6校時目の授業はLHR。本当なら、今日のLHRはアンケート調査に答えるだけの退屈極まりない時間になるはずだった。しかし、うっかり新人担任がそのアンケートを事前に済ませてしまったため、代わりにクラスレクを行うことになった。
クラスレクといえば、言い方は悪いかもしれないが、❝陽キャ❞たちが盛り上がる祭りのようなものだ。しかし、❝陰キャ❞にとってみれば居心地の悪い時間だ。
クラスレクの内容は、学級委員に一任された。私はその学級委員の1人だ。
たが、もう1人の学級委員の陽世くんが、
「凛音、いい案があるから、クラスレクは俺に任せておけ。当日をお楽しみに!」
と、悪意を含んだような笑みを浮かべながらそう言ったのだ。
正直、私は陽世くんのことが苦手だった。なぜなら、彼は嫌がらせを日常的にしていたからだ。それも、主に立場の弱い人に対して行っていた。例えば、掃除のときに❝陰キャ❞の子だけに、汚い場所の掃除をわざと押し付けるとか、❝陰キャ❞の子の失敗を嘲笑うとか。
だからか、そんな彼に逆らうと何が起こるか分からないという本能的な恐怖心から、口を開くことはできず、その提案を受け入れてしまった。
陽世くんの考えたレクは、王様ゲームだった。王様ゲームとは、くじ引きなどで王様を決め、王様が他の参加者に命令するゲームだ。その命令は絶対で、拒否することは許されない。
今回はクラス全員、27人ということもあり、陽世くんが用意した使い古されたトランプ(ダイヤとクラブを除く)を使った。ジョーカーを引いた人が絶対的な権力を持つ王様になる。
「クローバーの13の人は、好きな人のタイプを5つ言って!」
「ハートの6の人は、ハートの7の人にハイタッチ!」
「今日、朝食抜いた人は、この学校の校歌の1番を、腹の底から熱唱して!」
「出席番号一桁の人は、このレクが終わるまで、英語禁止!」
このようにレクは、何事もなく進んでいった。面白い命令もあれば、時にはギリギリを攻める過激なものもあったが、クラスの特に❝陽キャ❞たちからは笑いの声が漏れていた。
私も1回、王様になった。いい命令が思いつかなかったので、とっさに「ハートの1の人は、教室にある物や人を10秒間、見つめる!」という命令を出した。これなら友達を見つめるでも、床を見つめるでもどんな人でも取り組みやすいと思ったからだ。
ハートの1の人は、男の子で、クラスに彼女がいる子だった。彼は、その彼女を10秒間、じっと見つめた。もちろん、その光景にクラスが大いに盛り上がり、見つめられた彼女はほんのり顔を赤くしていた。
しかし、王様ゲームの終盤、私の悪い予感が現実となった。
先生は残り王様が1人というところで、他の先生から呼び出されて、職員室に行ってしまった。時間が来たら各自帰宅していいということを言い残して。
そこで、最後の王様になったのが、この王様ゲームを主催した陽世くんだった。疑いたくはないけれど、陽世くんは最後だけは一番にトランプを引き、まるでそのカードがジョーカーであるかを知っているかのような様子であった。
王様になった陽世くんは、一瞬、獣のように鋭い目つきで私を見つめてきた。その視線は、心に突き刺さるような痛みを感じさせた。
そして、その直後に私のすぐ隣りにいた拓真くんを今度は冷たい視線で見つめ、ニヤリとした顔を浮かべた。
それから、陽世くんはとんでもない命令を下してきたのだ。
「王様の命令は絶対! 凛音と拓真は、今度の週末、デートしてこい!」
私は、心臓が爆発するのではないかと思うほど鼓動が早くなるのを感じていた。
拓真くんは、顔をしかめていた。彼も、この命令がどうしようもないことだと分かっているのだろう。
いわゆる強制デート的なのをさせられそうになっている私たち2人と、そしてこの状況を作り出した陽世くんに、視線が集まる。
私や拓真くんは声を発することはできず、ただその場に立ち尽くした。
ただ、クラス内からは「流石に可哀想」などという反発の声が次々と上がった。
しかし、陽世くんは全く動じない。むしろ心の底から楽しんでいるようだった。
――まさか、陽世くんはこのことを全て計算していた? 周到に仕込んでいた結果が、これだった?
