男が男と付き合うのってどうなのかなぁ、と首を傾げる。高校三年の青島雪兎(あおしま ゆきと)はここ一か月、そのことばかりを考えている。

 学校ではジェンダーレスの社会や性差別のない社会を目指すことを学ぶけれど、実際はやはり抵抗心がある。図書室でLGBTQについて書かれた本を手に取り、パラパラと中身を見てため息をつく。
(書いてあることは分かるんだけどなぁ。僕も差別するわけじゃないけれどさ。まさか、僕がねぇ)
 本を見ていたせいでずれた眼鏡をカチャリと直す。読んでいた本をパタンと閉じて本を戻そうとすると、大きな影が雪兎を覆った。
「雪兎、俺が戻すよ」
 振り向けば、爽やかな笑顔の崎田敦彦(さきた あつひこ)に見下ろされている。本棚と敦彦に挟まれていて身動きが取れず、何となく敦彦の顔を見つめてしまった。目が合った時、敦彦の目の中にハートマークが潜んでいるのを雪兎は察した。その瞬間に(この体勢はマズい!)と感じた。
 雪兎はその場から抜け出ようとしたけれど、一足早く敦彦の腕が本棚に伸びた。雪兎の左右を逞しい腕が塞いでいる。これで完全に敦彦から逃れられなくなってしまった。
 敦彦の顔を見上げたままでは『キスしていい?』と言われそうな気がして、視線を床に落とす。早く解放してもらわなくてはいけない。緊張で心臓がドクドク鳴り出す。
 何か逃れる方法を、と考えていると嬉しそうな敦彦の声が降ってくる。
「雪兎、髪の毛艶々だ。可愛い。天使みたいだ」
 女子を褒める様な言葉が聞こえて耳を塞ぎたくなる。
(僕は男だって言っているだろう!)
 そう言い返したいけれど、図書室で騒いで注目されたくない。
「あ、あ~、そうだ。本を、戻してくれるんだろ? お願い、しようかな」
 敦彦を見ないままで本を差し出した。
「うん。ほら、雪兎じゃ届かないかもだろ?」
 返ってくる言葉に『一言が余分なんだよ!』と心で叫ぶ。

 部活動をしていない雪兎の身長は百六十センチで、目の前にいる元サッカー部の敦彦は百九十センチを超えている。
さらに言えば、敦彦は高校三年夏の引退までレギュラーで活躍していた。雪兎とは正反対の日焼けした爽やかスポーツマンであり、女子にモテモテである。

「どこに戻せばいい? 一番上?」
 敦彦はカッコつけるチャンスとばかりにイケメンオーラを漂わせている。雪兎は笑いを堪えて敦彦に答えた。
「あ~、それ、下から二段目」
 雪兎の言葉に敦彦の動きが止まった。きっと敦彦の頭の中がフリーズしているはずだ。
ちらりと見上げれば、『ん?』と額に文字が浮き上がっていそうな敦彦の顔が目に入った。見た瞬間に吹きだしてしまった。
「ぶはっ! 敦彦、お前~~」
 雪兎の笑いに敦彦の顔が真っ赤になっていく。
「いや、だって、壁ドンと、俺の高身長を生かした恋のチャンスだと思って……」
 しどろもどろな敦彦にさらに笑いが込み上げた。
「分かった、わかった。敦彦らしいよ。じゃ、それ頼んだ」
 本を戻すために敦彦が腕の檻を解いた。その隙を逃さず、雪兎は「サンキュ」と声をかけて立ち去る。
「あ、雪兎……」
 呼ぶ声が聞こえたけれど、ここは図書館で大声じゃない。聞こえないフリをしてその場を後にした。
 図書室の出入口から敦彦を振り返ると、本を戻そうとして他の本を落としてしまっている姿が目に入った。
 周囲で敦彦を見ていた女子がすかさず拾うのを手伝っている。雪兎は一つため息をついて見るのをやめた。
(ほら、僕じゃなくてもいいだろ? 可愛い女子がお似合いだって)

 フイっと顔を背けて雪兎は図書室を後にした。