「とはいえ、このままではいけないよね」
 さんざん女子に詰められて、日葵はトイレに籠城し一人ごちる。ごまかすのは何とかなるのだが、なんというか。
「『紹介して』の圧が(つよ)~っ……」
 洗面所の前ではあと息をついた。これには困った。本当に圧が強い。お前だけ得をするなという空気が痛い。
「得って。俺と、川瀬くんは友達だし」
 そう言ってぴたりと止まる。友達、なのだろうか?鏡の前でしかめっ面をした自分と向き合う。ついでに髪の毛を直しながら、首をかしげる。
「べつに俺と川瀬くんって友達じゃなくない?」
 なんだか勝手に友達だって思ってたけど、それって「のっぴきならない状況で頼らざるをえなかった」川瀬にたいそう失礼じゃないだろうか。
「俺は一緒にいて楽しいけど」
 どうなのかなあ。手を洗いながら、日葵は考えた。


「あのさ、川瀬くん」
 次の日の昼休み。日葵は川瀬の席まで行って、声をかけた。
「一緒にお昼食べない?」
 差し出したお弁当に、川瀬が目を見開いた。ちょっとひるみそうになる心を押さえて、じっと目を見る。
 一瞬の沈黙。
「わ、悪いけど、用事があるから」
 席を立って、行ってしまった。日葵は、「うん」とうなずいた。自然落ちる肩は、どうしようもない。女子や友達からの誘いも断って、一人で食べることにした。
 まあ、断れる関係なのはいいよね。俺に気遣って、傍にいるわけじゃないってことはわかった。
 でも、やっぱり、自分たちはのっぴきならない運命共同体というもので、友達ではないのだとわかった。わかっていたけど、やっぱり落ち込む。
「はあ……」
 ため息をついて、お茶を飲んでいると、傍で大きな気配がする。見上げて「あ」と声を上げた。
「川瀬くん?」
「パンを買ってきた。今からじゃ駄目か」
 パンを両手いっぱいに抱えて、川瀬が立っていた。日葵の返事を待たずして、パンを机に置き、前の席の椅子を引っ張って座った。
「たくさん買った。日葵も食べてほしい」
 ぽかんと見ていると、川瀬がまっすぐな目で言いつのってきた。その目があんまりひたむきで、ふわっと和んでしまう。
「お昼なかったの?」
「あったけど、たくさん食べたかったから。それに、日葵も食べると思って」
「俺のぶんも?」
「うん。たくさん食べてほしい」
 日葵はパンの山を見て、感嘆する。これだけ買うのは大変だったろう。川瀬は、せっせっとパンの解説まで始めた。
「え~……」
 可愛い。何、この人。日葵の頭の中に広いなんか素敵な空間がふわーっと開けていった。川瀬は日葵のお弁当に気づいて、「あ」と言った。可愛い~。
「嬉しい。俺、足りないな~って思ってたんだ」
「そうか!」
「わ、このデニッシュ食べてみたかったやつ。よく買えたね」
「俺は腕が長いから、こういうの得意なんだ」
「すごい!いいなあ」
「ふふ」
 嬉しそうにはにかむ川瀬を、にこにこと見つめる。頭撫でちゃダメかな~……必死に耐えつつ、日葵はデニッシュを受け取った。日葵も食べ盛りの男子高校生だ。こう見えて腹には余裕がある。
 気持ちをありがたくいただこう。「いただきます」と、川瀬と手を合わせたのだった。