偽デート当日。昨日の天気予報では曇りだったはずなのに、空は嘘みたいに晴れ渡っていた。まるで、私たちの偽デートを祝福でもしてるかのようにまぶしい太陽が容赦なく照りつける。
デートの待ち合わせ場所には、私のほうが先に到着したようだ。約束の時間より、20分以上も早い。これも、もしかしたら❝陰キャ❞の特徴かもしれない。
周囲を見渡せば、家族連れや、目のやり場に困るほど親密なカップルばかりだ。黒い服を着た私は、まるで異物のように感じた。
約束の時間まで、あと10分。その時、私のスマートフォンから着信音が鳴った。拓真くんからみたいだ。
―――
拓真 もうすぐ着くよ! 凛音さんはもう着いてる?
9:50
凛音 うん、着いてるよ。全身黒っぽい女子高生いたら、それが私
9:52 既読
拓真 りょうかい! ライトグリーンのオーバーサイズのトップスに、ベージュのカーゴパンツ、ネックレスが目印! もう近くにいるよ!
9:53
――
私は拓真くんから届いたメッセージを頼りに、彼を探し始める。待ち合わせ場所は間違いなくここだから、周囲を見渡せば、すぐに見つかるはず。でも、拓真くんと思われる人はいなかった。
「――あれ?」
視界に、拓真くんの特徴に近い人物が飛び込んできた。しかし、明らかに拓真くんとは違う。服装も、身長も似ている。だが、雰囲気がまるで違っていた。まるで❝陽キャ❞の塊のような人だった。
まさか、あの❝陽キャ❞風の男の子が拓真くん?
もう一度、深呼吸した後に周囲を見渡してみたが、同じような服装の男の人は他にはいなかった。
やっぱり、やっぱりあの人が拓真くん? でも、雰囲気がまるで真逆――・
――
拓真 凛音さんどこ? 黒っぽい服装をした人ならいるけど、凛音さんらしい人が見当たらないんだ。一回手を振ってみようか?
9:57
凛音 うん
9:57 既読
――
拓真くんの提案で、私たちは手を振ってお互いの位置を確認し合うことにした。私は、少し恥ずかしくて、小さく手を上げて振った。ほぼ同時に、さっきから気になっていた男の人も手を振り始めた。
間違いない、あの人が拓真くんだ。
拓真くんは私の手を振ったのを見逃さず、すぐに駆け寄ってきてくれた。
「凛音さん?」
「拓真くん?」
近くでよく見ると、確かに学校での拓真くんの面影が全くないわけではない。でも、姿はまるで別人のようで、言われなければ気づけない。
姿が180度――まるで、朝と夜が反転したかのように違う拓真くん。
しかし、私も人のことを言えない。私自身も学校との姿と180度違うのだから。
「うん、拓真です」
「そう、凛音です」
ちょうどお互いの確認が取れたところで、ショッピングモールの開店時間となった。ひとまず私たちは人の動きに沿うようにして、中へと入っていく。この状態では、状況がうまく飲み込めないと思い、私たちはとりあえずショッピングモール内にあるカフェに入ることにした。
まだ開店したばかりであったため、席の心配はなく、すぐに座ることができた。
目の前にいるのが拓真くんという確認は取れたはずなのに、なんだか落ち着かない。ずっとそわそわしている。
学校以外では❝陰キャ❞の私が、こんな❝陽キャ❞と話すだけでもかなりの難題なのに、ましてやデートするなんて超難題だ。学校での拓真くんだとばかり想定していたから、心の準備ができていない。呼吸さえもうまくできていないような気がする。
「とりあえず、話すのは後にして、先に注文しよう」
「うん、そうだね」
確かに、お店に入ったんだし、まずは注文からだ。
メニュー表を広げる。このカフェに入ったのは初めてだったけれど、カフェの枠を超えた様々なメニューが並んでいた。
期間限定のおいしそうなパンケーキが大きく掲載されているのが目に入ったけれど、私は迷うことなく次のページを開いた。私がもっと❝陽キャ❞だったら、こういうの選ぶのかもしれないな、なんて思う。
「決まった?」
数分後、拓真くんが注文を決めたようで、私に尋ねてきた。
「うん、私はブラックコーヒーと、チョコレートケーキにしようかな」
私は、落ち着いた2品を注文することにした。派手な飲み物やインスタ映えしそうな食べ物は、自分から頼むことはない。
ここのカフェは、手を挙げて店員を呼ぶスタイルみたいだったので、拓真くんがすっと手を挙げて店員さんを呼んでくれた。私ならあんな風に手を挙げるなんて、かなりの勇気がいる。誰にも話しかけられたくなくて、ヘッドフォンを常に持ち歩いてるぐらいだし。
店員さんが来てくれ、まず拓真くんが私の注文を伝えてから、拓真くんも自分の注文をした。
「えっとそれから、フラペチーノとこの季節限定のパンケーキ、そしていちごのミニパフェもお願いします!」
「かしこまりました。ブラックコーヒーと――以上でよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「では、少々お待ちください」
