音色が繋ぐその先は

 女子がコイツの真剣な瞳を真っすぐに向けられたら、カッコイイとかなるのかもしれない。
 だが、俺はイケメンに見つめられても嬉しくも何ともない。
 ただ……焦げ茶の瞳が嘘をついてないってことだけは伝わってくる。

「オレは諦めない! 確かに、昨日後をつけて名前を知ろうとしたのは謝りますけど……」
「は……? おっまえ、やってることストーカーだし! キモ!」
「ごめんなさい! でも……家、ピアノ教室なんだって思って。本当の名前は風見(かざみ)? 下の名前は……るる?」
「るるじゃねえ! 音流(ねる)だ! ……あ」

 つい山地に言い返す癖で自分で名乗ってしまって後悔する。
 クソ、コイツ計算してるのか?
 俺の名前を聞いて、本当に嬉しそうに笑ってやがるし。めちゃくちゃ腹が立つ。

「そっか……音流くん……」
「名前で呼ぶんじゃねぇよ。それにこれ以上付きまとったら出るとこ出る。いいか、俺の前に二度と現れるな」
「あ……待って! 音流……じゃなくて、風見くん!」

 イケメンはまた俺の腕を掴んでくる。コイツ、力が強すぎるんだよ!
 軽く腕を振る程度じゃ全く振り払えない。馬鹿力め!

「んだよ?」
「あの! ピアノを習いに行ってもいいですか? オレ、音楽の授業が苦手だからピアノ習ったら何とかなるかなって」
「はあ? ピアノ教室を開いてるのは母親だ。しかも習いに来てるのはガキばっかだぞ。お前、何言って……」
「そっか! お母さまが先生っていいな。じゃあ、早速今日伺います」

 なんでそうなるんだよ。
 でも、学校で付きまとわれるのも面倒臭いし……ってなんでつきまとわれる前提で悩まなくちゃいけないのか意味が分からない。

「お前、空気読めないって言われない?」
「家族には、突っ走りすぎって怒られます。あはは……」
「あはは、じゃねぇよ。いいから、もう離せ。学校では話しかけてくんな。お前、もっとイケメンだって自覚しろよバカ」
「え? じゃあ……いいんですか?」

 イケメンは目を輝かせてくる。本当は死ぬほど嫌だが、この勢いだとずっと後を追いかけまわされそうだ。
 俺は長く息を吐き出してから、勝手にしろと返事してやる。

「ありがとうございます! 少しでも風見くんに近づきたいから……」

 言ってることもやってることも無茶苦茶なのに、コイツの笑顔は太陽の下でキラキラと輝いていた。
 ホント……イケメンって得してんだよな。
 俺なんて、普通にしてたって目つきが悪いとか難癖つけられるのに。

「さっさと先に戻れ。授業、始まるだろ」
「え、風見くんは?」
「少ししたら戻る」
「……分かりました。じゃあ、放課後に」

 イケメンは俺の腕を開放すると、笑顔のまま屋上から去っていった。
 俺は身体の力が抜けて、疲労感に襲われる。
 
「……眩しすぎるんだよ。今も昔も」

 子どもの頃に俺へ向けてきた笑顔と、今の笑顔。
 どちらも俺にはない眩しさがあって、妙な気分になる。
 それと同時に、今の自分の状況を思い知らされたようでイラつきが増してきた。

「……一限はサボるか」

 俺はふて寝することに決めて、日当たりの良さそうな場所へ移動する。
 ちょうど暖かい位置で寝転んで、目を瞑った。