この命令、私はともかく拓真くんが可哀想すぎる。しかし、あいにく担任はいないし、担任からは時間が来たら各自帰宅していいということ言われているのだ。さらに、今日は金曜日。今度の週末はもう時間がない。
「❝陽キャ❞と❝陰キャ❞のデート、面白そうだろ? ちゃんと証拠写真撮っておけよ。王様の命令は絶対だからな。拒否はできないぞ!」
そして、ゲーム終了の合図が鳴り響く。チャイムが鳴ったのだ。
そのチャイムとほぼ同時に、陽世くんは、更に反抗されることを避けるためだろうか、すぐさま教室を飛び出していった。
クラスに残されたのは、奇妙な静けさだけだった。その静けさに誰も言葉を失い、まるであの瞬間が夢だったかのように感じられた。あの命令から、今、この瞬間までほんの少しに感じられたのだ。
「マジで陽世くん、ひどすぎるよ!」
「ほんとだよ! もう陽世くんにはうんざりだよ!」
放課後の教室。私の親友2人が、私と拓真くんのことを気にかけるかのように、そのような言葉を掛けてきてくれた。私の席の隣には今回のもう1人の被害者、拓真くんも所在なさげに座っている。1週間前の席替えから、私たちは隣の席になった。
「でも、命令に従わなければ、それはそれで何されるか分からないし……。何がしたいんだろうね、本当に」
ひどいという言葉だけで済まされればまだいい。でも、この後のことが分からない私たちにとっては、命令に従わないという選択肢は、リスクが高すぎる。
拓真くんとは先程、念の為にLINEを交換した。確認したところ、現在はお互いに恋人いないらしいので、その点については大丈夫そうだが、あくまで重要なのはそこではない。
「確かに、凛音と拓真くんの性格は真逆かもしれないけど、それを楽しむっていうのは趣味悪いよね」
「いい加減にしてほしいよ!」
親友2人の陽世くんに対する愚痴は止まりそうにない。確かに、私と拓真くんの性格は真逆だ。
私は、高校ではクラスの学級委員を務め、リーダーシップがあり、自ら行事活動にも積極的に関わる社交的なタイプだ。
一方彼は、高校ではほとんど目立つことなく、教室の隅っこで静かに過ごしている内向的なタイプ。社交的とは程遠いけれど、皆に対し隔てなく優しく、朝一番に学校に来て、1人で美化係でもないのに教室を掃除しているらしい。
そんな対照的な2人がデートしたらどうなるんだろうという嫌がらせをしてきたというわけだ。まるで、ドリンクバーで色々な飲み物を混ぜる子供みたいに。でも、これは人を傷つける行為だ。
それに、あくまで私がこんなにも社交的なのは――。だから、実質、私は学校での姿は――。
「拓真くん、ごめんね。巻き込んじゃって」
「いや、凛音さんも巻き込まれてるのは同じだよ。だから、僕もごめんね」
「……確かに、どっちが悪いとか、ないのかもね」
彼は今、どんな表情をしているのだろうか。その表情を見たいと思った。でも、彼の表情は髪の毛が邪魔をしていて、私が今見ている角度から彼の表情をうかがいしることはできなかった。
だけど、複雑な胸の内が顔という体の一部に深く刻まれているのだろう。
「じゃあ、とりあえず、日曜にでも2人でどこか行こうか。嫌かもしれないけど、せっかくだから友達との遊びだと思って楽しんじゃお!」
私は学校にいるときは、できるだけ前向きな気持ちを持つようにしていたことを、今、ふと思い出した。たとえ、ネガティブな出来事があっても、それをなるべくポジティブに捉えなければいけない。その方が、きっと心が楽になるはずだから。
「うん、そうだね」
拓真くんは、この状況をどう思ってるんだろう――ただ言えることは、きっとマイナスだろう。せめて、自分のことをもっと理解してくれる人がいいなんて思っているんじゃないだろうか。
私は、どうなんだろう。確かに、強制的にデートをさせられるのは気分はよくない。
でも、拓真くんのこと自体はもちろん嫌いではない。むしろ、興味があるという言葉が正しいかは分からないけど、どんな子なのか知ってみたいかもしれない。
それに、私のほとんど人には伝えていない気持ちも、もしかしたら分かってくれるかもしれないから。
「ということで、今日はとりあえず解散しようか」
私はこれ以上ここにいてもしょうがないと思い、解散することにした。
学級委員らしく、窓閉めや消灯をしっかり確認してから教室を出た。
ただ、拓真くんが教室を出た際に、
「凛音さん、実は――」
と意味深に私に声をかけてきたのだ。
でも、
「――いや、やっぱなんでもないや」
と言葉を切ったのだ。言いかけた言葉が気になったけれど、本人にも事情があるだろうと思って、特に聞くことはしなかった。