これが、❝陰キャ❞と❝陽キャ❞の違いだろうか。もちろん、絶対的に反対を頼んだからおかしいということはないのだけれど、注文したものからもはっきりと分かれているような気がする。拓真くん、パンケーキだけでなくパフェも食べるなんて、私には少し敷居が高い世界だ。
「で、この姿について話さないと、落ち着かないよね。念の為、生徒手帳でも見せ合う?」
「まあ、いいけど……」
拓真くんも疑っているわけではないだろうけど、確信を持っておきたかったのか、生徒手帳を見せ合うことにした。結果はもちろん、お互いの名前が書かれていた。でも、今、目の前にいる姿と生徒手帳の写真は、お互い全く違うものだった。
「実は、訳あって、学校では❝陰キャ❞を演じてるだけで、本当の姿はこんな感じなんだよね。中学の時は、学校でもありのままの❝陽キャ❞だったから、今でも休日は中学の友だちと遊ぶことが多いかな」
どうやら、私と理由は似ているらしい。だったら、話しやすいかもしれないと思って拓真くんに続けた。
「私も、訳あって学校では❝陽キャ❞を演じているだけで、実際は❝陰キャ❞なんだよね。私も中学の時は、学校でも❝陰キャ❞だったから、高校の友達は本来の姿を、誰ひとり知らないと思う。本来の姿がこんなだから、明るい服が家に一着もなくて、こんな服で来てしまいました……」
「そうなんだ。お互い事情は似ているみたいだね。うちの高校、学校行事も制服参加が原則だから、明るい服を持ってなくても問題ないしね」
「そうなの、部活も平日しか活動ないものにしたから、私が❝陰キャ❞だってバレることはないんだよね」
さっきから、自分の真の姿について拓真くんとこうやって話してしまっているけれど、普段なら休日はこんなに人と話せないのに、なぜ今日はと不思議に思っている。なんだか心地いいのだ。
「でも、なんか、僕たち面白くない? お互い学校での性格が❝真逆❞で、本当の姿も❝真逆❞って」
「確かに、そうかも」
確かに、少し面白いかもしれない。そのギャップが。1人ならまだ分かるけれど、それが2人もなんて。私は少し笑ってしまった。もちろん、大声で笑ったわけではない。そっと笑ってしまったのだ。学校以外で笑った姿を見せるのは、おそらく家族以外では初めてだろう。
拓真くんは私の笑顔を見たあとに、私よりも大きな表情で笑った。
笑いが収まるのとほぼ同時に、それを待っていたかのように注文していたものが届いた。
やはり、本当の姿の拓真くんは、SNSにアップするために、食べる前に注文したものをスマホで写真に収めていた。
「このパンケーキを撮った写真、LINEのアイコンにでもしようかな?」
「ああ、確かパンケーキの写真のアイコンだったもんね。ねえ、これで本当の姿が❝陽キャ❞だってバレることないの?」
「ああ、うん。だって特に学校でLINE交換してる人もいないし。仮に交換しても『なにかのアニメカフェで食べたんだろう。オタ活かな』で終わるだろうからね。そもそも、❝陽キャ❞たちはおそらく❝陰キャ❞のLINEのアイコンなんか気にしないと思うよ」
「まあ、確かに」
私は、ブラックコーヒーに砂糖とミルクを加えて一口飲む。
ああ、幸せだ。
口の中にコーヒーの香りが広がっていく。この一口で一気に落ち着いた気がする。
目を拓真くんの方に向けると、慣れた手つきでパンケーキを食べていた。私も、チョコケーキを一口ずつ味わいながら食べ進める。
「あ、そういえば、このパフェでいいかな? 証拠写真として撮るの?」
「……えっ、あ、うん、まあ」
いちごのミニパフェを頼んだのは、そういうことだったのか。でも、証拠写真を撮るということは、気づかなかったけれど、顔が映るよね……と今になって重大なことに気づく。確かに、後で編集するという手もあるかもしれないけど、それは難しそうだし。
「ああ、姿のこと気にしてる? それなら大丈夫。顔を撮れとかいわれてないし、服の一部だけにすれば大丈夫でしょ。でも、パフェは2人で食べてるように見せるために、スプーンを2本差しておこうか」
「うん、そうだね」
❝陰キャ❞の私には、意見を挟む余地なんてないし、そもそも任せたほうがよさそうだ。
私は、拓真くんの指示に従って、パフェの両側に2本のスプーンを差した後、顔が写らないように移動する。確かに、少しは服が写るけれど、これぐらいなら学校での姿から変わったと気づくのは不可能に近いだろう。
カメラのシャッター音が鳴る。流石、❝陽キャ❞、自撮りにも慣れているみたいだ。1回で完璧な写真が撮れたようで、私も確認したけれど、うまく撮れていた。
「じゃあ、一緒に食べようか」
「えっ、一緒に食べるの!?」
「お腹、いっぱいだった?」
「うんん、大丈夫、食べよう」
決してお腹がいっぱいだとかそういうわけではなかったけれど、その行為に少し意識してしまう部分があった。でも、❝陽キャ❞はパーティーボックスとかで皆で食べることはよくやると思うし、気にならないのかもしれない。私だけが小さなことを気にしているのだろう。
食べ始めてしまえば、気にすることは特になかった。むしろ、美味しさが勝ってしまい、私の方が多く食べてしまったかもしれない。



