ゲーセンに寄って気晴らしに格ゲーをしてみたが、結局ボロ負けだった。
 スッキリするどころかストレスが溜まったまま帰宅する。

「先生、さようならー」
「はい、さようなら。あら、音流おかえり」
「あ、お兄ちゃん。バイバイ」
「おう」

 ちょうどレッスンに来てた子どもが帰るところだったらしい。
 俺の家は自宅兼ピアノ教室だ。だから、家に直接子どもが通いにくる。
 生徒は大半が子どもで、中には大人もいるけど少数だ。
 
「まったく、もう少し愛想よくすれば可愛いのに」
「男に可愛いとかどうかしてるだろ」

 母さんは俺を若くして産んだせいか、子どもの親たちからも可愛いと言われることが多い。
 俺は一回も思ったことはないが、自分の母親なんてそんなもんだろう。
 明るい茶の緩くパーマのかかったセミロングで、ほわほわ笑うもんだからそう見えるだけだ。

「今日はまた不機嫌そうね。何かあったの?」
「別に。どうでもいいだろ」
「はいはい。今日はハンバーグ作ってあげるから。元気出してね」
「またかよ……俺はもうガキじゃねえっつーの」

 俺の機嫌が悪いとすぐにハンバーグを作る癖も健在だ。
 おかげさまでハンバーグは好物の一つで困る。
 ぶっちゃけ、外で食べるより家のハンバーグの方がうまいんだから仕方ない。

 +++

 夕飯を食べ終えてから、ピアノ教室で使っているレッスン室へ向かう。
 学校で弾かなくても家でも弾けるが、放課後の時間じゃ子どもたちがレッスンしてるからな。
 それに大体母さんが使ってるから、あまり入らない。

 今日も近づいてみると、明かりがついている。中に母さんがいるみたいだ。
 母さんは俺の気配に気付いたらしい。レッスン室のドアを開けてひょこっと顔を出す。

「……音流(ねる)? 珍しいね」
「気が向いたから」
「そっか。ピアノ弾く?」
「いや、いい。何となく来ただけだし」

 俺が立ち去ろうとすると、ねえと話しかけてきた。
 仕方なく振り返る。

「ピアノ、嫌いになった?」
「別に。ただ、つまんないだけ」
「そ。じゃあ、音流は好きなこといっぱいしてね。母さんがその分いっぱい稼いじゃうから。って、近所でも人気の先生だったー」
「それ、何回目だよ。知ってる」

 この人は俺が何をしていても、いつも肯定してくれた。
 昔から俺のことを一番に思ってくれている人だ。
 一度、俺なんて生まれなければよかったって言った時は頬を叩かれたっけな。
 だから、今も好きに生きてるしピアノとうまく向き合えなくてもそこまでヤケにならずに済んでいる。

 無理すんなよと一言だけ声をかけて、俺は自室に戻る。
 自室には子どもの頃に撮った賞状を持って喜んでいる写真が飾られていた。
 ピアノコンクールでもらった賞状だけど、やる気があったのは子どもの頃の話で今は別だ。
 今は……ただ何となく、弾いているだけ。
 学校で弾くのは気晴らしのためだ。だから、家ではあまり弾かない。

「あー……疲れた」

 今日は無駄に疲れた。変なイケメンに絡まれたし、スマホを弄る気にもならなくてそのまま目を閉じる。
 目を閉じたのに、押しの強いイケメンの笑顔がちらつくせいでなかなか眠れなかった。