してくれて、どうして今まで誰にも頼ることをしなかったんだろうと今更ながら後悔した。

「私たちもクラスの皆もさ、陽世くんをどうにかしたいと思ってるよ。そこでさ、2人は真逆の関係として、皆のヒーローになれるんじゃないかな。もちろん、私たちも凛音の親友として、そして拓真くんの仲間として協力するけど、やってみない? 演じるのって私たちにはわからないぐらいきっと辛いでしょ。演じなくてもよくしようよ!」

「確かに! やってみようよ! 今日で2人はぐっと仲が縮まったんだし、きっとできるよ! お互いの強みがあるんだから」

「――そうだよね、凛音さん、やってみない? 僕たちで」

 このままだと、陽世くんがさらに暴走してしまった場合、私たち以外の人々に被害が及ぶ可能性もある。それだけはなんとしても避けたい。私が演じていた理由は自分を守るためだった。でも、私は今、皆を守りたい。そう思って、3人の誘いに乗ることにした。もう、負けない。

 作戦を立て終わった頃には、もうすっかり夕方になっていた。夕日が私たちのテーブルにも差し込み、温かな光が静かに包みこんでいた。

 決行は明日だ。もちろん、陽世くんに対して犯罪級の行為をするつもりはない。でも、いけないことをわからせるために、そして彼に大切なことを気づかせるために、人によってはもしかしたら過激に見えるかもしれないけれど、ある方法で行なうことにした。
 
 ❝陰キャ❞と❝陽キャ❞の強みを活かすんだ。私たちの性格が反対だからできることを。

 帰り道、親友2人は塾があるからと先に帰ってしまい、結局、私たちはまたもや偽デートの続きをしているようだった。

 でも――偽デートいや、強制デートのはずなのに、少し楽しかったかもと思ってる自分がいる。普段なら、❝陰キャ❞の私が誰かとショッピングモールに来るなんて、間違いなく苦痛なはずなのに、今日は違った。素直になると、どういう感情を抱いたんだろう、今日というたった一日で。

「あ、ごめん、手があたっただけ」

「ん……? ああ、そうなんだ」

 拓真くんの手が私の手に当たる。彼は慌てて謝ってきたけど、普通、あんな風に手が当たることなんて、あるだろうか。手をつなぎたいなんて思ったからわざと――そんなはずないか。普段は❝陽キャ❞の拓真くんには、きっと手をつなげる女の子たちなんてたくさんいるはずだから。

「あのさ、拓真くん、あのベンチにカメラを置いて手を繋いでる写真、撮らない? これで流石にミッションクリアになるでしょ。念の為にという意味で」

 なにを言ってるんだろう、私。帰り道から急に私自身が少しおかしくなったような気がする。でも、私の声は全く緊張している様子ではなく、むしろ落ち着いていた。恥ずかしくない。
 
「うん、そうしよう!」

 拓真くんは、私の提案に頷き、スマホをベンチに置いた。すると、通りがかりの男性が「撮りましょうか」と声をかけてくれた。私たちは、恥ずかしさを感じながらもお言葉に甘えて、夕日をバックに手を繋いだ写真を撮ってもらった。
  
 拓真くんの手は、想像以上に大きくて、そして温かくて、でもどこか柔らかかった。そのぬくもりは当分消えそうにないなと感じた。
 
 最後にはっきりとその男の人から、

 「お幸せに」

 という言葉を掛けられた。「お幸せに」はつまり、私たちがそういう関係に見えたんだろう。もちそん、そんな関係ではないのに。

 仮にの話。もし、本当にそんな関係だったらどうだろう。何もかもがちょっと違っていただろうか。偽デートだって頭ではちゃんと理解しているはずなのに、体が理解していないのかもしれない。

 駅に着くと、別れる方向が違うことに気づき、少しだけ寂しさを感じる。でも、心のどこかで、早くこの偽デートを終わらせて、別のなにかをしたい気持ちもある。

「じゃあね、今日は楽しかったよ」

「僕も楽しかったよ、じゃあ、また明日、学校で」

 そう、また、明日だ――。きっと、明日。