「藤月くんお疲れ様」

 メイクを落として衣装から制服に着替えて更衣室から出ると椿さんがいた。

「椿さんこそ、シンデレラ素敵だったよ」

「ありがと!」

 持ち物を取るために教室へ戻った。すると声が聞こえた。
「璃子、シンデレラまじウケるね」

「おすましすごかったね。正直失敗して欲しかった」

「ね、それに藤月くんがヒーローなんてさ、いいとこ取りかよ」

 聞き慣れた声だった。
 あの雨の日、椿さんのことを話していたクラスメイトの会話だ。
 あれほど一致団結をして劇を成功させたというのにそんなことを言う人がいるんだ。
 俺は扉に手をかけて一言注意しようと思った。
 でも椿さんに止められてできなかった。
 代わりに彼女が扉を開けて教室の中に入った。

「二人とも、私に何か言いたいことでもあるの」

「げ、璃子。べっつにー」

「そう。でも私これからはちゃんと言うから。今までは嫌だと思っても笑っていたけど、今度からはちゃんと伝える。それが私と二人のためになると思うから」

「け、いい子ちゃんかよ。勝手にすれば?」

「うん」

 女子生徒二人は教室から出て行った。中には椿さんだけが残った。

「あの椿さん」

 こう言う時なんと声をかけたらいいだろう。
 頭の中のどこを探しても見つけることはできなかった。

「あースッキリした! ありがとう藤月くん」

「俺、何もしてないけど」

「それでも、私は頑張っている君に勇気をもらったの。ちゃんと向き合おうって思った。私が憧れた先生になるにはそれも大切だって気がつけたから」

 吹っ切れた爽快な笑顔だった。
 何かを堪えるような笑みではなくなっていた。

「あーよかった」

 そう言って椿さんはしゃがみ込んだ。

「大丈夫!?」

 そっと手を握りると微かに震えていた。

「成功して安心したみたい。本当にありがとう」

「こちらこそだよ」

 彼女が俺の方を向いた。
 視線が交わって、一拍。
 唇が合わさった。

「好きだよ」

 お互いに言葉にした。
 発せられた音は一つの声のように混ざり合った。

「やっ!」

「わあ!」

 椿さんが俺の腕の中に飛び込んできた。
 背中に手を回されてぎゅっと抱きしめられる。
 俺もそれに答えた。

 俺たちはこれからも困難な出来事に出会うだろう。
 でもきっと大丈夫だ。
 この気持ちを抱いて生きていけるのだから。