私たちが、演じている理由を打ち明ける場所に選んだのは最初にも来たあのカフェ。
昼時を過ぎ、店内はだいぶ静かになっている。最初にいた店員さんもいて、何となく「あのカップル、また来たの?」とでも言いたげな視線を感じたけれど、その視線もすぐに消えてしまった。
「じゃあ、どっちから話す?」
「言い出しっぺの僕から、話そうかな」
先ほど頼んだものとは違って、拓真くんと私はミルクティーを頼んだ。
拓真くんはそのミルクティーを2口ほど飲んだ後、ふと視線を落として、本来の姿は❝陽キャ❞であるのにもかかわらず、学校では❝陰キャ❞を演じなければいけない理由を話し始めた。
――そのきっかけとなったのは、ある出来事だったらしい。
拓真くんが中学3年の時、入試が終わり、進学先の高校が決まった頃の話だという。
拓真くんの中学校は、決して大きな学校ではなく、全校生徒は100人にも満たず、全員の名前を覚えることができるほどだったという。
その中で、当時学校の中心人物として知られていたのが、❝陽キャ❞の拓真くん。彼は元生徒会長としてその権限を生かし、卒業前に全校生徒が楽しい思い出を作れるよう、大規模な行事を企画した。
その学校は内向的な生徒が多かったが、拓真くんはその点をよく理解していて、無理にコミュニケーションを取らなくても楽しめるようなイベントを選んだ。ボードゲームや、みんなが子どもの頃に観ていた映画の鑑賞会など、参加しやすいものばかりだった。
その様子は、学校のSNSに投稿され、小規模なアカウントではあったものの、「元生徒会長が自ら主催し学校全体を盛り上げた」や「内向的な生徒が多くても楽しめる企画を実施した」などとして広く拡散された。
拡散自体は予想外ではあったが、彼はそれをいいことだったと思っていた。
しかし、その投稿が、私たちに強制デートを強いた人物でもある陽世くんの目に留まってしまった。
陽世くんは、当時もどうやら今と変わらず❝陰キャ❞に攻撃的な態度を取っていたそうだ。
『内向的な生徒が多い学校でも楽しめる行事』という情報から、この中学の❝陰キャ❞の多さを知り、陽世くんの通っていた中学校に近かったこともあって、その地域に現れ、内向的な生徒たちに対してお金を強要したりしたという。内向的な性格から、渡さないという選択肢を取ることは難しいだろうと考えたのだろう。それも、見知らぬ人からならなおさら。
拓真くんは実際に被害を受けていないため、陽世くんが関わっているとは断言できない。しかし、陽世くんの裏アカウントから得た情報や、被害者からの証言から、彼が関与していたことはほぼ確実とされている。
拓真くん自身は悪くないと私は思う。けれど、自分の行動が自分の中学校の仲間を危険にさらしてしまったことに対し、深く申し訳ない気持ちを抱いているそうだ。
彼はただ、みんなに笑顔になってほしかっただけなのに、その思いが裏目に出てしまった。
そして「すべての責任は僕にある」と、彼は言った。
「目立つことをしなければ、平和だったのに。あんなことをしたからだ。」そう、彼は心からそう思っていたのだろう。
それ以来、目立つことを恐れるようになり、他の人を巻き込まないためにも❝陰キャ❞を演じるようになったという。
その話を聞いて、私はどうしようもなく怒りが湧き出たような気がした。ひどい、ひどい……。
自分が演じなくなった理由じゃないのに、胸が痛い。締め付けられる。
もし、拓真くんが今でも❝陽キャ❞でいたなら、どれだけ素晴らしい高校生活を送っていただろう、どれだけ人のために還元することができていただろうと思うと、やりきれない。
演じている理由の想像以上の深刻さに、思わず涙が出そうになってしまった。でも、拓真くんが耐えてきた苦しみを思うと、私が泣くことは許されない気がする。なんとか涙をこらえることはできそうだ。それでも、鼻水だけはどうしても止まらないから、どうか許してほしいと思いながら、静かに鼻をかんだ。
「でもさ、高校で❝陰キャ❞を演じたら、拓真くんが、陽世くんの標的になることは考えなかったの? 私も同じだったから知ってるけど、1年のときも陽世くんと同じだったでしょ?」
「うん、それはわかってるよ、標的になるかもしれないこと。でも、自分以外の誰かが傷つかないなら、そのほうが僕は幸せだと思ってるからね。……と言いながらも、そのせいで今回、凛音さんを強制デートに巻き込んでしまったんだけどね」
拓真くんは、申し訳なさそうに笑った。その笑顔には、まるで自分の優しさがぎゅっと絞られているかのような重さがあった。自分が❝陰キャ❞でいることで誰かを守ろうとしているなんて。もちろん、それだけではないことは理解している。でも、それが一番の理由のように私は見えた。



