藤川が俺に寄りつかなくなって、一か月くらい過ぎた。
俺は山地と話すのすら面倒臭くて、ここ最近は一人で過ごすことも多かった。
山地は俺と藤川のことを気にしていたが、藤川の名前を出す度に女子が反応するからそのうち名前も出なくなった。
「じゃ、お先」
「お、おう」
俺から珍しく声をかけたせいか、山地も妙な反応で俺を見ていた。
今日は少しだけ気が向いた。久しぶりに第二音楽室へ行ってみてもいいかもしれない。
+++
三階の第二音楽室の周りは相変わらず人気がなかった。
だが、人がいるのか音が漏れ出ているのが分かる。
「藤川……?」
俺は迷ったが、扉に手をかけて勢いよく開けてみた。
中には予想通り藤川がピアノの前に座っていて、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「風見くん……?」
俺は扉を閉めてから、無言で藤川へ近づく。
藤川は戸惑っていたが、俺の勢いに押されたせいか動けずにいる。
俺はそのまま側へ寄って譜面を覗いた。
やっぱり、子犬のワルツだ。
藤川なりに研究したのか、びっしりと書き込みがされている。
毎日必死に練習したのかもしれない。
「で。観客はそのマケマケだけか?」
俺が拒否したナマケモノのフィギュアは、藤川が代わりに持ち歩いていた。
今日も譜面台の側にちょんと置いてある。
「え……」
「ふーん。じゃあ、最初から。弾いてみろよ」
俺が圧をかけると、藤川は戸惑ったままだったがそっと右手を鍵盤へ置いた。
さすがに左手と同時は難しかったらしい。
たどたどしいが、一音ずつ確実に音を捉えているのが分かる。
「一人で練習してた割には、よくできてる」
「……ありがとう」
藤川はまたぎこちなく笑いかけてくる。ベタベタされるのも嫌だが、あからさまに避けられるのがこんなに腹立たしいこととは思わなかった。
俺は無言のまま、椅子を藤川の左側へ持ってきて勝手に座った。
「俺が左手を弾いてやるから、お前は右手を弾いてみろ」
「でも……」
「いいから」
俺が言いきると、藤川は大人しく右手をまた鍵盤へ乗せる。
そして、ゆっくりと弾き始めた。
俺は藤川の速さに合わせて、左手で伴奏する。
すると、ゆっくりとだが確実に子犬のワルツが聞こえてきた。
「あ……」
「音、ズレてる」
「ご、ごめん」
藤川が自力で弾けるところまで付き合ってやると、藤川は感動したように俺の方をゆっくりと見てきた。
そしてまた嬉しそうに微笑みかけてくる。
「すごい……オレ、弾いてた」
「まあ、子犬どころかナマケモノのワルツってところだけどな」
藤川は嬉しそうに笑ったあと、また俺をじっと見つめてくる。なんだよと問いかけるとゆっくりと立ち上がった。
そして俺の腕を弾いて、ピアノの前へ座らせる。
「これが最後のワガママだから。風見くんの子犬のワルツが聞きたい」
「最後の……ねえ。よく分からないことだらけだが、弾いてやるよ。その方がお前と俺にとっていい気がする」
俺も何を言えばいいのか正直分からない。だから、弾いて伝えてみるのは悪くない。
俺は散々ねだられてきた子犬のワルツを、藤川の前で弾き始めた。
俺は山地と話すのすら面倒臭くて、ここ最近は一人で過ごすことも多かった。
山地は俺と藤川のことを気にしていたが、藤川の名前を出す度に女子が反応するからそのうち名前も出なくなった。
「じゃ、お先」
「お、おう」
俺から珍しく声をかけたせいか、山地も妙な反応で俺を見ていた。
今日は少しだけ気が向いた。久しぶりに第二音楽室へ行ってみてもいいかもしれない。
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三階の第二音楽室の周りは相変わらず人気がなかった。
だが、人がいるのか音が漏れ出ているのが分かる。
「藤川……?」
俺は迷ったが、扉に手をかけて勢いよく開けてみた。
中には予想通り藤川がピアノの前に座っていて、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「風見くん……?」
俺は扉を閉めてから、無言で藤川へ近づく。
藤川は戸惑っていたが、俺の勢いに押されたせいか動けずにいる。
俺はそのまま側へ寄って譜面を覗いた。
やっぱり、子犬のワルツだ。
藤川なりに研究したのか、びっしりと書き込みがされている。
毎日必死に練習したのかもしれない。
「で。観客はそのマケマケだけか?」
俺が拒否したナマケモノのフィギュアは、藤川が代わりに持ち歩いていた。
今日も譜面台の側にちょんと置いてある。
「え……」
「ふーん。じゃあ、最初から。弾いてみろよ」
俺が圧をかけると、藤川は戸惑ったままだったがそっと右手を鍵盤へ置いた。
さすがに左手と同時は難しかったらしい。
たどたどしいが、一音ずつ確実に音を捉えているのが分かる。
「一人で練習してた割には、よくできてる」
「……ありがとう」
藤川はまたぎこちなく笑いかけてくる。ベタベタされるのも嫌だが、あからさまに避けられるのがこんなに腹立たしいこととは思わなかった。
俺は無言のまま、椅子を藤川の左側へ持ってきて勝手に座った。
「俺が左手を弾いてやるから、お前は右手を弾いてみろ」
「でも……」
「いいから」
俺が言いきると、藤川は大人しく右手をまた鍵盤へ乗せる。
そして、ゆっくりと弾き始めた。
俺は藤川の速さに合わせて、左手で伴奏する。
すると、ゆっくりとだが確実に子犬のワルツが聞こえてきた。
「あ……」
「音、ズレてる」
「ご、ごめん」
藤川が自力で弾けるところまで付き合ってやると、藤川は感動したように俺の方をゆっくりと見てきた。
そしてまた嬉しそうに微笑みかけてくる。
「すごい……オレ、弾いてた」
「まあ、子犬どころかナマケモノのワルツってところだけどな」
藤川は嬉しそうに笑ったあと、また俺をじっと見つめてくる。なんだよと問いかけるとゆっくりと立ち上がった。
そして俺の腕を弾いて、ピアノの前へ座らせる。
「これが最後のワガママだから。風見くんの子犬のワルツが聞きたい」
「最後の……ねえ。よく分からないことだらけだが、弾いてやるよ。その方がお前と俺にとっていい気がする」
俺も何を言えばいいのか正直分からない。だから、弾いて伝えてみるのは悪くない。
俺は散々ねだられてきた子犬のワルツを、藤川の前で弾き始めた。

